武士で能面でいじめられっ子

著者: なっ つん

中学3年、15歳の時のことである。

突然クラス行事の円陣に入れなくなった。みんなが笑う声がぼんやりと聞こえ、穴に突き落とされたようだった。

その日から、私はクラスメイトではなくなった。

そこにはいるが、存在しない。


教室に入るとクスクスという笑い声が聞こえた。

物理的な攻撃はない。ノートも上履きもピカピカ。

変なあだ名で呼ばれ、テストの回答をバカにされたり。


友達だと思っている人に、気のせいだよねと確認をした次の日には、「被害妄想じゃん」という声も聞こえた。


確かに被害妄想かもしれない。でも苦しい。

友達もそっちだったんだと。自分よりも頭の悪い人にばかにされることも悔しかった。



ただ私は、負けず嫌いな人間だった。

とにかく学校にいる間は、感情を表に出さないように過ごした。

能面生活。

クスクス笑う人たちには蔑んだ一瞥を。

何を言われても、能面。

笑うこともしない。

家では泣いても、学校では泣かない。

笑う部分、話題を与えない。


それでも、学校に行くのは恐くなる。足が進んで前に進めない。

教室のドアを開けるとき。

クスクスがいったん止まるとき。

「あー、逃げ出したい。」


集団でしか戦えない可哀想な人たちに負けたくない。


教室に誰もいなければいいんだ。

学校に意味もなく早めに行く。

自宅の玄関を開ける前に深呼吸。

「よしっ。今日も能面。」


自転車に乗って出発。

いざ出陣!

敵は迎え撃つもの

自転車にヘルメットスタイル

武士の気分だった。

不思議と強くならなければならないと感じた。

ペダルをこぐ足にも力が入る。


思ったよりも人がいない教室は空気が澄んでいて気持ちがいいもの。

教室も30分だけ、私の味方。

そんな毎日。


直接ではなく間接的に突き飛ばされたとき、

あまりの怒りに能面のまま

掴みかかった。

相手は男の子。

弱い。

1対多では勝てないけど、1対1だったら負けない。


発想の自由さと行動力の自由さ。

存在がないからこそ、もう何も失わないことの自由。


残念だが、一番自由なときはいつか、と考えるとき

中学3年のコンパクトにいじめられたときのことを思い出す。


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