子連れでオーストラリアに留学してみた~すごいママたち編~

前編: 子連れでオーストラリアに留学してみた~習い事編~
後編: 子連れでオーストラリアに留学してみた~交通事情編~

 現地で出会ったママ友はたくさんいるが、なかでも特に私がインスパイアされた人物を2人あげてみる。

 一人目はインドネシア人のリンダ。ほかの章で触れたかもしれないが、最初の語学学校で出会った。いつも授業時間以外は図書室やパソコン室で勉強していた。そして話すようになり、子供たちが一緒の小学校に通っていることがわかり仲良くなった。最初に助けてもらった恩人ママといえる。

 下の子が虫歯になり全身麻酔による治療をすることになったとき、上の子を預かり面倒を見てくれた。子供を連れてきてはいけない、と歯医者にいわれどうしようか思っていたとき本当に神が舞い降りた感じだった。リンダの下の子は当時6年生。うちの上の子が2年生で、本当によく面倒を見てくれた。家族みんないい人で、私たちが帰国する際には、私の自転車(日本から空輸し組み立てた)を譲ってきた。そんなものでは全く足りないくらいの恩を受けた。

 リンダ自身の勉強家なところが、私に頑張ろうと思わせてくれた。本当は私と同じラトローブ大学の大学院(リンダは博士課程で専門はバイオロジー?だか農業系だったか、、)にて勉強する予定であったが、論文を面倒見てくれる教授がみつからず(専門の教授がいなかったらしい)、メルボルン大学に通うことになった。私が休みの時にメルボルン大学の見学に連れて行ってくれた。そしていろいろな話をしてくれた。自分にストイックで勉強熱心だった。旦那さんはインドネシアとオーストラリアを行ったり来たりしていて、母一人で子供二人を育てているという同じような境遇だったことも親密になるきっかけだったかもしれない。

 ある時彼女が「おなかがいたくて足まで痛くて病院に行っているんだけど精密検査が必要なの」と珍しく落ち込んでいた。その後、癌かもしれないと大変落ち込んだ時期もあった。結果良性の腫瘍だとわかったが除去手術をし、1か月くらいは寝込んでいた。わたしは自分の勉強とか子育てとかに忙しく(いいわけだとわかっている)ヘルプしなかったことを今でも悔やんでいる。

 

 二人目は日本人Azusaちゃん。私より10歳年下。当時2人の子持ちだった(今は3人)。うちの下の子と同じクラスにいた子のママ(ケイトさん)が日本に留学経験があるひとで、その人の紹介により出会うことになった。子供たちも年が近く、結局たくさんの時間を一緒に過ごしたと思う。公園に行ったり、家でごちそうになったり、買い物に行ったり。子供がほかの子にいじめられそうになっていると「私言ってきてあげますから!」と年下とは思えない度胸と勇気があった。旦那さんはケニア人で面白い人だった。一緒にプールに行ったり、サプライズで子供の誕生日を祝ってくれた時もあった。帰国前に車を処分するさいにもお世話になった。

 高校卒業後ワーキングホリデーで渡豪し、専門学校でホスピタリティーなどを学び、旦那さんと出会い若くして結婚した。料理も上手でなんでもテキパキ。大卒→就職→教員の道をただただエスカレーターにのってなんの迷いもなく問題にもぶち当たらず生きてきた私。なんだか恥ずかしくなった。「りえさん、高校の先生なんでしょ。すごいよね~」と言っていたけど、全然すごくなんかない。AZUSAちゃんのほうがよっぽどすごいよ。外国で子供産んで育ててなんでもやってる彼女のほうが何倍もすごいよ。

AZUSAちゃんの友達のHOTARUちゃんとかそのほかたくさんの日本人ママさんたちとも出会った。

すべてのママたちが輝いていて、とてもうらやましかった。

わたしも頑張らなくちゃって、、、、

本当にそう思った。



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子連れでオーストラリアに留学してみた~交通事情編~

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