ジャメイカないす。 -ファンキーな'90年代ジャマイカ旅行記-04 生まれて初めて裁判所へ

前話: ジャメイカないす。 -ファンキーな'90年代ジャマイカ旅行記-03 おとり捜査に協力も…
著者: 萩原 哲夫
 翌土曜日、刑事ミスター・ライトの捜査から開放され朝から一人で自由に行動できるようになる。
 まずホテルからダウンタウンに向かって歩くことにする。途中、スーパーマーケット(というよりコンビニみたいなもんですが)で買い物をする。商品棚の品物をいくつかを選び、ふとレジのほうを見ると、ナ、ナ、ナント犯人のうちの一人……最初に僕に話しかけてきた奴がレジで精算してるでないの。

 一昨日、裸足だった足は新品のワークブーツにつつまれているし、ヨレヨレだったTシャツはラスタ柄入りの真っ白なものに変わってるじゃあないの。僕から盗った金で買ったんだろうなあ、チクショー。

 支払いが終わり品物を受け取ると奴は、スーパーの隣のチキンレストランに入って行った。

 彼が見えなくなってからミスター・ライトに聞いた電話番号に連絡すべく慌てて公衆電話を捜す。どこだどこだ、とあせってウロウロするがなかなか見つからず、丁度眼に入ったスーパーの入っているビルの警備員に事情を話し警察に電話してもらうことにする。なんか結構興奮して、うまく説明できない僕を見て警備員は、なんなのアンタは? って顔をしてたけど(笑)無事ポリスステーションに繋げてもらえた。


 じき制服の警官がやってくる(ボブ・マーリーの写真集の中で彼に職務質問する警官と同じ制服を着ていた)。事情を説明し「あのラスタカラー柄の白いTシャツの男が犯人の一人だ。」と警官に伝えチキンレストランの方を見ると、さっきまで立っていたレストランの入口から奴は消えていた。アレエ気付かれて逃げられちゃったかなあ、と思ったらレストランの店内の奥のほうにいたいた…。

 しばらくしてレストランの外に出てきたところを警官が職務質問。その後ちょっと離れたところにいた僕のところに奴を連れてきて、間違いないことを間近で確認すると警官は奴の手首をつかみしょっぴく。道中ずっと人違いだと言って奴は騒いでいたが、途中でタクシーを拾い急ぎ足でポリスステーションに到着。道路から階段を登りポリスステーションの建物の中へ。人違いだ、こんなチャイニーズ知らないと大声で騒ぎ最後の抵抗を試みる奴を警官は力づくで交番の奥にある牢屋に押し込む。鉄格子でできた扉のある、よくテレビや映画で見る本物の牢屋に、いきなりぶち込まれた奴はそれまでの人違いだと言いながらの困った表情から一変して、怒りの感情をあらわにして鉄格子の外側の俺を睨みつけ罵声をあびせかけた。ぶちこまれた方もビックリなら、その場に立ち合ってしまった俺もビックリ!(生まれて初めて本物の牢屋を間近で見たし…)


 陽が暮れる頃、ホテルのテラスで夕食後寛いでいると私服に着替えた警官二人がやってきて調書をとられる。ジャマイカ訛りが強くて、判らない英語がもっと判らないので、丁度隣のテーブルでビールを飲んでいたスティーブという僕と同ない年のアメリカ人にジャマイカン・イングリッシュをアメリカン・イングリッシュに翻訳してもらった(やれやれ笑)。

(この後スティーブと仲良くなって一緒にビーチ近くのディスコへ繰り出した。その晩結構ファンキーな体験をしたんだけど、その話しはまた別の機会に……)




 日曜日はビーチとダウンタウン散策でくつろぐ。明けて月曜日の朝、次の目的地~サンタ・マリアに向けて荷物をまとめホテルをたち、迎えに来たポリスマンの車でダウンタウンの裁判所へ。20分ほど廊下で待たされた後、別の裁判の関係者といっしょに廷内へという展開。暫くしておととい捕まえた犯人の一人がよれよれのシャツを着てしょぼい顔で警官に囲まれ入ってくる。最後に裁判官(中年の女性)が入廷…。

 まず、僕の件から裁判が始まることに。ちょっとした手続きをしてすぐに終わるのかと思ってたら刑事裁判に立ち会わされる展開に…。

 警察官が一通り罪状や経緯を述べた後、僕のとは別の事件についての裁判が続き、警察側の証言が始まる。それを聞いて僕の前に座っていた若い女性が泣き崩れ、隣にいた母親とおぼしき女性に抱きかかえられる。まるで映画やテレビの1シーンを見てるよう。しかし30分ほど警察官の難しい話しであきてきたので退廷し廊下へ。しかし警察官はまだここで待ってろという。
 うん確かに保険会社へ提出する今回の被害リポートを貴方からいただくまではここを去れません。


 結局2時間ほど裁判所の廊下で待たされた12時半、ミスター・ライトが丁度通りかかりもう一回廷内に入ればすぐ終わる、と言う。
 そして再び声がかかり廷内へ。いきなり証言台に立てという。廷内向かって右側の、日本にもある半円形の木の柵付きの台に上がり中央を見ると
「英語が話せますか?」
裁判長が訊ねる。
「ええ、少しだけ。誰かに手伝ってもらえればベターだ。」
俺が答えるといきなり分厚いバイブルを持たされ、裁判長から
「あなたはクリスチャンか?」
「いいえ、家族はブディストだが、わたしは無宗教です。」
と答えるとバイブルを取り上げられ、左手を上げて宣誓をさせられる。裁判長のいう英語のセンテンスを雄武返しする。難しい英語なので意味はわからず単に発音だけ真似ました。
 廷内向かって左側には犯人と弁護士が被告席につく。
 宣誓終了後犯人の弁護士が
「証人は英語もろくに話せないので彼の警察へのレポートは信じられません。」
「英語は少し話せるし、私は絵描きなので絵を描きながら彼に説明した。」
そして俺は事件の経過を詳しく、ただしたどたどしく証言する。途中英語でなんかおかしな表現をしてしまったんだと思うが、僕の証言で廷内は笑いの渦。犯人も一緒になってカッカッカと大笑いしだすと女裁判長は机を思いっきりバーンッと叩き
「黙りなさい!」
ビックリした廷内はシ~ンと静まり返り、再び証言を続ける。裁判長は、誰が脅しの言葉を言い、誰に渡したか何故渡したかを訊ねて来るので詳しくかつたどたどしく、いかに恐怖心にさいなまれ彼らにお金を渡してしまったかを証言する。


 必死にしゃべれん英語で証言をしたので何分かかったか覚えておらんのですが1時間ほどで退廷。その後ミスター・ライトが作成してくれる手はずの保険会社あての被害レポートを廊下で待つ。結局午後3時になってようやく彼から被害金額と状況を記入したレポートを手渡される。
「残りの犯人も必ず逮捕するから。」
と言い彼は握手してくる。おとり捜査にはもう協力できないけれど期待してますよん。できれば犯人どもからお金を直接返してほしいけど。


 数十分の手続きで終わると思ってた裁判所から午後3時過ぎまでかかってようやく出ることが出来た。近所のチャイニーズ・レストランで遅い昼食をとり、午後4時すぎなってようやくモンテゴベイを出発。

 僕を乗せたオチョ・リオス行き日本製ミニバスはバスターミナル(ってただの未舗装の広場ですが)を後にしダウンタウンを駆け抜け急な坂道を一気に登りきる。眼下にはモンテゴベイのダウンタウン、そのバックには青いカリブ海。ミニバスは西に傾きかけた太陽に向かってスピードを上げていった…。


最後に…

 ようやく実現したジャメイカ行き、そしてたった4日間の滞在だったけど刑事さんとの捕物帳やら生まれて初めての刑事裁判の証言まで経験してしまったモンテゴベイ。地球の裏側で、恐喝3人組の一人の逮捕によって彼の人生の方向を少しだけ変えてしまったことに、ちょっぴり苦みを感じてしまった。こちらもバックパッカーにとっては安くはない金額がかかっていたので必死だったわけだけど、ブルーマウンテンコーヒーのような旨味のある苦みとはちと違う、ジャメイカでの一期一会がもたらした苦みでしたね…。



(後日談)
 日本に戻り保険会社に被害届けとミスター・ライトのレポートを持っていくと一言、
「当方の損害保険は現金の保証は一切しておりません。」
「………。」


一瞬の沈黙の後、刑事ミスター・ライトの赤い型落ちサニーの日差しで暑くなった黒い助士席をふと思い出し、心の中で笑ってしまった…。
(了)

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