オンラインゲーム(MMORPG)と共に生きた10年 その4

前話: オンラインゲーム(MMORPG)と共に生きた10年 その3
2005年年末
ベルアイルのβ
年が明けて2006年
続いてテイルズ・オブ・エターニア・オンラインβ
更に続いて ときめきメモリアルオンラインβ
そしてテイルズの正式と、ときめもの正式を経て、
LastChaosに行き、
グラナドエスパダに行き、
SNSのMixiをはじめ、
8月にはRohanを
10月にはスタイリッシュアクションMMORPGとか言われてたCABALを。

この年は本当に流浪していました。
ただ、このRohanでは、
久しぶりに熱心に慕ってくれるユーザーさんがいて、
引退後も6代近くも後継ギルドが存続しつづけていました。
こんないい加減な私でも、そこまで慕ってくれて、
私が作った居場所を愛してくれる人というのが居るのは嬉しい反面もうしわけない気にもさせられます。

三國志オンライン

2007年、再び光栄のMMOです。
対人戦闘もとい大規模合戦を売りにした作品で、
おそらくMMO史上で最高レベルの集団戦闘に耐えられるサーバを構築した作品ではないでしょうか。
Teraとかも大人数で参加は出来るらしいですが、
果たして750人vs750人の集団戦に耐えられるのかというと、
おそらく無理なんじゃないでしょうかねぇ。

ここでは最初大人しくしているつもりでした。
もう目立つまい・・・と。
ですからギルドも作らないで居よう・・・と。

ですがやはり性分なのか、仲間が出来れば入れ物も必要になってくる。
ということで、作る事になりました。
クローズβ1が終了したあとも、
直後にサービスINした完美世界で合流したり、
女神転生 IMAGNEで遊んだりしましたが、
三國志Onlineのβが有るたびに再合流してました。
8月のβ2が終わって、プレオープンβに移行するというときに、
チャットで相談しあって黄河サーバに行く事に決まりました。
たしか、大手11部曲揃い踏みでの調整だったかと・・・。
敵国の大手もがそこにするというのが決め手で、同票だったところに私の最後の一票で決まった。

しかし蓋を開けてみれば敵さんは別サーバに遁走・・・。
某掲示板ではなぜかコチラが逃げた事にされていたりも。

最強で居たい人の考える事はよくわかりません。

ともあれ、ひっそりしていたはずなのに、なんで大手部曲に名前連ねていたのかというとですね。
β2の合戦で、
またしても「使えない子を主体とした効率運用」というのをやってのけまして・・・
熱心な支持者が出来てしまいまして。
弱小のはずが急に大きくなってしまった次第です(笑)

で、プレオープンが始まるまでに、その使えない子(でも実は私的には超使える子)を、どのように使えば戦局を左右できるかという事を研究しまして。
6人1チーム+護衛1チーム+材料調達部隊1チームで運用するスタイルを検討しました。
つまり、戦車+歩兵+輜重兵站の組み合わせです。
戦車を基点に戦線を構築し、そこを橋頭堡として戦線を押し上げたり下げたりしながら
敵の戦力を削りポイントを稼ぐという。

結果、敵に名前こそ覚えられていないものの「兵器運用のスペシャリスト」として晒されました。
私の乗る戦車が来るだけで戦線の士気が上がり、その戦線の形勢を左右する戦が何度かありました。
他のサーバにまで出かけて兵器運用を教授してきたこともあるので、
名も無き学士の弟子はそこかしこに生まれたとは思われます。
兵器や道具というのは、中の人が弱くても、正しく使えば性能通りかそれ以上の成果を生み出してくれます。
人間一人の働きを、何倍にもしてくれるのが、それらの便利な兵器や道具です。

ですから、リアルにおいても、機械を使うという事はそれだけ人間の仕事を奪っているという事であると同時に、
それだけ効率的で有効な運用をしなければならないという事でもあるのです。

大部曲連合

わが国では、個別の戦闘力も高い部曲がいくつもありました。
しかし、もしも下らない権力争いなどに発展していた場合、内部崩壊していたのではないだろうか。
そこに、一人のカリスマ的人物がいた。もちろん私ではない。
なぜか人々に慕われる、実力もある、権力に固執しない。
そんな彼を中心に国論をまとめ様と、有力部曲の長と連絡を取り合い、
「評定」を開くようにしました。
政府のない国に政府を作ったのです。
人数で負けるわが国は、そうして連携を強める事で常勝無敗でした。

兵器を中心に戦術運用していると、
当然賢い人は真似てくる。
最強の矛と盾を突き合わせたらどうなるかという話しにもなってくる。
そうなると、次を考えなければならない。
今の布陣が最強だとする。
ならばその最強、自分ならどのように崩す?と考える。
私は機動戦術を考える。電撃作戦。
戦力を集中し、圧倒的な速度で進入し、敵に痛打を浴びせて去っていく。
敵を撃破壊滅させる必要はない、混乱させれば良い。
あとは本隊が蹂躙してくれる。
「侵略すること火の如く、速きこと風の如し」
動かない山を崩すには、動かざるを得なくすれば良い。
結局それだけの連携を取るのが非現実的だという内輪の意見で採用されなかったが、
模擬訓練では実証してみせた。
数ヵ月後、別の人物によってそれが実施され、以後ずっとそれが主戦法となっていた。
兵器と英雄の時代は終わりを告げた。
数がモノをいう時代へと変わった。

衰退・滅亡

正式サービスにもなると、色んな人が出てきます。
当然勝てるからこそ寄ってくる人間もいます。

彼が居て、私が居て、みんながいたから勝てていた国に、
権力志向の人間が一人混ざった。
自分より上に居るものは利用し、邪魔になれば晒して蹴落とす。
みんな分ってるから上では揺らがない。
しかし、よくわかっていない層には通じない。
そうして国は割れていく。
評定は乗っ取られ、私物化された。
常勝無敗の国が常敗無勝の国になった。

そして皆が引退して行き、一つの歴史が終わった。

今猶UOと3onは理想の一形態であったと思われているのではないだろうか。

その後

2007年夏には3onと別れて、出会い系MMORPGと思えるLucentHeartをプレイする。
さすが出会い系というか・・・
ここまでドロドロした男女関係はなかったんじゃないだろうか。
あと、メンヘラさんの重さと恐怖も体験しました。
Lunatiaや君主や誅仙やらドリフトシティやAceOnlineなどなどそれはもう、
大抵のゲームは触ってきました。
大規模戦闘ということで、ACEonlineでも一時全軍の指揮取ってたりもしました。
この指揮官は弱いので(笑)スグ打ち落とされてましたが・・・。

あちこちさ迷い歩く姿はまさに「難民」といった感じでしょう。
結局MMORPGが衰退していったのは、
コンセプトが生かせなかったり、失敗した作品から学ばない運営であったりして
ユーザーが諦めたからではないかと思います。
期待することに疲れたのと、ユーザーの高齢化ですね。
もう昔のように何時間もプレイにのみ時間を割くわけにはいかない。

そうして、気軽に遊べるMOやソーシャルゲームなんかに需要が移って行ったんじゃないかと。
ただ、もし、
住みゲーといわれるような要素をシッカリ備えて、魅力もそなえれているならば
MMORPGだってまだまだ勝負できる業界だと思います。

今、休止中だけど引退していないのは「ファンタシースターオンライン2」

気軽に出来るゲーム、「遊びでやってんだよ!」といえるゲームと、
「遊びでやってんじゃないんだよ!!」とか言わせちゃうゲームが有ること自体、
開発者や運営者の勘違いによるものだろうと思う。
ゲームは楽しむために有るものではなかったのだろうか。

都合12年、最近はへったものの、ネットゲームに関わってきて思うのは、
そろそろ「ユーザーが主体となってクラウドかオープンソースで作るネットゲーム」があってもいんじゃないいか?という位かな。
そういうのの開発に関われるなら関わってみたいと思う。

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