女子大生が世界一周を仕事にする話「【ベトナム】ぼったくり祭!」

「五ドル?!どこのホテルですか?!」



 イミグレーションでは結局、心配していた航空券については何も聞かれず、バスでラオスへ出国する、とだけ伝えるとすんなり入国できました。トラブル続きの旅の始まりだったものの、わたしの頭はこれからの自由な旅のことでいっぱいでした。学校へも行かなくていい、必死にバイトしなくてもいい、好きな時に好きな場所へ行ける。食べたいと思ったときに食べて、眠たくなったら眠ったらいい。誰も私を縛り付けたりなんてしないし、きっとこれから私の知らないすてきなモノ、人、場所、すべてが新鮮できらきらとしているものばかりなはず。


 ちょっと詰め込みすぎて重たいバックパックの重さなんて関係なく、ずっと足下が3センチくらい浮かんでいるような感じ、今ならこのままスキップだって出来てしまいそう。ええ、浮かれていました。空港から中心街へ到着した私を待ち受けていたのは、安宿街のキャッチのおばあちゃん。連れて行かれたのは、道路に並ぶお店の間の細い路地。本当にこんなところにあるのか?と疑いつつついて行くと、一見普通の家、にこやかに迎えてくれた若い女性。


 さあこっちよはやく上がって疲れたでしょうほらエアコン入れてあげるわ。と、バックパックを背負ったまま上がった三階の部屋、エアコンから降る冷気と今上がってきた階段を思うと、綺麗だし問題なさそうだここにしようとささやく私の全身の筋肉。ここに来て日本にいたころの運動嫌いな自分が恨めしい。自分でまんまとぼったくり宿に入っていくのだから飛んで火に入るなんとか…今回は火ではなくてエアコンの冷気でしたが。


「三泊したいんだけどいくら?」


「三日ね、15ドルよ」


「(さっきのおばあちゃんが言ってた5ドルって本当だったんだ!)じゃあここにします、ベトナムドンでもいい?」


「もちろん!」


 財布を取り出したわたしが、慣れない手つきでえーと、15ドルだからベトナムドンだと…なんてつぶやきながらお札を数えるのを見て、これよこれこれ、3枚ね。といいながらお札を抜き取っていったお姉さん。そのときは宿が決まったことで安心しきっていたのです。


 実は計算の苦手な私がいつも海外で困るのは、お金の計算。日本円になおすといくら、という計算がおそろしく遅い。慣れるまではぼったくられたことに気がつかないなんてことも。結局あとからよく考えてみると、お姉さんが持って行ったお札は五十万ベトナムドン三枚。(100ベトナムドン=約15円)日本円で約六千円。


 高い…高すぎる。到着初日にいきなりベトナムの洗礼を受けて、浮かんでいた気分も沈み、もうベトナム人なんて絶対に信用するもんかと心に決めたのでした。






■日本語には気をつけろ


 朝起きて、行く当てもないまま歩き出し、ファーストフード店のような場所でベトナム風サンドイッチ「バインミー」をほおばり、今日はどう過ごそうか、と考えます。落ち着いて振る舞ってはいたものの、少し不安もありました。微妙な緊張感を引き連れて歩く私の顔はちょっと強ばっていたかもしれません。


 チョロンという卸の市場がある地区行きのバスがあることは知っていたので、バスに乗ってみようと、バス停目指して歩いている途中、突然日本語で話しかけてきたのはやっぱりバイクタクシーのおじちゃん。もういいからと振り切ろうとしたおじちゃんの手には、何やら日本語がずらずら書かれたノート。内容は今まで、おじちゃんがお客にしてきた日本人からのお礼の言葉でした。


『ありがとう!チュンさんがいなかったら私のホーチミンの滞在はこんなに楽しいものになりませんでした!』


『この人は絶対にぼったくったりしません、最初はめちゃくちゃ怪しいけど、お世話になって良かったです!』


『もしチュンさんがぼったくったりしてきたら俺に電話してくれ!』


なんて書かれた数々の賞賛に、この人なら、信用してみてもいいかもと思ってしまったのです。それに、たった1日ぶりとはいえ異国の地で聞く日本語の安心感。


「で、いくら?」


「君の好きな値段で。さあ早く乗って乗って!」


 チュンさんの日本語は流暢で、バイクの後ろに私を乗せて、ベトナムの国についてや、自分の家族についての話をしてくれました。最初に連れて行ってもらったのは、有名だというお寺。規模は大きくなかったものの、まだ9時前だというのにたくさんのベトナム人や観光客が参拝に来ていました。お祈りの仕方を教えてもらい、もちろん願うことはひとつ。


「このおじちゃんにぼったくられませんように。」





この時はまだ上機嫌だったのです






 念願だったチョロンの卸市場にも連れていってくれ、私の足に合わせて一足サンダルをつくりました。サンダルの底とひっかける帯の部分を選んで、足に合わせて留めてくれます。一足たったの五百円。他にもピアスを箱買いして、次に連れていかれたのはコーヒー豆を売っている小さなお店。


「ここの豆は最高級の本物。市場のヤツは買っちゃいけないよ、外国人だからどうせわからないと思ってトウモロコシを混ぜて挽いてるんだから。」


「えっ、そうなの、知らなかった。」


「特別に安く買えるよ!どうする?一キロ?二キロ?」


「じ、じゃあ一キロで…」


ちょっと重いかな、日本にすぐ郵送しようかな、なんて考えていたら


「百万ベトナムドンだよ。」


「えっ?」


 日本円にして約五千円です。高すぎます。でも既に豆は挽かれて綺麗に密封された袋の中。今更買わないとも言えず、しぶしぶお金を払いました。困った顔で、財布の中身がなくなったと言うと、大丈夫大丈夫、という。何が大丈夫なんだ。


 このとき私の頭に浮かんでいたのはトルコにツアーで旅行したときに散々連れ回された宝石、革製品、絨毯のお店。(もしかしてこのおじちゃんとコーヒー豆屋のおばちゃん、グルなんじゃ…)


 疑心暗鬼になった私の心境を読み取ったのか、その後連れて行ってくれた歴史博物館や美術館の入場料、昼食代まで全て、支払ってくれたチュンさん。日本人は鰻が好きだと知っていたのか、鰻がおいしい店に連れて行ってやると、お昼は贅沢に鰻。蒲焼きを想像していた私の目の前に現れたのは、丸ごと一匹ぶつ切りにして土鍋にぶち込んで、香草とスパイス、タマネギ少々、ナッツ。が入った、ピリ辛鰻鍋だった訳ですが。お店に入るときに、おばちゃんが素手でつかんでいた鰻か…これ。ということで鮮度だけは抜群でした。


 さあ、お腹もいっぱいになったし、そろそろ帰ろうかという時になって、身の上話を始めるチュンさん。家族が五人いて、大変なんだ。俺は毎日休みなく働いてる。お金がないから家賃三百ベトナムドンのところに引っ越したんだ、ベトナムは税金の制度がきちんとしてないから、全部自分で払わないといけなくて子供の学費がうんたらかんたら…


「だから今日半日全部込み込みで

五百万ベトナムドンくれ。」


「えっ?」


 うん。最初に交渉しなかった、私が悪かった。それにしても高い。ぼったくられようとしているというのに、いやに私の頭は冷静でした。日本では考えられない出来事が、ここでは普通なのだと。そしてこれで生活している人たちが本当に存在するのだと。


 わたしは知っているようで何も知らなかったのです。日本の安心安全な温泉にぷかぷかと漂ってきて、その温泉の外には温泉に近づくことすらできない、その温泉の気持ちの良さを知らない、そんな温泉があることすら知らない人たちがいるということを、知っているふりをしていただけ。テレビや教科書でなんとなく、知っている気になっていた「彼ら」の存在が突然自分の目の前に現実としてどんと私の前に座っている。ただ困惑しかなかった。どうするのがいいのかも、分からなかった。


 結局お金ないからそんなに払えないと駄々をこね、ATMを連れ回され、銀行を回った挙げ句、カードが使えないフリをした私がお金を友達に借りるからと逃げ込んだ旅行会社で相場を尋ね、交渉しようと外に出ると、チュンさんは今日私が買ったサンダルとピアスとコーヒー豆と共に、消えていなくなっていましたとさ。ちゃんちゃん。


 すっかりホーチミンのベトナム人にやられてしまい、逃げるように乗った夜行バス。これで向かうは次の街、ニャチャンです。ビーチリゾートとして近年欧米からの観光客が増えているというその街なら、きっとその海が、散々騙されて荒れ狂う私の心をいやしてくれるに違いない…と初恋のような淡い期待を寄せつつ眠りかけた私は、


がしゃーん!ぱりぱりぱりぱりん!

というガラスの割れる音で飛び起きました。どうやら私の乗っている席の反対側の窓ガラスが割れたようです。よく見ると、前から二枚目の窓がひび割れておしゃれなステンドグラスのようになっています。わーなぜか紫色の車内灯が反射してきれーい!、、、とか言ってる場合じゃない。ここは教会じゃなくて夜行バスなんだから。



通路は破片だらけ



 バスが止まったり、段差で揺れたりするたびに、ぱり、ぱり、、、と音を立てながらどんどん落下していく窓ガラスの破片。それでも止まらずにバスは走り続け、30分もたったかというところでやっと、道の駅のようなところに到着。代わりのバスが来るのかなあ、と思っていたら、おもむろに段ボールとガムテープで割れた部分を補強し始めた運転手。


 ホーチミンを離れる最後の最後まで、窓ガラスとともに心を砕かれた私は、せっかくのエアコン車が割れた窓のせいで台無しの蒸し暑い車内でまだ見ぬニャチャンの海を思い浮かべるのでした。







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