マクドナルドで役立たずだった僕が、仏像彫刻家として生きて行くまでの話

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美術大学すら出ていない。

注文はどこから来るのだろう?

そんなところからのスタートだった。


でも僕は、人生で一番の幸せを感じていた。

「仏師として独立」という自由を手に入れたからだけではなく、

パートナーもできたのだ。

僕の何もかもを認めてくれ、互いに成長し合える恋人だ。

いつか僕が立派になったら結婚しようと約束もしていた。


彼女との出会いは、僕が東京で鼻水と涙を流し続けていた時だった。

悔し涙と嬉し涙が混じって号泣し続ける僕に、

ポケットティッシュを差し出してくれたのが彼女だった。

東京と奈良と遠距離恋愛だったけれど、

励まし合いながら生きていこうと決めていた。


彼女と幸せに暮らすために、何とか仏師として生活していかなくては!


腹をくくり、一生懸命になっていると

不思議と人伝てに注文が舞い込んできた。

小さな小さな注文だけれど、

僕の精一杯の技術で提供していった。


がむしゃらに取り組んでいたら周りが応援してくれる。

一つひとつを積み重ねていたら、知らぬ間に大きくなって来る。

「僕は僕だ」と自分を受け入れたら、自分らしく生きられる。


僕は、幸せだ。


一人前になって、彼女と結婚をしてこの幸せを続けていこう。


しかし、

ハッピーエンドが目の前に見えた時、

仏様はまた僕に試練を与えたのだった。


与えられた試練




遠距離恋愛とは言え、僕と彼女は仲良く愛を育んでいた。

辛い時には励まし合い、嬉しい時には喜び合った。


仕事も不思議と順調で、

小さな注文をいただいては人が人を繋いでくれたので

次々へと発展していくことができた。


仏像の受注製作だけでなく、

新しいものづくりを試みたり、仏像彫刻教室も始めた。

どうしても食えない時はアルバイトをしよう、と思っていたけれど、

時々ティッシュ配りのアルバイトをする程度で間に合うようになった。


焦らずに一歩一歩進んで行ったらうまくいくんだな


そう思い、がむしゃらだけど充実した日々を送っていた時だった。


僕の電話が鳴った。

彼女だ。

僕は新しい取り組みの最中で、少しイライラしていた。

忙しさをアピールしながら電話に出ると、彼女は泣いていた。

いつも明るい彼女とは違う姿に、僕はイラつきを忘れてひどく動揺した。


「ど、どうしたん!?」


電話口からは泣き声しか聞こえない。僕は怖くなった。


「……何があったん!?」


大きく息を吸った後、彼女は言った。


「お、お父さんが末期がんだって……」


僕はその場にへたり込んだ。


「……おとうさんが?」


彼女は父親のことがとても好きだった。

親父さんのことを話す時の彼女はとても楽しそうだったのだ。

そんな彼女を見るのが好きで、

僕は親父さんの話をよく聞いていた。


親父さんは自動車整備士で、

腕一本で仕事をしている技術者だ。

不器用で素直に褒めてくれないとか、

職人気質でまっすぐな人だとか……。


彼女から聞く親父さんの姿はどこか僕に似ていて、

彼女と結婚して家族になるのが楽しみだった。

短気でカッとなったら手がつけられないところは怖そうだったけれど、

僕が一人前になったら必ず言おうと思っていたんだ。

「娘さんをください」って。


彼女は泣き続けていた。

「お父さんが死んじゃうなんていやだ……」

いつの間にか僕も一緒に泣いていた。


電話を切った後、しばらく放心状態になった。

いつも明るく笑っている彼女が土砂降りのように泣いていた。

僕は、何をやっているんだ。

ようやく見つけた最愛の人が悲しんでいるのに何もできない。

仏師として独立したとは言え、

僕一人が食べていくのが精一杯で彼女を守ることすらできない。

一人前になったらプロポーズしようと思っていたのに。

僕が強くなったら親父さんに挨拶に行こうと思っていたのに。


……時間がない。


彼女の話だと、親父さんは後3ヶ月ほどの命だという。

落ち込む彼女の力になりたい。

病気で苦しむ親父さんに力を与えたい。


僕は何ができるだろう。


鈍い頭をフル回転させた。

考えて考えて、脂汗が出るほど考えた。

布団に潜り込み、

色々考えを巡らせているうちに僕はいつの間にか眠ってしまっていた。



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