カッコ悪さの代償

著者: 作田 勇次

その男はイライラしていた。社で売り上げトップなのにも関わらず、どうして小言を言われなくてはならないのか。それも2位であるあいつに。


彼の名は伊達蓮太。ここ最近調子を上げ成績を伸ばしてきた。昨年ついに売り上げトップに躍り出て、今なお好調を続けている。彼は自分のやり方に絶対の自信を持っていた。売り上げがその根拠を裏付けている。


2位で同期である高取啓介はそれまでずっと社でトップを取り続けていたライバルだ。入社したての頃は伊達の方が成績は優秀だったが、三年もすると差は逆転し、その後は高取がトップを独走し続けた。


高取は王者を奪われたことの悔しさのあまり、小言を言ってきたに違いない。悔しくて小言を言ってくるなんて、なんて情けない奴なんだ。あいつの話をまともになんて聞いちゃいけねぇ。


きっと馬鹿げたことを吹き込んで、俺の成績を落とそうとしているに違いない。俺は俺のやり方でトップを狙う。甘っちょろいこと言いやがって。どうせ裏では俺とおんなじなんだろう?偽善者め。その手には騙されないぞ。


伊達は高取から言われたことを何一つ聞きはしなかった。それ以降も伊達はトップを守り続けた。時より高取が口出ししてきたが、伊達は全て聞き流した。


あいつもしつこい奴だ。2位に落ちたやつのことなんて絶対聞くもんか。奴は落ち目だ。落ち目の奴のことを聞いたら、自分まで下がっちまう。


それでも高取はやり方を改めるべきだと言い続けた。


俺は契約件数の多いセールスマン。多少悪いことをしたってなんのその。契約が取れるのならいいじゃないか。本当にうるさいやつだ。


伊達は吸っていたタバコを道端に投げ捨て、セールスへ向かう。伊達は法律ギリギリのラインで取引を行なうことにも躊躇はなかった。



数ヶ月が経過すると、ほんの少し。とても僅かだが、市場にある変化が起きた。伊達も高取もその変化を見逃しはしなかった。


敏感に察知した二人はすぐさま行動に移した。しかし、二人がとった行動は全く逆の行動であった。高取は保守的な態度をとるのに対し、伊達はここぞとばかりに攻め入った。


市場は荒れに荒れ狂い、この時攻めに出ていた伊達の顧客は大打撃を被ることになった。そのほとんどはなんとか持ちこたえることが出来たが、一社はついに倒産に追い込まれてしまった。


社の実績はガタ落ちした。

伊達の信頼もガクンと落ちた。


今までの無茶なやり方も含め、全てのしわが結集されたのだ。

伊達はこっぴどく搾り取られ、責任を取らされることになった。


遠回しにやり方を改善しなければクビだと言われたのと同様である。



ひどく落ち込む伊達の元に高取が現れた。


「お前の言う通りになったな。みじめな俺を笑いにきたんだろ?これで当分トップの座はまたお前のものだ。」


伊達は少し顔を見上げただけで、すぐにまた俯いてしまった。


「俺らが新入社員の頃はさ。」伊達と目が合うと高取は続けた。


「もう十年も前になるのか。あの頃はみんなギラギラしていたよな。みんなトップを取りたくて必死で、それこそ死に物狂いで契約を取ってきたもんだ。中にはルールを破ってくるやつもいたし、すごい競争だった。あの頃は今と違って荒れていたよな。むしろ、その時はそういうやり方をしてくるやつが正しいとさえ言われていた。だから、みんなこぞってやり始めるし本当にひどかった。


でもさ、伊達は絶対にそういうことはやらなかったよな。他にもやらないやつはいたけど、やらないで契約を取りまくっていたのは伊達だけだった。正直、あんときの伊達すごく輝いていたし、カッコよかったぜ。


今だから言えるけど、入社したころ伊達にすごく憧れていたんだ。同期でこんなすげえやつに出会えて俺めちゃくちゃついてる!って。俺もどんなことがあっても絶対にカッコいいことだけやって結果を出せるすげえやつになってやるってこの時誓ったんだ。


だけど、すっかり変わっちまった。

俺が知っている伊達はもっとカッコよくて正義にあふれていて、魅力的な人間だった。顧客にも不安を煽る営業ではなくて、愛されて頼られる営業マンだったはずだ。


どんなことがあったかは知らない。

ただ、今ならまだ遅くはない。


またもう一度あの頃のようにやってみないか?」


「ふっ、もう今さら遅いよ。全て失ってまったんだ。今からやり直したって顧客が認めてくれるわけがない。」


「そんなことはない!」高取が語気を強めた。

「しっかり誠意を見せて顧客に尽くせば、その想いは届く!十年前、伊達はこうやってみんなを励ましてたのを覚えていないか?それに、今だからいいんだよ。こうなってしまったことは残念だが、こういう時は大きく変えられるチャンスでもある。そう教えてくれたのも伊達だろ?」


「はは、俺も昔はそんなだったな〜。いつからそんな情熱を無くしちまったんだろうな。まったく、俺が忘れていた言葉まで覚えているなんて。


…お前の熱意には負けたよ。もう一度やってみるか。」


伊達は今自分が言葉にしたことがとても恥ずかしかった。照れ隠しであんなことを言ってしまったことを。本当は高取が熱く語っていた時、自分の中で強く込み上げる想いを感じ取っていた。素直に受け取りたかった。だが、受け取ればすぐに影響されたプライドのないやつだと思われると思うと恥ずかしくて、あんな風に返してしまった。


素直に受け取れば、いいものを。前はもっと素直だったんだよな。いつからだろう。自分がこうなってしまったのは。そうだ、高取がだんだんと俺に追いついてきたあたりからだ。焦るあまり、少しくらいなら。と手を出し始めたのがきっかけだったな。それでも勝てなくて、焦りに溺れたんだ。


勝負にとらわれて本来の自分を無くすとは情けない。

それがいつしか当たり前のようになっていただなんて。


「高取、ありがとな。」



伊達はもう二度と堕落した自分に戻らないと誓った。長年の習慣は大きいものだった。

以前の自分に課したきびしいルールについ挫折したくなる。誰も見ていないし。今日くらいはいいか。前のやり方の方が簡単だ。甘い誘惑が伊達を襲った。


ふぅ、長い間ため込んだものは大きいな。


もう二度とあの頃の自分には戻らない、そう決意したじゃないか。

がんばれ。ここで積み上げてきたものを壊せば、全てが台無しだ。

入社したときの自分を思い出すんだ。絶対に生まれ変わるんだ。



伊達が顧客の信用を取り戻すのには大変時間がかかったが、結果の出ない間も辛抱強くルールを守り続けた。以前の習慣に戻ると、顧客のために費やす楽しさや心温まる想いに満たされて心が豊かになっていた。


数年が経ち、伊達はまた高取と争うほどの成績を上げるようになったが、それはもう、どうでも良いことだった。



正義を貫くことは難しい。だが、有意義な人生を送るためには正義を貫くことが重要だ

悪に染まって手を抜くことはいつでも出来ることだ。人格を鍛えるには常にいつでも出来ないことをやろうと心掛けなくてはならない。たとえ人に見られていようといまいと。人が見ていないからと行ってズルをするようでは、心に邪悪がはびこり日頃の習慣にも影響してくる。人からどう思われるかではなく、自分との戦いだ。


失敗を隠す

約束を守らない

人のせいにする

自分に嘘をつく

誰かに媚びを売る

偉そうにする

安易な金儲け

ゴミのポイ捨て


など


人を見て、カッコ悪いと思うことは絶対にやらないこと。自分がどんなに辛くて、泣きそうでも、カッコ悪いことはしない。これが人格を育てる。



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