マクドナルドで役立たずだった僕が、仏像彫刻家として生きて行くまでの話

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仏像の声が聞こえた気がした。


僕は僕のままでいい?

何をやってもどんくさくて、失敗ばかりの僕でいいのか?


答えは分からないけれど、とても心地よかった。

温かくて、心強くて、そして安心した。


どれくらい、持国天を見ていただろう。

こんなにも救われた気持ちになったのは初めてだった。

とても不思議だった。


背中を押されているような、ここに留まっていいような、

よく分からないがとにかく「救われた」と感じたのだ。



強くて優しい仏像を僕も造りたい!


「何アホなこと言うとんねん!」

「マジで就活しないで弟子入りするん?」


周りの皆は驚いてばかりだった。

僕もあまりに突然道が拓けたので驚いてはいた。

だけど、

なんだか「僕にはやれる」と言う不思議な直感があったのだ。


東大寺の仏像を見てから

造る側になりたい思うようになった僕は、

勉強のため彫刻が盛んな富山県の井波へ行ってみた。


ここで急に弟子入りが決まるとは思ってもみなかった。



本場の仏像彫刻はどんなものかとドキドキして向かったのを覚えている。

いつも反対方向に乗り間違える電車を、何とか乗り継いで富山までたどり着いた。


彫刻の展示場で作品を食い入るように見ていると、

親切な人が仏師(仏像彫刻家)を紹介してくれた。


知り合いになった若い仏師は師匠を紹介すると言い、

僕の頭と心が追いつかないうちに師匠と対面することになったのだ。


「先生っ! ただ今戻りましたっ!」


若い仏師は、大きな声を出した。


わ! あの人こんなにハキハキとでかい声を出せるのか


僕はさらに胸が高鳴った。


扉を開けるとそこは、時代劇のセットのようだった。

6畳ほどの和室の中央には囲炉裏があり、鉄の茶瓶がどっしりと置かれていた。

部屋の奥には、整えられた庭が見える。

ピシッと袴を着ていた師匠は、

その出で立ちから厳しさが滲み出ていた。


「あんた、どこから来たんがいちゃ」

「あ、はい。えーっと、奈良です」

「ああ、奈良……」


職人というのはだいたい口数が少ない。

聞きなれない方言に加え、説明が足りないものだから理解するのは大変だった。

けれども僕は、一生懸命に師匠の言葉を理解しようとした。


それから師匠は、僕の両親はどんな人なのかとか、

仏像彫刻教室ではどんなことを習っているのかとか、色々聞いてきた。

そして、最後にこう言った。


「弟子、入るなら早い方がいい」



え!? 僕が弟子入り?


どうやら師匠は、

僕が弟子入りのために挨拶に来たのだと勘違いしていたらしい。


それにしてもこんなにもすんなり

弟子入りの話をすることはまずないという。


普通弟子入りするには、何日も工房に通い、

職人たちに無視されながらも、

じっと黙って見学しなくてはならい。

それから少しずつ話をしてもらったり、

手伝ったりしているうちに弟子入りを認められるそうだ。

でもなぜか、

僕には早くしろと言う。

しかも、お前が早く決めなければ他の人を入れてしまうぞ、

そうしたらもう入れないぞとまで言ってくる。


僕は焦った。

仏像彫刻の道に進みたい。

けれども、そんな急に決断を迫られて、どうしていいか分からない。


「す、すみません。一カ月だけ時間をください」





奈良の実家に戻り、

両親に今日あったことを伝えると、父はこう言った。


「それは趣味にして、本業を持ちながらやってったらええねん」


仏像彫刻とは全く違う道を歩んでいる父は反対した。

そして、何とか大学は続けて欲しい、と説得してきた。


父の気持ちも分かる。

父は家業を継ぐために、

大学に行くのを泣く泣くやめたのだと何度も話していた。

だから、息子の僕には

どうしても大学を続けて欲しいという強い気持ちがあったのだ。


それでも僕は、富山からの帰り道、もう決めていた。

どんくさくて、何をやっても続かない僕が

こんなにも夢中になれることは他にはない。


しかも今の大学は芸術とは無縁のところだ。

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