最近よくあるヤンキーがなぜか勉強する話

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ー小学校生活ー 


月日は過去に遡り、小学校生活の出来事。



保育園の頃から仲の良かった、

私の家の真裏に家がある友人


小学校を入学してから仲良くなった、

私の家の真横に家がある友人と毎日のように遊んでました。



とても仲が良かっただけあって、数え切れないほどの喧嘩もしました。



※ここでの喧嘩は殴ったり蹴ったりという喧嘩ではなくて、ある一人をターゲットにしていじめるようなものだと思ってください。



とても些細なことですぐ喧嘩になっていたので今では笑い話ですが、

当時はとても孤独な思いで辛かったことを覚えています。


このような喧嘩が小学1年から小学6年まで続きます。





家が真裏の友人はライバルという存在でもありました。

お互いスポーツが得意で成績も良く自分で言うのもあれですが、


とても人気者な2人だったと思います。



今でも覚えているのが

私は小学1年で縄跳びの二重跳び98回という記録を出し、

体育館の掲示板に載ったことです。

今でも記録として残っていると嬉しいです。わかりませんが。笑


しかし、小学6年で友人は200回を超える記録を出します。完敗でした。



他のスポーツの50m走はクラスで1、2番を争い、水泳でもお互い大会に出たりしていました。

成績も二重丸の数はほぼ同じでした。(私の小学校では成績を△、○、◎で評価していました。)



家庭科やばいですね。笑



こんな感じでスポーツ、勉強の面で本当に差がつかない私と友人でしたが、

唯一私が彼よりできるスポーツが”野球(ソフトボール)”でした。



父や兄の影響で野球に興味をもち、兄の入っていたソフトボールのチームに入りました。




小学6年の頃には、県の大会で第2位になりました。



将来はプロ野球選手になるという夢もありました。



ソフトボールチームの友人の親たちからは、


友人の親
智くんは(私)は勉強もできて、スポーツもできて、おまけに顔もイケメンだし、みんなの人気者だよ



とよく言われるよ。と母がいつも嬉しそうに言っていました。





しかしそんな人気者も小学校まででした。




ー中学校生活ー 


中学生活をとても楽しみにしていた私は、兄のいた野球のクラブチームに入りたかったんですが、

試合の遠征などで親がとても大変だったというのでクラブチームに入るのを諦めました。


結局、中学校の野球部に入部しました。



しかし日が経つにつれ、野球への想いはだんだんと薄れていきました。

野球を嫌いになったわけでもないし、むしろ好きですが、

当時の私は別のことに熱中していました。




私は中学2年で、

クラスが一緒になったある友人と道を踏み外しました。



その友人との毎日はとても楽しく、いつしか私は”不良”というものに憧れていました。




髪を染めてみたり、

タバコを吸ってみたり、

変形学生服(丈の短い学ランや、ワタリが広く裾が細いズボン)を着たりして、



少しでも不良に見えるにはと自問自答しながら生活をしていました。




家に帰るのも日を回ったりしていました。


そんな私を親は何も言わずに黙っているはずがありませんでした。


 ”早く帰ってきなさい”

 ”いい加減にしなさい”


そんなメールが飛び交う毎日でした。



私は”WHY”の文字で頭がいっぱいでした。


 自分の周りにいる友達は日を回っても平気で遊んでいるのに。

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