マクドナルドで役立たずだった僕が、仏像彫刻家として生きて行くまでの話

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だけど僕は辞めなかった。

5分でも、10分でも、彫刻刀を握った。

木の質感、削ったときの音、匂い、

足の裏に感じる削りかすを踏みしめたときの感触……、

ひとつひとつを感じた。

そうしているうちに、

鬱によって失われた感覚が少しずつ蘇ってきたのだった。


……そうか、よかった。


僕はまだ仏像を彫れる。僕は仏師になれるんだ!






僕はなんとか生き返った。

少しずつ社会に出られるようになり、なんと彼女までできた!



ほとけ様は見てくれていたのだーー!!


うかれた僕は、勢いに任せてすぐに結婚をした。

奈良で働きながら京都の仏像彫刻教室にも通った。


好きな彫刻もできて、結婚もして、僕の人生最高だ!


まさに、天に昇るここちだった。

フワーッと天ばかり見上げて、足元が地についていないことには気づいていなかったのだ。


僕たちはすぐに離婚した。

ダメだった。

うかれた気持ちだけで続くほど、結婚は楽じゃなかったのだ。

今思えば、自分自身のもどかしさを彼女にぶつけてしまっていたのだと思う。


「本当は仏師になりたいのに。どうして中途半端な生活をしているんだ!」


こんな不満がいつも僕を責め続けていた。


離婚からしばらくして、僕はもう一度挑戦することにした。

京都の仏師の元へ弟子入りしたのだ。


今度こそ……!
僕はなりたい自分になる!


師匠の元で、しっかりと学ぼうと試みた。

師匠は若く、細やかな感覚を持った人だった。

髪の毛の6分の1の細さが分かるほどの感覚だ。


師匠は仕事の時だけでなく、プライベートも神経質だった。

特に、大事にしているオートバイの扱いは厳しい。

物を運ぶときに、

止むを得ず師匠のオートバイを動かす時があったが

その時は口うるさく言われたものだ。


「キズつけたら承知しないぞ!」


できればそのオートバイには関わりたくなかった。

もし、キズ一つでもつけたら僕は即刻クビになるだろう。


しかし……


ドン!!!


やってもうたーーー。


車をバックしたときに師匠のオートバイにぶつけてしまったのだ。

急いでオートバイを起こすが、小さなかすり傷ができている。


あの細かい師匠のことだ。

明日すぐに気がつくに決まっている!

そしたら僕はクビだ!


「……おはようございます」


翌日、恐る恐る師匠の元に行った。

しかし意外にも、

師匠はオートバイのキズには全く気がついていなかった。


「おい! 外のバイク寄せておけ。キズつけたら承知しないからな!」


もうキズがついていることに気がつかず、師匠はいつも通り僕に指示した。


「は、はい!」


僕は必死に笑いをこらえオートバイを動かした。






毎日師匠の元で遅くまで修行をし、暗い夜道を歩いて家に帰る。

アパートの斜め向かいにあるコンビニで、売れ残った一番安い弁当と発泡酒を買う。

それが僕の息抜きだった。


レンジで温めただけとはいえ、温かい食事を口に入れるとホッとする。

その後に、ほろ苦い発泡酒がキンと喉を冷やす。


「ぷはぁーー」


僕は今日も生きている。何度もやり直したけれど、僕は仏師の修行の身として生きているこの日常に感謝していた。


だけど、また突然僕の日常は閉ざされた。


「お前はもういらない! 荷物をまとめて出て行け!」


僕は、師匠に怒鳴られた。

彫刻教室に通う大勢の生徒の目の前で。


怒鳴られることには慣れていたはずだった。

けれどもこの日は、もう、自分自身の限界だったのだ。


悔しかった。


一生懸命やっている。

なのに、どうしてうまくいかないんだ。

どうして僕の人生は、いつもこうなんだ。


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