インド アーユルヴェーダ 1ヶ月体験記 (3)

(このストーリーは2010年にブログにアップしたものから抜粋したものです。

アーユルヴェーダとは、インドの伝承医学。南インドのケララ州が有名です。)


トリートメント6日目

外出と運動は控えるようにとのことで、アーサナも禁止されています。今日は、外出させてもらうよう頼んで、インターネットカフェに来ました。1時間半、ネットをすると、とても疲れました。センターに戻ると、「書く行為」もこれからは控えるようにとの指示。涙。 でもすごく幸せを感じています。ぱーっと開けているような感覚。幸せと愛がどんどんあふれてきて、みんなと分かち合いたい気持ちです。プラナヤマと瞑想だけ続けています。とてもいいプラーナを感じ、瞑想が深まり、調子がいいです。

ここに宿泊しているのは、私と、隣の部屋のおじさんだけで、夜にはスタッフはみんな帰ってしまうのですが、今日は隣のおじさんも自宅に帰るとのことで、用心棒のために、スタッフの男の子、V君がひとり残ってくれました。女性一人を残すのは心配との先生たちの配慮がありがたいです。

V君とご飯を食べながら、私のパソコンに入っていた、「Sun and Skies 300 wallpaper」(パソコン用の壁紙 太陽と空の写真300枚)を見ていると、「スーペル!スーペル!(super すごい!)」と喜んでいます。何枚か携帯に送ってというので、全部あげるよ、と言うと、子供のように目を輝かせ、神さまを拝むように両手を合わせて感激しています。「この写真、どうしたの?撮ったの?」と聞くので「友達にもらったんだよ」と言うと、「スーペル・フレンド!」と驚いています。インドの人たちがよく使う「スーペル!」と言う言葉が出ると、なんだか可愛らしくて、くくく・・・と笑ってしまいます。

私は、毎日インド料理を食べるのが辛いので、ここで自炊させてもらっているのですが、調理場に来て、V君が「これ何?」とお箸を指さして聞きました。「日本ではこれを使って食べるのですよ」と言うと、「ええーーー!ミラクル!ミラクル!」と非常に驚いていました。「インドでは手で食べるのに。日本ではこれを使うんですか~?」「日本では、手で食べることの方がミラクルですよ」と言うと、笑っていました。私がお箸でご飯を食べているのを携帯カメラで撮影して、スタッフの仲間に見せていたようです。さぞかしカルチャーショックだったのでしょう。「ミラクル」もインド人が大好きな言葉のようです。「何かミラクルな写真ない?」と何度もパソコンを一緒に見ながら、私に聞いていました。笑



トリートメント7日目


今日でちょうど一週間がたちました。11時、大先生のところでトリートメント。一番痛みが強かった箇所から痛みが消えていました。先生が「満足、満足」と喜んでおられました。「ヨガは、問題を軽減することができるけど、完治させることは難しいと思います」と先生のご意見。確かに、私の身体の問題は、確かに軽減してはいますが、根っこのようなものが残っている感じがします。「アーユルヴェーダでは完治しますか?」と聞くと、うなづかれていました。

隣のおじさんも、3年前から抱えている膝の問題が、西洋医学では治らなかったけど、ここに来て1週間で効果が出ているとのこと。「時間はかかるけど、やっぱり、アーユルヴェーダがいいね」とおっしゃっていました。

先生も「他のところで治らなかった人がここに来て、どんな診断をされたか話されるけど、誤診ということがよくある。でも私はそれを言いません。真実を話すと、張り付けにされますからね。キリストやガリレオのように」と冗談めかして笑っておられました。 しかし、私にとって、身体の問題が解決するかどうかは、実はどうでもいいのです。身体はいつか滅びるし、衰えていくもの。

なぜかわからないけど、ここに来なければいけなかったような直感で、ここに来ました。最初、アーユルヴェーダに来ようと思ったのは、肝臓クレンジングで体内クレンジングが楽しくて、はまってしまい、その勢いで、体内洗浄(パンチャカルマ)をしてみようと思ったからなのですが、友人に2年前から薦められていたこのクリニックには、パンチャカルマはなかったし、また環境が辛そう(あまり清潔でなく、周りも自然が多いというわけでもなく、苦手なインド料理を毎日食べながら、全身に包帯を巻いたまま、憂鬱な感じの部屋で、1カ月間どこへも出かけずに過ごすという環境)だったので、一度やめようと思っていました。しかし、内なる力が「ここへ行け」と私を突き動かしたのでした。私は、便宜上、体のケアという理由でここにいるけれど、本当は、もっと大事なことのために、ここにいるような気がしています。


トリートメント8日目


トリートメント中、大先生と話していたら、「このようなマッサージを受けたことがありますか?」とおっしゃるので、はい3年前にケララでアーユルヴェーダマッサージを受けました。1週間だけ、シローダーラとかハーブボールを使った、いわゆるお試し的なトリートメントでしたが」「はい、はい、はい。そのようなトリートメントは、治る時もある、治らないときもあります」かねてより聞いてみたかった「先生のトリートメントは、他のアーユルヴェーダとどう違うのですか?」という質問をしてみました。「私のトリートメントは、マルマと骨に働きかけるのが特徴です。その人の持つ問題に直接働きかけるのです」とのこと。マルマとは、中医学で言う、「ツボ」のようなもの。実は、このマルマの数は「108個」あるのだそうです。(出ました、また108の数字。もう一つのブログで先日も108の数字について少し書きましたが、煩悩の数、マントラを唱える時の数、マントラを数えるための数珠の個数、インドのお寺の本堂に入るまでの石の数・・・と108の数字はあらゆるところに現れます)

「アーユルヴェーダはとても分野が大きいんです」「ディパートメント(得意分野)があるんですね」「そうです、そうです」一般的なエステティックなアーユルヴェーダトリートメントだと、治る時もある、治らない時もある、というのは、みんなに同じこと同じプロセスで行うからでしょうね。先生のトリートメントは、ひとりひとりの症状に合わせて、その人に一番あったトリートメントを施されているんですね。

「私も小さいころから、アキュプレッシャー(指圧)を父から学んでいました。父は今でも本を見ながらツボについて勉強を続けています」「ほお、あなたのお父さんのお名前は何でしたっけ?」「SATORUです」数日前に、父の名前は、「悟り=モクシャ」だという話しをチラリとしていたので。自分が悟りに興味を持つようになってから、自分の父親の名前も悟だったことに、単なる偶然とは思えないものを感じます。

この日、先生は、初めて私がヨガ教師をしていたことを、チャクラの話をしていた時に、知ったようでした。これまでよく私にヨガの話題を振られていたし、もう周りは全員知っていたので、当然先生も御存じだと思っていました。「あなたも小さなグルですね」「いいえ、とんでもない。まだまだたくさん学ぶことがあります。終わりはありません。インドにはたくさん学ぶものがあります。インドが大好きです」「そうですね、インドには、ほんとにたくさん学ぶものがあります」

実際、このクリニックに滞在することで、知識という面からではなく、先生たちの姿勢や考え方からたくさん学ばせてもらっています。悟りにおいても、実践的なヨガにおいても、生徒さんへの接し方についても、言葉ではなく、非言語のメッセージをたくさんいただいています。

先日も、カラリパヤットをやっているS君に「あなたはヨガを10年やっているんですよね。じゃ、もう学びは終了ですか?」と聞かれて、同じように答えました。「いやいやいや、とんでもない。死ぬまで終わりはありません」死ぬまでというのは、正確に言えば、この肉体ではなく、エゴの死までですが・・・

大先生に聞かれました。「あなた一度、カラリパヤットを見てみたいと言っていましたね」「はい、ぜひお願いします!」小さいころからジャッキーチェンが好きだった私は、武術を見るのが大好きなのです。「カラリパヤットをすると、ヨガはもっと簡単になりますよ。カラリパヤットとヨガは多くの共通点があります」大先生はおっしゃいました。


カラリパヤットは、全ての武術、柔道や空手、カンフーの元になったとも、インド舞踊に影響を与えたとも言われています。ヨガとも共通点があったとは。

「女性でも学べるのですか?とても激しいものじゃないんですか?」と聞くと、「日本の女性も短期でコジコーデに学びに来ている方を数人見かけましたよ」「とても強い女性ですか?」「いいや、あなたみたいな小柄な方たちでしたよ」


先生のお若いころの写真を見せていただきました。逞しく凛々しいカラリパヤットのポーズを取るお姿。「すっかり変わってしまいましたよ」とおっしゃる先生に、「それが私たちのネイチャー(「自然」「自然の摂理」「本質」)ですよね」と私は答えました。この肉体は、衰え、滅びる。動物も植物もみんな同じ自然の法(law of nature)の元に生きているのです。

みんなの読んで良かった!