フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第17話

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「だって一体誰がそんなこと」


唐突に由美たちの蔑んだような視線が生々しく蘇ってきた。


「僕から言わせれば、ここで働くのも売春も変わらないがね」


苗代は呟くようにそう言うと

ため息とともに煙を吐き出す。

私は、ハッとして苗代を見た。


いつもの気さくで物分かりの良い助教授の顔ではなかった。

彼の目はギラつき、口元は皮肉を言うように歪んでいる。


そして理解した。


これが、苗代という男の

本性の現れた顔なのだ。



「これは大変なことだよ、篠田」



苗代はそう言って私の素肌の肩にポンと手を置いた。


嫌な重みだった。

手のひらの温もりもザラザラした感触も…


「そしてあろうことか、君は進級を控え

私は君の来年度からのゼミの担当に決まっている」


「先生は一体何が仰りたいんですか?

私にここを止めろと言いにきたんじゃないんですか?」


苗代は手を私の肩からサッと離し低い声で笑った。


「止める止めないにまで口を出す気はないさ。

君は高校生じゃないし、私も生徒指導ってわけじゃない」


「つまり黙っててくれるっていうことですか?」


「この規模でこれだけのホステスの中で売れっ子として

君臨してるわけだからね。ここまで来るの、楽じゃなかっただろう?」


私は静かに頷いた。


苗代は両手を組み少し、頷きながら静かに言葉を続ける。


「それにだ、君の事だから何か深刻な動機でも

あるのかもしれない。でなきゃ将来を棒に振るようなマネしないだろう」


そう言うと苗代は学校で見せるような

人の良さそうな笑顔になり私の頭を撫でた。


身を引きたかったが、黙っててされるがままになっていた。

彼の目には、私が幼い少女のように

すっかりションボリしているように

映っているのだろう。

私の耳元に顔を寄せて優しく励ますように囁く。


「大丈夫だよ」


私と視線を合わせるともう一度、大丈夫と言った。


「私次第で君はちゃんと卒業だってできるし

君に相応しい会社に就職することだってできるさ」


最後に頭をポンポンと叩くと体勢を戻し

またグラスを口へ運んだ。


私次第…


そういうことか。


しばらくしてショーに時間になり


私が席を立つと同時に

苗代は帰ると言いだした。


「ちょっと飲みすぎた。今日はこの辺にするよ。

明日は早いからね。君もそうだろう。落とすと厄介だよ」


苗代は皮肉っぽく笑ってから

ワザとらしく

あ、またやってしまったと財布の中を見る。


「カードケースを忘れた。現金持ち合わせてないんだ。

今夜も立て替えておいてもらえると有り難いんだが」


「分かりました」


昨夜と全く同じセリフだ。


ショーの準備が迫っていたので

私は、素早くボーイに耳打ちして後で私が支払う旨を伝えた。

今夜は長居しなかったので1万円くらいで済んだが

あの様子だと、また来るつもりだろう。


私次第…

あの言葉は

私への脅迫以外の何でもないのだから。


私は舞台の上で体をくねらせ、しならせながら

言いようのない不安の渦に飲まれそうになった。


幕が降りるなり、佐々木が腕を組んで舞台袖に立っていた。

いつもの上からの口調で

「おい、あのオッさん今夜も来たのか。

いい客捕まえたじゃん」


私は、上手く笑うことができず

佐々木から顔をそらし、ハイと言って

サッサと更衣室に入った。

後ろから佐々木の

「んだよ!お前、相変わらず愛想ねえなあ」

という冗談めかした耳障りな声が聞こえてきた。


私は衣装を脱ぎ

その場にしゃがみ込んだ。


私の嫌な予想は的中するだろう

苗代はまたここへ来る。

そして、また代金は私が支払うのだろう。



予感通り、その後、彼は私の思った通りの行動に出る。



でも私は知らない。

私は、されるがままにはならない。


私は私の居場所を壊すものを許さない。


私はもう、とっくに

かつての普通を愛していた少女なんかではないのだから。












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