死なないよ、死ぬまでは。

1 / 19 ページ

会社の飲み会で事務所の近くの小さな居酒屋にきていた。

地元の有名人のサインがたくさん飾られていたり、全国で活躍しているアイドルやモデルが店長とツーショットで並んでいる写真が並べられていたりと、私が思っている以上に有名な店らしかった。

地鶏を売りにしているメニューは刺身を頼んでも炭火焼を頼んでもどれも美味しくて、繁盛するのが頷ける味わいだった。特にチーズチヂミは絶品。最初は具の何ものっていない質素なピザにしか思えなかったが、生地とチーズの組み合わせだけでこんなにも美味しいのかとビックリしたくらいだ。

お酒が苦手な私はソフトドリンクを飲みつつ、同僚の話に耳を傾けていた。

「伊藤ちゃんよりあとから入ったけど、年は俺のほうが上やから。人生の先輩ってこと」

相楽さんは胸をはって先輩風を吹かせようとしている。私は「はあ」と適当に相づちを打つ。

十人くらいで居酒屋にきていたが、まわりは各々で話をしていて盛り上がっているので相楽さんと私の間には誰もいない。私が入り口に一番近い端の席。その隣が相楽さん。

相楽さんは爽やかそうな見た目とは裏腹に、仕事には真摯に向き合い熱く語りだすことがよくある。少し肌の色が黒くイケメンでサーフィンでもやってそうなのだが仕事は私と同じく広告デザイナーで、友人からも身体を活かした職につくものだと驚かれたらしい。

ワックスで清潔に整えられた髪型の相楽さんは私にも熱い想いを伝えたいらしく、まずはその入り口として自身のバツイチ体験を語りだした。

相楽さんは何年か前に離婚が決まって最愛の娘と離ればなれにならなければならなかったこと。

それが何よりも辛かった。

自殺しようと考えていた。

そういったことを熱弁した。

私はぼんやりと聞いていた。ここで熱く自分語りをすることによって私にも熱い何かを話させ、人生の先輩らしくアドバイスでもしようとしているのではないか。それによって、普段人前で話すような内容ではないことを共有して、先輩面したいのではないかなと邪推なことを考えていた。

そんな風に話を聞いているから、相手はいい顔するわけがない。ただでさえ感情が不足している私は、余程つまらない話を聞かされて鬱陶しい顔でもしていたのだろうか。

相楽さんは少しキレ気味になっていた。

「んん?なんでそんな冷めとるん!」

急に相楽さんは問いつめてきた。私にそんなつもりはないのだ。嫌がって聞いてたわけではなく、淡々と聞いていただけ。その熱い想いに冷めたリアクションしたのがいけなかったのか。そんなこと言われても……。

離婚して娘と離ればなれになるから自殺しようとした話。

ああ、そうか。

普通はそういうことで自殺をしようとするものなのか。

私は返事に困った。

私にも自殺しようとした事はある。

私たちは死ねなかったのだ。

死ねなかったから、今ここで美味しいチーズチヂミを食べている。

それは最高に美味しい。

私は二歳半の時に、とあるスーパーの階段から転落した、らしい。

そんな衝撃的な出来事も幼すぎたせいで記憶なんてない。自分のことなのにね。

あるのは残された身体だけ。傷ついた身体だけが後にのこった。脊髄を損傷していて下肢は動かなくなり車いす生活を余儀なくされた。

歩いた記憶さえもない。歩いていたのだから転落したんだろうけど。どこかにその記憶も置き忘れてしまったのだろう。それすらも拾い忘れた。

私の足は幼くして突如動かなくなったのだ。私の身体なのに。私の足は動かないのだ。まるで下半身にだけ重りでも追加されたかのようで不自由以外のなにものでもない。私の身体にいきなり枷がはめられた。それは取り外せるわけもなく、ついてまわる。

救いだったのは過去との自分と比較できないことだろうか。今まではあんなことができたのに、障碍者になったのでできなくなった。あそこに行けたのに、行けなくなった。そんなことも幼い頃から歩けないから、照らし合わせようのしようがない。

でも、他人とは比較ができる。あの子はできるけど、私はできない。そんなことばかりで溢れている。そんなの当たり前のこと。障碍者を基準に社会が形成されているわけではないから、できないことなんてたくさんある。

明るいところから暗いところに落とされたのならともかく、最初から暗いところにいるのなら、その暗闇に慣れて少しはまわりが見えるようになる。

そこに明かりは灯るのだろうか。

見渡すは暗闇。仄暗い景色がうっすらと浮かんでいる。

私の目になにが映るだろう。

障碍者手帳というパスポートを手にして。

車いすの扱いにも慣れると前輪を浮かせて、ウィリーで軽い段差ならのぼれるようになった。高い位置にあるものは棒を使ったりしてとった。車いすから下りている時は、いつまでもハイハイで実家の中を駆け回った。感覚がないから足から血がでて怪我をしても、目視するまでは気づけない。家に集まってゲームをしてくれる友達だっていた。しかし階段があるだけで私はもうその先にいけなくなる。その階段がどこへ運んでくれるというのか。私にはただの壁だ。

みんなの読んで良かった!