“デザイナーではない人”に、デザインを伝える。日常? 生活? リアルな場。

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今回はちょっと真面目な話しを。こちらの自己紹介でも書いているように、私は日々、ロゴやブランディングといった、グラフィックデザインワークを軸としながら、「日常とデザインを拡げる」をモットーに活動にしています。

「日常とデザインを拡げる」? 何じゃそりゃ。これはですね、ストレートに言うと、「“デザイナーではない人”に、デザインを伝える」ということです。


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デザインと業界を俯瞰してみる。



デザインっていうと、イコール、見た目の “キレイ” とか “カッコイイ” という「表現」だと思われがちなんですが、これは広義の「デザイン」の手法の1つにすぎない。デザインは「表現」のみならず、「人がいるシーン」でどう「感情」を動かしていくか。惹かれる、未開拓への貢献、モチベーションアップ……そこが、醍醐味であり、きっかけの1つになることだと考えています。



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「デザイン」業界の今を俯瞰するため、一回、他業界を「なんとなくの感覚」で考えてみます。



例えば、「音楽」業界。「クラシック」であれば、練習や仕来りが厳しくもあり、聴いている人たちは上品そう。「パンク」であれば、イカつい人たちが演奏してて、聴くとパワーがめっちゃ出る。「飲食」業界。あそこのお店は高級、プロポーズにはもってこい。あそこのお店はデートには使えないけど、サクッとすますにはちょうどいい。



もちろん、専門的なことは別ですよ。曲の作り方とか、店の作り方とか。あくまでも、「受け手」としてなんだけど、「なんとなくわかる感覚」。ここが重要なんです。これらの感覚って、音楽や飲食業界に属していない、「一般の人にも、なんとなくわかること」だと思います。



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じゃあ、「デザイン」業界はどうだ? って言われると、「デザイナーではない人」には、まだまだ、「よくわからない」業界なのでは。具体的にいうと、見た目のキレイ・カッコイイだけでなく、「Aというデザインは、○○という役割で、Bというデザインは、□□の効果があるんだろうなぁ。」これです。



「何がわからないか、もわからない」というか、今まで、「考える必要も、きっかけ」もなかった。「デザイン」って言葉が、日本で使われ始めて、50年以上も経っているのに。デザインは、「デザイナーではない人」のためにあるはずなのに。



その状況が、顕著にあらわれたと強く感じたのが、2015年のオリンピックエンブレム、採用案が取り下げられた時。



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「デザイン業界」では、実績・作品ともに力があり、人柄もよい(私が直接、トークショーを聞き、感じた印象)デザイナーSさんの採用案が、「世の中」から、パクりだとバッシングを受けた。結果、取り下げられた。この件について、「デザイナー側」の見解は、



・ 創作とは、既存イメージからインスピレーションを受けることが多々ある。あれを「パクり」といったら、表現文化が衰退してしまう。

・ 採用案自体には問題がないが、組織ぐるみの「採用決定プロセス」がまずかった。

・ 記者会見時、採用案の正当性をゴリ押しするのではなく、いずれにしても「世の中」から批判・不信感が集まっている事実は事実として、「一回、真摯に謝罪」した上で、表現理由を説明すべきだった。



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