第2章 鉄砲玉放浪記

4 / 4 ページ


お盆休みを利用して私はTと一緒に結婚の報告をするために故郷に帰省した。高速でひたすら走り、峠を一つ越え、人里離れた山奥にあるという表現がぴったりな私の実家。しかしTは、もう夢中だ。

「ここ凄い!ネットで調べた通りだ。いい川がいっぱい。魚影が濃い。早く釣りしたいわ。」

わくわくが止まらない。こんな人も珍しい。ところが、私の実家の傍に来れば来るほど、喜びながらも

「なお、もしかして俺を殺そうとしてる?本当にこの先に家がある?何か電気とか来てなさそう。新婚殺人事件とかにならないでしょうね。」

「何馬鹿なこと言ってんの。そんな事するわけないでしょ。だから言ったじゃん。ありえない位田舎で秘境中の秘境だって。」

そんなことを言っていたが順応するのも早い。キャンプ生活のような不便な生活を楽しみ、朝は早くから起き毎日近所の川に釣りに出かける。両親と一緒に三陸海岸に釣りに行こうと全員で出かけ釣りを楽しんだ。地元に住んでいる三度の飯より釣り好きの弟は、喜んで地元の川を案内してくれた。私達は三人で、朝から暗くなるまで釣りをして遊び呆けた。弟と釣りを一緒にするのは初めて。二人には釣れるのだが、渓流の中でルアーを投げるのは素人の私には相当難しい。私だけが釣れない。負けず嫌いな私はだんだん不機嫌に。すると弟は私を一生懸命手伝い、指導しとうとうもうこれでやめようと投げた最後の一投でイワナが釣れた!「やったぁ~!」私達は大喜びだった。女兄弟の中にたった一人男の弟に、Tは本当のお兄さんのようだと思った。「絶対また一緒に来年釣りをしよう。」と約束した弟と私達。たったの数日間だけど、家族以上に家族として楽しい思い出を作ることが出来た。


結婚とは決めれば凄い勢いで物事が運ばれていくことなんだと思った。

お互いの両親には会いに行ったので今度はTの両親を連れて、私の両親に会いに行こうと決めた。そうそうしょっちゅうは行けない距離。Tの両親やお姉さん家族も一緒に私の故郷に行くことになった。自宅では狭いため、三陸海岸のすぐ傍に立つホテルに皆で宿泊して、結納をしようと話しがまとまった。

私とTは一足先に車で東北へ。Tの両親はお姉さん夫婦が交代で運転をし東北へ来てくれた。食事には三陸の海の幸が沢山並び、和やかに時間が過ぎて行った。

次の日は早起きをして全員で三陸海岸から昇る朝日を見た。幸せだった。家族全員に祝福してもらい、結婚の実感がわきつつあった。Tの両親はもう来れないかもしれないからと私の実家にも立ち寄り、実家の傍の有名な観光地の鍾乳洞も観光した。そして、東北をところどころ観光しながら帰路についた。


お互いの両親にも会い、これで晴れて籍をいれられる。私は結婚式は望んでいなかった。ウェディングドレスに憧れがなかったわけではないが、私達は二人とも県外出身。結婚式をするのもお金がかかりすぎる。それに私達の夢は家を建てる事。そんなに貯金もあるわけじゃない中の無謀にも近い夢だが、叶えようとしていた。私達は合意のもと結婚式はしないと決めた。私には下に3人の兄弟がいるが、私達と同じスピードで弟と一番下の妹の結婚話が進んでおり、両親が大変だろうという思いと、下の兄弟のために自分にお金を掛けてもらうわけにはいかなかった。こんな時もやっぱり私は長女なのだ。

二人で指輪を買いに行き、婚姻届けを出しにいくだけのシンプルな結婚。親戚や知らせたい友達にはハガキだけで知らせることにした。新婚旅行も高額な旅行には手が出ない。でもせめて何か記念に残る楽しいことを考えようと二人で企画し、いますぐやりたいことをやろうと意見がまとまった。Tはキャンプ、私は焼肉が食べたい。そこで二つをミックスした1泊2日だけの新婚焼肉キャンプをすることに決定した。Tの両親に結婚式はしないと話すと、「うちのTは、なおちゃんにドレスも着せてやれなくて本当に申し訳がない。」と何度も何度も誤った。私を思いやってくれる優しい両親に感謝の気持ちが湧いた。

私達は、普段より大分高い肉を購入し、お酒をたんまり買い込んでキャンプ場に向かった。テントで寝るのは当たり前すぎると、キャンピングトレーラーに泊まれるキャンプを選んだ。トレーラーに乗るのは生まれて初めて。ちょっぴり旅行に来ている気分にもなり、思う存分キャンプを楽しんだ。


それから会社の上司に結婚の報告をした。上司もびっくりして大きな声を上げたが、職場の皆はもっとびっくりして驚きの声が湧き上がった。私達は良き遊び仲間だったことは誰もが知っていたが、付き合っていることは誰にも言っていなかったし、誰も気づいてもいなかったからだ。

「で、結婚式はいつやるの?」

「結婚式はやる予定ないよ。」

「え!?どういうこと?じゃ新婚旅行は?」

「もう土日で行ってきたよ。二人で新婚キャンプに。」

「えぇぇぇ!何それ?本当なの?」嘘なんか言わない。本当だ。

またまた皆びっくり仰天してしまった。そんなこんなで、私達は結婚しても何ら変わらず、休むこともなく仕事を続けた。

私のアパートを解約し、もう荷物のほとんどがTの家にあった私は身一つでTの一軒家の貸家に行くだけで引越しも完了した。新婚とは思えないほどのおんぼろアパートで新婚生活は始まった。

真冬は、サッシ1枚だけの窓は結露の水が家の中にも外にもつらら状のものを作り、一体中だか外だか分からない状態になる。じめじめしていたので、台所にはよくナメクジが出現し、その度私は悲鳴をあげた。お風呂も昔式のガススイッチ。ある時操作を間違い、家の中でボンと音がして爆風を起こしてしまった。台所には、以前使っていた人がガスコンロを置いていっており、しばらくはそれを使っていたのだが、ある朝魚を焼いていると中が焼け火がめらめらと上がり、二人で大騒動になった。隣には、ブラジル人が数名住んでおり、休みには爆音で音楽、ずっと焼肉の煙が家の中に充満した状態になる。こんな調子でおんぼろ家では数々の珍事件が起こっていた。唯一この環境を喜んでいたのは、ぴょん吉だろう。一軒家だけあって駐車場の他に、小さな畑を作れるくらいの土地が付いていた。ぴょん吉の大好きな散歩場所になった。

私達は家庭菜園を作ることにした。ところがやったこともない私達。

「きっと栄養満点の腐葉土に植えるといい野菜が出来ると思う。」と腐葉土100%に苗を植えてしまう始末。数日後苗は枯れた。そんな音痴な私達だったが、二人で一緒に楽しむめることに喜びを感じた。

「家庭は、家と庭で家庭になるんだよ。だから俺たちも少しずつ家に庭を作るように、一歩一歩コツコツと良い家庭を作っていこう。」

なるほど。T、良いこと言うなぁ。私達は家を建てる夢に向かって土地探しを開始した。


結婚報告から一ケ月。職場の人から私達の結婚を祝う会を企画したから来て欲しいと誘いがあった。素直に嬉しかった。居酒屋でやるから土曜日の夜、家に車で迎えに行きますとだけ言われた。私は久しぶりに会社の休みをとった。皆にお礼も兼ねてチョコレートケーキを焼き配ろうと考え、朝からケーキを焼き続けていた。

Tは、複雑な思いでいた。前日の夜突然の訃報が舞い込んだのだ。Tと仲の良かった故郷の同級生の奥さんと子どもさんが交通事故で亡くなったのだ。祝う会当日が告別式だった。「せっかく皆が企画してくれたことだし、申し訳ないから祝う会が始まる夜までには戻るから。」そう言って、車で四時間かかる実家へ向かった。


夜、職場の人が来るまで迎えに来た。すると突然「これ付けて。」とアイマスクとヘッドフォンを渡さた。言われるがままにつけると、ヘッドフォンから大音量の音楽が流れた。アイマスクの下からほんの少し光を感じるだけで、音楽をい聞いているせいか周りの様子も分からない。職場の人にエスコートされ車に乗り込んだ。一体どこを走っているのか...何が始まるのか...だんだん気持ちが高揚してくる。

到着して車を降ろされるとエスコートされながら長い道のりを歩いた。エレベーター、絨毯の上、小さな階段?シーンと静まり返って静かな場所だ。体の向きを変えられ、「もういいよ。アイマスクを外してみて。」と言われ、素直に従った。

いきなり眩しかった。ずっとアイマスクをしていたから部屋の明かりが眩しく感じるのだろうと思ったが、そればかりではなく、私の体は何か大量に光を浴びているようだった。状況の把握が出来ず、周りを見渡すと私はステージの上に立ち、大量のスポットライトの光を浴びていた。私がマスクを外すまで会場にいる誰もが声を出さぬように我慢していたのだ。私は、腰を抜かしそうになる程驚いて後ろによろめいた。すると会場中が拍手と笑いでいっぱいになった。

よく見ると、皆見慣れた顔。同じ部署の皆、沢山の上司、釣りクラブの皆、スキークラブの皆、男子寮の皆、仲の良い会社の女友達。全員がまるで結婚式にでも行くように正装している。一体何が起きているんだ?今日は居酒屋で飲み会なんじゃ??とわけのわからなくなっている私の耳に、聞きなれた同僚の声で

「これからTさん、ナオコさんの結婚披露パーティーを始めます。」というアナウンスが飛び込んできた。

「え?私達の結婚披露パーティー?」驚いている私に「新婦はこれからお色直しのため退場します。」とアナウンスされ、私は同僚に導かれるままに退場した。

そう言えば私は、居酒屋でのお祝いだと聞いていたのでTシャツにジーンズといういで立ち。

「結婚パーティーってどういうこと?私こんな格好なんだけど。」

という私に「いいから。いいから。私達について来て。」と急くように私を控室に連れて行ってくれた。控室には、会社で特に仲の良い女友達がにこにこしながら待っていた。そこにはシンプルな白いウウェディングドレスが掛かっていた。私は驚いて声も出なかった。

「これどうしたの?」

「このドレスね、洋裁学校出てるYちゃんが中心になってデザイン考えて私達に指導してくれて、仕事の後毎晩皆で集まって夜な夜な縫ったの。皆でパーツを分け合って分担して。本当はもっと早くお祝いの会をやりたかったんだけど、ドレス班の私達が間に合わなくて、一か月も経ってからのお祝いでゴメンね。このブーケはねフラワーアレンジメントしているKちゃんが手作りしてきてくれたんだよ。」

ブーケを作ってくれたのは、Tを好きだったKだった。K有難うと心の中でつぶやいた。

「今日は課長の奥さんが美容師さんだから、協力してもらえるようお願いしてきてもらったの。髪も化粧も綺麗にしてもらってね。それから靴はどうしようかって皆で困ってて、そしたら昨日の夜Tが告別式があるからいけないかもなんていうから来てもらわなきゃ困るって焦って、慌てて事情を話してばらしてTに下駄箱からパンプスを持ってきてもらったの。結構色々苦労したんだからね!この結婚式は、部長のアイデアなの。結婚式もしないなんてダメだって。そしたら皆が自分達で企画すればいいって言いだして。会社のメールは私用のミッションが毎日相当行き交ってたんだ(笑)上司公認だからいいけどね。

なんせ75人をまとめるにはメールしかないでしょ。N君が会場を探して交渉してくれたんだよ。さすが営業だよね。そして名物コンビのN君とY君は司会を立候補してくれて。余興もありだよ~。楽しみにしてて。」

一生結婚式などあげられないと思っていた私達に世界で一番心がこもって素敵で粋なサプライズが起きた!涙とともに胸の中から有難うが溢れてきた。

「有難う。本当に有難う。」そう言いながら涙が止まらなかった。

「ううん。私達の方こそ、最初は二人の為になんて思ってたけど途中からは自分達が楽しくなってきちゃって。皆ですっごい良い思い出が沢山作れたんだよ。Tとなおをどんな風に驚かしてやろうかってみんなでアイディア出し合って、協力しあって、最高楽しい時間だった。感謝したいのはこっちのほうだよ。」

ドレスはピッタリ。優しさ溢れる素朴で可愛らしいブーケを持ち、キャンドルサービスへ。会場が開くとおめでとうの嵐が私達を包み、皆の笑顔から優しさが会場中に広がり、幸せを実感した。

結婚パーティーは楽しい企画でいっぱい。仲良し女子グループのダンス。顔を真っ黒に塗り、捨て身のパフォーマンスに会場中はノリノリで盛り上がった。結婚式場にはぴょん吉も登場。着ぐるみウサギぴょん吉は花束を持って駆けつけてくれた。会場の全員で楽しむためにとビンゴで高額商品争奪戦。手作り感あふれるケーキでケーキカットが出来るよう準備してくれた。何もかもが全て手作り。一つ一つに心がこもり、皆が一生懸命考え、一生懸命作り上げてくれたことが伝わってきた。

結婚の報告からたったの一か月でこんなに素晴らしい結婚パーティーが企画されていたなんて夢にも思わなかった。どれほど多忙な日々だったことだろう。

結婚パーティーが出来たことが嬉しいのではなく、こんな素敵であったかい仲間に出会えたことが何より嬉しかった。一生忘れられない私達の幸せな結婚の思い出。


鉄砲玉のようにあちこちと放浪し見つけたものは、大切な家族と大切な人と大切な仲間だった。私はこの土地で大切な人達と生きていくことを決め、こうして私の鉄砲玉放浪記は終った。








著者の安田 直子さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。