挫折を繰り返し、みんなからサルと呼ばれた女が、ダイエットの先生になりYouTuberになったストーリー

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私はただの『サル』だった。

『サル』だったけど、諦めなかった。

『サル』だったけど、負けたくなかった。



『サルがなぜダイエットの先生になったのか!?』

『サルがなぜYoutuberになったのか!?』





はじめまして。Chisaと申します。

本名は、丸山知紗です。

長いですがわたしがなぜダイエットの先生になり

なぜ、YouTuberになったかのストーリーです。



私は山梨県の甲府市で産まれた。


父は元警察官で白バイ隊員。

母は元幼稚園教諭。


母の実家は、

祖父の代から天然石を扱う卸会社を営んでいいて、

父はその会社を継ぐために白バイ隊員を辞め、婿入りをした。

母も(結婚を機に)幼稚園教諭を辞め、祖父の会社の経理をするようになった。



そして、忘れてはいけないのが、お姉ちゃん。



私とは正反対の姉。

美人で何でもできて、

私が誰よりも憧れ、誰よりも大嫌いだった、

2つ年上のお姉ちゃん。



そんな家の次女として、私は産まれた。




ちょうど私が産まれた頃から、日本はバブル時代に入り、私と姉もその恩恵を受け何不自由なく育てられた。




教育ママと厳しいパパの元

『お嬢様風に』


お嬢様育ちの母は、

私と姉を自分と同じように育てたかったのだと思う。



普段は物腰も柔らかく穏やかな「奥様」だけど

私が何かしでかすとヒステリックに怒り出すから大っ嫌いだった。



父も元警察官らしく、

躾がとても厳しかった。

うっかり食事中に肘をついてしまったり、

脱いだ靴を揃えるのを忘れると

大声で怒鳴られた。



テーブルと椅子での食事なのに、

椅子の上で正座は当たり前。




友達の家に行くと、

優しいお父さんに面白いお母さん。

うらやましかったのを覚えている。




厳しかったから反抗した。


厳しかったから自由になりたかった。




親としては、姉と私を同じように育てたのだ…と思う。

でも成長するにつれ、違いが顕著になってきた。




美人で頭が良く、スポーツもできて誰からも好かれる人気者の姉。



鼻ぺちゃで「ちさブー、ちさブー」とからかわれ、頭も悪くスポーツも苦手な私。


脳みそのない本能で生きる「野生のサル」のようだった。


実際に専門学校にいた時は

思った事は考えずにすぐ言葉に出す、行動する。

人の事は何も考えていない。

本能で生きる『野生児のサル』

と呼ばれていた。





姉が中学生で私がまだ小学生の頃は本当によく喧嘩をした。

両親だけでなく姉に対しても反抗期だったのだと思う。



私はコンプレックスの塊だった。

特に姉に関しては。

今思い返してみると記憶の中の姉はいつも優しいのに、なんであんなに喧嘩したんだろう。



そっか。

憧れていたからなんだ。

今なら分かるのに。




喧嘩の原因を作るのは姉ではなく、決まって私だった。


姉に憧れ、姉の洋服を勝手に着る、おもちゃを使う。

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