最近よくあるヤンキーがなぜか勉強する話

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ビリギャルを読んだときのように

この人にできるんやったら俺にもできる


こんな思いで、先生と同じように

1日20時間くらいは勉強をして、起きている時間は勉強をしていました。



効果があったかはわかりませんが、

英語の文章を聞き流しながら寝て

朝起きると、英語が流れているという毎日でした。




学校の先生から

先生
不合格になったからって、泣いている時間が一番もったいない。結果を素直に受け入れて、そのあとどうするかが重要

と言われていました。


ある私立の大学に不合格になった時

あれだけやったのにと

学校の終礼の時間に悔しい思いが急にこみ上げてきて、

教室から飛び出しトイレで号泣していました。


その時に先生に言われた言葉を思い出し

泣きながら、英単語帳を読んでいました。


当時はとにかく闇雲にただ勉強していたので

今ではもう少し効率の良い勉強ができたのではないか思います。




塾では先生にご無理を言って


深夜の2時くらいまでいてもらったりしていました。





勉強もそうですが、最後の学園祭にも力を注ぎました。


私は応援団長といういわゆるブロック長になりました。


この一年は勉強一筋で頑張ることを決めていたので

やろうかやらまいかとても迷いました。



そんな時担任の先生との個人面談で

担任の先生
迷っとるんやったら、やっとけ。後悔せんように。


と言われ、応援団長をすることになりました。





結果総合優勝もでき最高の思い出になりました。


練習の時にはダンスの振りを考えたりで思ったより大変でしたが

やるからには全力でやりたかったので

勉強と応援団や自分のブロックを考える毎日でした。


夏休みは毎日30分ぐらいしか寝ていなかったので

今思えばよく倒れなかったなと思います。


今では睡眠もとても大切なものだと思います。




学園祭を終えて、

後輩の子から

先輩が団長で本当によかったです。

来年僕も先輩のようになりたいです。

そういったお礼や


今までなはしたこともなかった子からも

本当にありがとうと言われて

今までにない嬉しさがありました。


先生たちからも

勉強もあるのによく頑張ってくれたと言われ

涙が出そうになりました。




この時私は

人の役に立つっていいな

と心の底から思いました。



もっともっと人の役に立ちたい


そう思うようになっていました。




中学校の友人に会うと

友人
智也大学行くんじゃろ?なんでそんなに変わったん?
友人
俺ももっと頑張るわ

そんな言葉を度々言われていました。



自分のしたことや今していることで


後輩に良い影響を与えれて、


同級生の子や先生からも認められ


こんなに気持ちいいことはないなと思いました。




”志望校に合格すること”

それが自分を応援してくれる人への

一番の恩返しだなと思いました。


受験に合格することは

自分のためでもあり

他のためでもあり。


そんなことを考えながら

日々の勉強に取り組みました。

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