子どもを亡くして社畜をやめた話④妻からのメール

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といった具合で
部内唯一の女性事務職員は無言で真っ青であった





そんな環境であるから
おれは職場で結婚生活や生まれる予定のむすこに関する話題を
口に出すことはほとんどなかった


バリバリの長時間労働型社畜ライフであったが
おれは妻と生まれてくるむすこには
幸せになってもらいたいとおもっていた


だからこそ身を粉にして働いていたし
彼女達に幸せになってもらわなければ
自分の価値がなくなると思っていた



おれはそんなことを考えていることを
部長代理に少しでも悟られたくなかった
だからなるべく業務以外の会話はしない様にしていた

話の流れでしようがなく
家庭についてコメントしなければならない時には
自分も妻に対する愚痴を並べ
不幸自慢のようなものをなるべく誇張して表現した

そうすると部長代理は嬉しそうに笑って
お前のところも大変だなといったような事を言うのだった

そんなやり取りが重なって行くに連れ
おれの中には
自分に対する卑屈な感情と妻に対しての小さな不満が
体裁を整える為に発しただけでは無い
実感を帯びた感情として少しずつ積もっていった


父親になること

そんな風にジワジワと
精神的にも侵食されていく社畜生活ではあったが
月日が流れると共に少しづつ
おれはむすこの誕生が待ち遠しいと思う様になっていた

世間一般の父親と同じように
妊娠当初は実感の無かった自身の分身に対する感情も
終電で帰宅してから眠りに着くまでの時間に
妻が定期健診から持ち帰ったエコー写真を眺めては

「豆粒みたいだからマメちゃんだな」
と愛称をつけてみたり

妻のおなかが大きくなってくれば
「マメちゃんおーい」
と子宮に向かって囁いてみたり

胎動を感じる為に妻のおなかに頬を寄せ
微かな動きを受け取る度に
2人で喜び合ったりするに連れ

自分の血を分けた分身であり
今後の人生を共にするメンバーとして
むすこの存在を実感すると共に
説明の出来ない愛情が
自分の中のどこかから湧き上がってくるのだった

そういう感情をむすこに対して感じることが出来たことに
おれは安堵した

おなかの中にいる小さな人間を
どこかで煩わしい存在だと思っていたからだった

そしてそういう愛情を認識したことによって
この2人をどうにかして幸福にしなければならない
そうでなければおれの人生は無意味なものになる
その思いはより一層強くなっていった

ただ

おれは妻とむすこが何をもってして幸福と感じるか
ということについては殆ど考えていなかった




妻からのメール

そんなこんなで妊娠7ヶ月を過ぎたある日
妻から一通のメールが入る




その日おれは外回りを終え
夕方18時頃にオフィスに戻り
さあ今日は終電か
はたまた泊まりで伝票処理かという
いつもどおりの社畜アフター5を満喫するつもりだった

おれは妻に会社の業務用アドレスを教えてあり
伝言がある場合にはそこに直接メールを入れるように言ってあった

社畜部では部長代理がオフィスにいる間は
プライベート用の携帯を
ポケットから出すこと自体がタブーとされており
タイミングが悪ければ


「あ!女?女?女???大した数字も持って来れねーのに飲みの約束なんて良いご身分ですね~!!!」


とロックオンされてしまうきっかけとなる
そういう訳で社畜部では
プライベートなやり取りが社内メールで行われており

件名:お見積もりの件
本文:社畜部 中野様
    お世話になっております。
    ㈱ノミイ興業の佐々木です。









    部長代理帰ったら飲みいくぞ


みたいな微妙にカモフラージュされたメールが
対面に座っている同僚から届いたり
家族や友人からのメールが届いたりするのであった


社畜部にはコンプライアンスなんて言葉はそもそも存在しないのであった


その日妻から届いたメールも
他愛のない連絡事項の一つだと思っていた

おれはメールの内容を確認してから
すぐにオカダ課長に帰宅する旨を告げると
オフィスを抜け
日が落ちて間もない通勤路を走った

本当に久しぶりの早い帰宅だったが
うれしさはなく
暗澹たる思いで中央線に揺られていた


そのメールには
おなかの中のむすこに先天的な疾患が確認された
という内容が記載してあった


一週間後


妊娠8ヶ月を目前にした妻は
大学病院での診断を受け
むすこが生きられないことを告げられる

同時にむすこの命日が決められ

この日からおれと妻の
まだ生まれてきてもいないむすこの
死ぬと決まった日を指折り数えながら待つ生活が始まった

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