帝王切開後謎のナイジェリア人の迷惑訪問

2016年5月31日、前置胎盤の為産婦人科で最後の超音波検査をした結果で帝王切開になるか自然分娩になるかが分かる日。5歳の息子が朝から嘔吐して旦那が病院に連れて行ってくれ私は一人で産婦人科へ。病院に着くころに旦那から電話があり「ワシウが来週の金曜にくる事に決まった」と言われ私には全く理解できず会ったら話そうという事になった。


超音波検査の結果胎盤が子宮口から2センチ離れていたら自然分娩できるとの事だったが残念ながら1センチしか離れてなく突然翌日帝王切開になる事に。こんな人生で大変な時なのにワシウが来る?


ワシウは旦那の幼少時代からのナイジェリアに住む友達で11年前にナイジェリアを出てアメリカに来てから会った事がないのでとても楽しみにしているという。私は帝王切開の不安とワシウが家にくるという突飛押しもないニュースに呆気にとられどの位滞在するの?家に泊まるの?など質問すると旦那は切れてバカな質問をするなと言ってきた。


翌日6月1日帝王切開の為に病院へ。


手術は午後1時半から開始。脊椎麻酔が15分ぐらいで終わったあと旦那が手術室に来て横にいて一緒にる予定が医大の研修生が麻酔を担当し見事に失敗。専属麻酔医師が2回目を試みるがまた失敗。2回の脊椎麻酔失敗により何度も刺され血も流れ痛みと恐怖で震えが止まらず結局1時間後に脊椎麻酔失敗の為全身麻酔になりますと言われた。待っていた旦那を何とか手術室に呼んでもらい震えながら号泣して全身麻酔は嫌だとパニック状態になっている私に旦那は一緒に頑張ろうと言ってくれてなんとか決意。


マスクを口にされ麻酔が入る前にインド人の医者が喉を触って来て理解出来ないアクセントで嘔吐しないかどうか喉を触りますと話してきたのでお願いだから研修生は嫌だ喉も触らないでと訴える。


そのあと意識が戻ったのが手術2時間後。


遠くから遠くから赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。


そしてその後すぐに看護婦さんが授乳して下さいと赤ちゃんを私の胸に持ってきた。かなりスパルタだ。


第一子は無痛分娩だったので生まれた時の大きな喜びと感動を覚えているが今回は全身麻酔と脊椎麻酔の失敗で朦朧としすぎていて赤ちゃんにやっと対面出来た時何が何だか分からなかった。


妊娠中は抗体の問題、全前置胎盤から部分胎盤への問題、椎間板の炎症で何度も緊急病院にお世話になッタ後帯状疱疹に2ヶ月なったり夫婦間の大変な問題で離婚騒動を繰り返しカンジタ膣炎になったらり本当に沢山問題があって何ども赤ちゃんは大丈夫かと泣いたが全ての問題そして帝王切開を乗り越えて産まれてきた女の子は本当に本当に奇跡でそしてとても可愛い。


私はこれで全ての問題は去っていったと思っていた矢先手術の翌日の夜から物凄い頭痛で食も喉に通らなくなってしまった。翌日は座ると物凄い頭痛でもう寝たきり状態。血栓になるから歩きなさいと言われて歩いてみたものの帝王切開の傷口のみならず激頭痛で歩けない。手術が水曜日だったが4日後の土曜には頭痛で意識がなくなりそうになり気がついたら緊急手術が始まっていた。


その理由は1度目の脊椎麻酔が失敗した後2度目の脊椎麻酔でもっと長くて太い針を使ったそうでその針が脊椎に穴を開けそこからなんと脊椎液が漏れたらしい。その結果脊椎頭痛が生じ自分の血液を脊椎麻酔をした場所に注入し咳津駅漏れを防ぐという手術が行われた。今回の脊椎麻酔やこの手術で脊椎には20っ箇所以上注射され内出血もあり本当に痛かった。


その2日後の朝6月6日に退院したがその翌日足腰が焼けるように痛くなり病院に後戻り。

説明によると注入された血液と漏れた脊椎液が神経を圧迫しているとの事。これはかなり痛い。

次の日からは立つ度に足腰に激痛があり涙涙で新生児と5歳児の世話をしていた。

毎日の痛みに泣き耐えながら過ごし友達が交代で食事を持って来てくれたり5歳児の息子の世話をしてくれたり本当に助かった。。。。


と、、、、、、、、


こんなに大変なときに来たワシウ!!!

6月10日到着。今日6月17日まで丸一週間狭いアパートに滞在した。



な、なぜこんな大変な時に来るんだ!!!!!!



その理由は、、、、、


時はさかのぼり1年半ほど前にワシウはメリランド州にナイジェリアから訪問した際泊まっていいよといった友達が突然消えて空港でホームレス状態になったらしく銀行のお金に上手くアクセスできず旦那がホテル代を持った事がある。その時今度アメリカに来たら家に泊まって良いかと旦那に聞かれたので私はその時妊娠もしていなかったし帝王切開後でもなかったから勿論いいよと即答した。


し、しかし。それは1年半前!


ワシウは1年半前の’いいよ’という言葉を元に勝手に航空券を買って6月10日行くねと旦那に言ってきたらしい。ナイジェリア人の時間の感覚も礼儀の感覚もぶっ飛んでいる。


私はもう怒りというか痛みと強い薬と新生児の世話などでクタクタでおもてなしなんぞ勿論できないし初対面の人と旦那が仕事に行っている間どうしていいか分からない。


6月10日は金曜日で旦那は仕事へ。彼の飛行機は午後2時に到着。電車とバスで近くまできてもらってと言ったが旦那は仕事を早退して彼を往復100キロかけて迎えにいった。理由は沢山荷物があるから。でも実際来たらボストンバッグひとつで身軽。なんなんだ!!


ワシウが家に来た時物凄い怒りと敵対心で初めましてなんていうのが本当に大変だった。


しかもワシウが来る前日なぜか旦那は貧乏なのに大画面テレビを購入。(140センチ画面)ナイジェリア人の見栄っ張りがうかがえる。普段全くしないトイレ掃除をしたり新しいタオルを購入したり大忙し。というかなんで赤ちゃんが産まれる前に出来なかったのか。本当に無計画な民族だ。


ワシウが到着すると彼は時差ボケですぐに寝た。旦那は見栄を張りたい為か大画面テレビとサラウンドシステムを夜中までかけ設定。家が凄い事に。こんな状態で安静になんて全くできない。


そしてワシウと過ごした1週間、、、、、、、、。


私はよく発狂しなかったなと思う。


その間に痛みもひどくなり何度も病院と電話で連絡をとったり主治医に会いにいったり神経科医に会いにいったり。でもその答えはいつも同じで脊椎液が100パーセント戻るまでそして血液や漏れた液が元に戻るまで6週間から数ヶ月かかりステロイドなど強い薬も処方できるがそうすると授乳は中止しなくてはならないので結局痛みに耐えながら回復を待つしかない。


私は帯状疱疹の痛みを妊娠中だったので鎮痛剤一切なしで乗り越えたのでもうこれは覚悟を決めて痛みとトコトン戦うしかないと心に誓った。


痛みと戦う私を見てソーリーとは言ってくれるが何もしてくれないワシウ。ただソファーに座りテレビを見て携帯をいじり何度も電話でお喋りしている。


ベビーが泣いてるよと教えてくれるが全く立ち上がらず助けてもくれない。なんて客だ!!


そして皿洗いなど勿論しないしゴミは散らかしっぱなしだしなんでこんな客来たんだともう何度ベッドルームに閉じこもって涙したことか。


でも彼は空気を読むとか状況を判断するなんて力は全くないようでとても幸せそうに過ごしている。


旦那は私がまだ痛みがあるからと言うのを口実に何度も仕事を休みワシウと車を買いに連れて行ったり夜中までカジノにいったり本当にぶっ飛んでいる。


そしてワシウはかなりの偏食でなぜかSubwayサンドイッチしか食べたがらない。どこの国にいっても必ずサブウェイは食べるようで旦那もこの1週間で2回ほど付き合ったがもうだめだといっていた。ワシウは多分一週間で7回以上はサブウェイを食べ便秘になったと文句を言っていた。エジプトで1年暮らしていた時は1日2回サブウェイを食べた事もあるそう。


何が趣味で何しに遊びに来たの?と聞くと旅行が好きで色んなところにいって色んな食べ物を食べたいといっていたのですかさず”あなたは色んな国のサブウェイが食べたいんでしょ!”と訂正しておいた。


ワシウが来た翌日旦那が仕事にいったあとワシウはサブウェイを食べたいと言いだした。


私は帝王切開後で運転できない。旦那はワシウは国際免許書を持っていてお金持ち?だからレンタカーを借りて一人で大丈夫だからと言われたのだが実際国際免許なんて持っていなかった。

誇張が好きなナイジェリア人。本当に振り回される。


私は車の鍵をあげたが運転できないと言われたので旦那の自転車と私のiPhoneを貸してサブウェイにいって下さいと伝えるとヘルメットをかぶって自転車で颯爽と出ていったが、、、、、、


5分後に迷ったといって帰って来た。


結局旦那は仕事を早退しワシウをサブウェイに連れていく事に。本当に迷惑だ。

冷蔵庫にあるもの食べていいからといったがとにかくサブウェイ狂。冷蔵庫の中のものには全く興味なし。食事も一緒に食べたがらない。


ワシウの英語はとっても訛りが強く意味が分からないのだか旦那の民族と対立しているヨルバ族でイスラム教の彼。ヨルバ語で夜遅くまでそして早くから電話で話している。激痛と新生児の授乳で数時間毎に起きるのに彼の声でも起こされる。本当に凄い神経だ。


アメリカではアンガーマネージメント(怒りを抑えるクラス)が受講できるが私はもうこうなったら人生修行の一つでアンガーマネージメントのクラスの奨学生として受けられ沢山学ばせて頂いていると無理やり自分に言い聞かせなんとかワシウに怒りを見せないように頑張った。


ワシウ滞在3日目には旦那がロブスターを買ってきてくれて私も頑張って手伝いなんとかおもてなしをした、、、が、、、、、ロブスターはサブウェイサンドイッチではない!!!!!


ワシウは恐る恐る、恐る恐る、、、ロブスターを殻ごと食べようとしていた!!!


ひょえ〜〜〜〜〜!!!


そして殻をむいて一口食べるとものすごく嫌そうな顔をしてそのあとレモンをすぐに食べてもう食べられないと言った!!協調性も柔軟性もゼロ。







帝王切開後なんとかおもてなし?


私は痛みと戦いながらこんなに誰かがいなくなる日を待ち望んだことはない。それでも何とか打ち解けようと話しかけたりしてみた。そして彼の隣にも座れるようになってきた(私って凄いかもとこの時は自分を褒めてあげた)するとカナダに行きたいけどビザがないとの事。

お人好しの私は病院にいく道中カナダ総領事館に連絡して色々質問した。

そしてワシウがユタ州に行く前日カナダのビザを取得するのにはニューヨークに行かないと取れない事がわかるとユタに行くのをキャンセルしてニューヨークに行ってビザをとってカナダに行きたいと言ってきた!!!恐るべしワシウ。ビザは申請してから最低2ヶ月かかるからナイジェリアで申請してくださいというと落ち着いたがなんとユタ州に行ってからまたボストンに来週の木曜にくると旦那から聞きビックリ仰天!でも本人に確認するとなんと水曜から2日またボストンに戻ってくるそうで、、、もうこれは発狂寸前。何せナイジェリアで取得したアメリカのビザが2年有効なのでまた9月に2−3ヶ月戻ってくると言われ気を失いそうになった。9月の滞在先はどこですか。と聞くとアトランタ。冷や汗ダラダラ。


こんなワシウだがなぜか旦那は彼の事を慕っており”チェアマン”と呼んでいる。日本語で行ったら会長。どこの会長なのか。まあ日本語だったら先輩って感じかもしれない。


ワシウ会長と旦那。ナイジェリア人のごっつく真っ黒な二人は私と新生児の娘が家で休めるように息子の幼稚園の面接に一緒に行ったり娘の病院に一緒にいったりしてくれたがここは天下のマサチューセッツ州。同性愛結婚が早くに認められた州なので同性愛結婚で子供を養子縁組で迎えたカップルと間違えられ沢山の方におめでとうと言われたそう。


そして極め付け。ワシウ会長はトイレで大をする際ペットボトルの水を持って行く。トイレットペーパーがいやらしくお尻を水で洗うようでウォシュレットなどないので私的にはペットボトルの水はもったいない。


そこで名案!


帝王切開後に病院から頂いたこの容器!これは出血して傷がある女性器を洗う容器だがワシウ滞在中彼とこの容器をシェアする事に。彼はこの事にとても喜んでいた。


もう一つ吐き気がするのだがワシウ会長香水が大好きなようで男性用コロンを二種類ミックスさせかなりの量を服につけている。二つミックスすればどの香水か分からないから僕のオリジナルな匂いになるんだとプライドを持って毎日大量にかけるコロンは本当に強烈だった。


ワシウが帰る日。


彼は先日自転車で迷ったサブウェイに徒歩で挑戦。彼はなんと地図なしで徒歩でサブウェイに辿り着き息子にもクッキーを買ってきてくれた。


そして帰り際私はやっぱり日本人。何かお土産をと思ったが何せ運転できない。そこでもう出血も収まってきたので例の容器をプレゼントする事に。ワシウはとても喜んでいた。


タクシーが高いと言う事になり旦那の弟がわざわざ迎えにきて空港まで送っていってくれ弟がヒーローに見えた。

なんとかフレンドリーにしようと思ったが私も仏ではないので流石にハグは出来なかったが一応笑顔でさようならとは言えた。


彼の口からは残念ながら”ありがとう”とは出てこなく


水曜日にまた会おうと言われた。(恐怖の汗が流れる)



この経験から学んだ事

* 日本人のおもてなし根性と躾はすごい

* 地球の裏側に住む方は全く考え方が違う

* こちらはおもてなししたいという気持ちの葛藤があったがナイジェリアにはおもてなしなんてきっとないので期待もしてないから私が髪がボサボサでシャワーを浴びてなくても母乳漏れしているシャツをきていてもノーメイクでいても痛みで泣いていてもそれはありのまま受け入れられその事にたいして文句は言われなかった

* 自分の客に対するもてなしたいよく見せたいという感覚は幼少の頃から訓練されてきてそれが全くできない状態でストレスを感じるのは自分の考え方のせいである

* こんなに激痛があって誰かが家に滞在して本当に大変な1週間を発狂せず喧嘩にならず過ごせた自分を発見できた



ワシウ会長。。。。



お願いだから来週の水曜からホテルに泊まってくれ〜〜〜〜。



こんな中でも正気で生きていられるのは6月1日に産まれてきてくれた愛娘と5歳児の息子と沢山の友達に癒されているお陰です。





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