世界旅後手持ち300ドル、家族も友人・恋人、時間もお金もすべて失い失意のまま帰国したバックパッカーが自分の夢を叶えてきた記録(16)

アラブの世界の嫉妬

予想通り、残された時間があまり無いにも関わらずジェマールからは何の連絡もありませんでした。

「シェフ、お話しがあるのですが」

ケイシーがシェフジェマールを、彼のオフィスの前で偶然捕まえることができたのは単なる偶然でしかありませんでした。

「ああ、ケイシー。」

シェフはそういえば、というような表情をしました。

「君のことは支配人に聞いておくよ。あと少し待ちたまえ」

急いでいるのかそう言って、きびすを返して反対側の廊下へ歩き出そうとします。

「シェフ!私にはもう時間がないのです」

ケイシーはその大きな背中に向かって悲痛な気持ちを抑えるように小さく叫びました。

「私の観光ビザはもう来週、切れてしまうのです。いま、他の日本食レストランもあたってはいますが・・・本当は私は今の仲間とBENIHANAで働きたいのです」

「他のレストラン?」

ジェマールはその単語にピクリと反応してこちらを振り向きました。

「それはどこかい?」

「エル・サイードっていう名前のホテルです・・だから、早くお返事をいただけませんか?」

ジェマールの眼光が少し、警戒の光を放ったような気がしたのでケイシーは心の中でまずいことをしたかもしれない、と後悔しました。

はたして、その直感は見事に実現してしまうのです・・・

ホテルエルサイードの寿司テストは翌日でした。

「ケイシー、いらっしゃい」

浅黒い顔をしたシェフがオフィスで迎えてくれましたが、先日と違いどこか厳しい表情をしています。ケイシーはどこか不思議に思いましたが、きっと気のせいだと思い直しました。シェフマイケルが迎えに来て、シェフユニフォームを渡してくれると一緒に最上階のレストランに移動です。

眼下に白い日干し煉瓦一色のアンマンの街並みを眺めながら寿司カウンターの中に立つと、酢飯や海苔、食材の置き場所をマイケルが指示してくれました。店内には心地よいソウルミュージックが流れ、冷房の効いた室内にはすがすがしい夏の光が差し込んでいました。

ケイシーがせっせと作ったのは、サーモンの裏巻き寿司。中にはクリームチーズと海苔、きゅうりが巻き込まれています。付け合わせには、しょうがをバラに見立てて添えました。なんとも女性目線のピンク寿司盛りが出来上がりました。

ところがこの試食をしたあと、シェフは気難しい顔をして言ったのです。

「結論から言おう、うちのレストランで君を雇うとしたらウェイトレスとしてになる」

「え・・・?」

シェフユニフォームを着たまま、ガラス張りのオフィスに戻ってきたケイシーは驚きました。その時にはマイケルは席を外すように言われており、ケイシーとシェフが二人きりで向かい合っていました。

「どういうことですか、シェフ?先日は私が寿司のこと何も知らなくても教え込むからっておっしゃっていたではないですか?」

ケイシーは軽いパニックを起こして言いました。なんとも辻褄の合わない話です。シェフはピクリとも表情筋を動かさず渋い顔をしたまま続けました。

「ケイシー、僕たちのレストランでは酢飯をあまり多く使わない。中の材料を多くしているんだ。君の作った寿司は酢飯が多すぎる」

そんなこと、練習でなんとかなる話です。けれどもシェフは頑なな態度を緩めずに続けます。

「ウェイトレスなら雇おう。それで不満があるのであれば、このレストランでは難しい」

この数日で態度を一変させてしまったシェフは、それ以上何も聞く耳を持ってくれなかったのです。

とぼとぼと寮へ帰る道すがら、ピロンと携帯が鳴るとマイケルからメールが入っていました。

「結果は、どうなったんだい?」

おそらく、彼には何も伝わってないのでしょう。マイケルののんびりとした質問に、彼が悪いわけではないのに若干いらだちめいたものが心を横切ります。

「そうだ」

ケイシーはふと思いついて、そのままミスターイマドのオフィスへ向かいました。

「ミスターイマド、せっかくご紹介してくださったエルサイードホテルは、ダメでした・・・」

ガラス張りのミスターイマドのオフィスに座るなりケイシーは肩を落とし落ち込みながら報告しました。

「そうなのか?向こうでは何だって?君、フードテストは受けたのかい?」

「ええ、今日受けてきたのです。でも、とても不思議なのです。最初行った時には大歓迎されて、私が寿司のスさえ知らなくても雇いたいと息巻いていたシェフが、今日行ったら急にフードテストの結果に難癖をつけてウェイトレスとしてしか雇えない、って言うのですよ。一体、何があったのか・・・」

「ふむ、それは確かにおかしいね」

ミスターイマドは無意識に顎に手をやって少し考える様子を見せました。

「ジェマールにも、エルサイードのこともあるから早く支配人の返事をもらってほしいって言っていますがまだもらえてなくって・・・」

言葉にだすと、ますます落ち込んで自分の背中が前のめりになってゆくのを感じました。ケイシーは、自分が全世界で一番不幸なのではないかというくらいの絶望感を味わっていました。

「なに、君はジェマールにエルサイードホテルのことを言ったのかい?」

「ええ、言いましたけど・・」

「なんてことをしたんだ、君は」

そういうとミスターイマドは大きく目を見開き肩を落とすしぐさをしました。

「いいかいケイシー。アラブの裏の世界は嫉妬と嘘の世界だ。ジェマールにとっては君は口をふさいでおきたい存在だってことを忘れてはならないよ。」

彼はアラブ人の裏の顔についてとうとうと話し始めます。

「ジェマールは温厚で人気もある人格者としてとおっているけれど、そんな彼だって自分の弱みを握られたままでいたくはないだろう。君はほかのホテルに就職する前に、道を絶たれてしまったのだよ」

「それって・・どういうことですか?ジェマールは、裏から手をまわして私の就職をなかったことにしたってことですか?」

「それは君が想像するがいいさ。どっちにしても、一度態度を一変させたエルサイードに君が就職できるチャンスはもうないって結果はここにあるってことだからね」

「そんな・・」

その話が本当ならば、ケイシーがいくらアンマンにある別のホテルに就職したところでシェフは横のつながりをつかい軽々とケイシーを首にできるということです。

「ミスターイマド・・・」

呆然としながら、ケイシーは呟きました。

「じゃあ、私は一体どうすれば・・・」

「僕はできるだけのことは君の手助けをした。君のことはかわいそうだと思う。でもこれ以上はもう、打つ手立てがない」

彼は残念ながら、といった風体で、それでも悲しそうな表情を浮かべてケイシーに憐みの視線を投げかけました。


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