マクドナルドで役立たずだった僕が、仏像彫刻家として生きて行くまでの話

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目が覚めて、何も考えが浮かばない僕は工房に入った。

そしていつも通り彫刻刀を握った。


ゾリッゾリッゾリッ……木を削ると小さな音がする。

ふわっとヒノキの良い香りが漂う。

ふーっと息を吹きかけると、かつお節みたいな削りかすが飛んでいく。

木の塊から、うっすらと仏様の顔が浮かび上がってきた。


ゾリッゾリッゾ……。

自然と手が止まった。

僕は思いついたのだ。


お守りを彫ろう。
彼女の笑顔のために。親父さんの力になるために。


僕は、僕ができることを見つけた。

しかもそれは、僕にしかできない最高のことだ。

香合仏(こうごうぶつ)という

手のひらにすっぽり収まるお守りを作ることにしたのだった。


彼女とは何度も電話をした。

親父さんが生きているうちに

最高の親孝行をしたいというと彼女は強く願った。

僕も同感だった。

残された短い時間を凝縮するように、

僕たちは急いで互いの両親に挨拶をし、婚約をした。


「お父さん、私の花嫁姿が見たいんだって……。何とか叶えてあげたい」


電話口で彼女は泣きじゃくっていた。

親父さんの病気のことがあってから、

彼女はよく泣いていたが僕はこれに慣れることはなかった。

どうにか彼女の力になりたいと思うと同時に、自分の無力さを思い知った。


僕は、彼女の笑顔のためと親父さんの力になるため知恵を絞った。

親父さんにウエディング姿を見せよう。

何度も彼女と打ち合わせをした。

親父さんの病状や状況が変わるたびに作戦を練り直した。


いつも通り彼女と打ち合わせのため電話をしていると、

彼女はこんなことを言った。


「あのさ、お父さんのためにお守りを作ってくれないかな。

ウェディング姿を見せる時に渡してあげたいの」


「……分かった。やってみる」


僕はそう答えた後、頭を抱えてしまった。

実はもうお守りは作り始めていたのだが、

彼女が指定した日まではあまりにも時間がなかったのだ。


僕は迷った。

早く仕上げてしまうこともできる。

でも、お守りは……仏像は、何のためにあるものなのか?


仏像はただの飾り物じゃない。

祈りを込めて魂を込めて造るものだろう。


このお守りを親父さんに渡したらきっと祈るだろう。

自分の命をかけて、このお守りに祈るだろう。

「どうか生き永らえさせてくれ」って。


僕は、つくりかけたお守りを手のひらにぎゅっと握り、

祈りを込めて彫刻刀を動かした。


ゾリッゾリッゾリッ……。

一刀一刀祈った。

「どうか、親父さんに力を与えられますように」

「どうか、彼女が笑顔になるますように」


急げ。

でも、祈りを込めて丁寧に……。

急げ。

親父さんの命があるうちに届けなくては。





僕は、親父さんが入院している山形の病院にきた。

タキシードを着て、隣には真っ白なウエディングドレスを着た彼女がいる。


花嫁姿を見た親父さんは、涙を流して喜んでくれた。

僕も涙が止まらなかった。


僕は結局、この日までお守りを造り上げることができなかった。

全身全霊をかけて、急ピッチで彫り続けた。

だけど、祈りを込めることは妥協しなかった。


今まで僕は、

技術的に素晴らしいとか、

美しいとか、

かっこいいとか、

そんなことばかり気にしていたように思う。


だけど仏像は

それだけではないことに気づかされたのだ。

親父さんのお守りは、

誰が何と言おうと、

僕が祈りを込めて彫った「仏像」だと言い切れる。


僕は、この未完成な「仏像」を親父さんのために持ってきていた。

まだ出来上がっていないものを持ってきても

しょうがないと迷ったけれど、

彼女の強い希望もあり、親父さんに見せることにしたのだった。


「まだ造り途中なんですけど……」


恐る恐る未完成なお守りを差し出した。


白髪で痩せ細った親父さんは、しわくちゃの手でそれを受け取った。


「これは……。すごいな。……ずいぶん細かい作りだね」


「ありがとうございます。

本当は今日まで仕上げたかったんですけど……。すみません」


「いや……丁寧だ。手が込んでる。

こういう仕事をする人は、気がいい。……優しさが出ている。」

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