最愛のビッチな妻が死んだ 第16章 8月10日まで
「されたがっている」カラオケあるなら歌いたい。歌いたいぐらい好きな曲だ。グレープフルーツジュース飲みながら。
深い呼吸。深い呼吸思い出して〜。
人形みたいな動きしてる。漫画みたいな動きしてる。
換気扇の下に、煙が飛んでる幻覚を見る。
8日
あと2日。あさってまでの我慢。
ピルクラッシャーの1つ目が届いたので、錠剤を砕く作業開始。
全然砕けませんけど…。
乳鉢に移行。2時間でカフェインの錠剤1袋終わり。あるあるネタなのだろうが、小さい錠剤は硬くて砕きづらい。
2個目のピルクラッシャー届いた。今度は使える。海外製だからか?昭和っぽいツッコミだな。
ちょうど太一さんユウコさんが浴衣で祭りに出かけた後で助かった。ひとつひとつ、バレない階段を登っている。勝負に選ばれた感じがする。いい予感しかしないようにしてる。
よく考えたら、買わなくても秘密ボックスにグラインダーあったな。やっぱりあった。失敗したなあ。
コレだけは書いておきたい。
15年12月、あげはと僕との間に子供ができた。あげはがピルを飲んでいない日は1日か2日だけだった。前述のように僕は子供ができない体質だったが、あげはとの相性が勝ったのだと思う。
不妊治療で何百万使ったのはなんだったんだろう。あげはの勝利だな。
樹海の宿に泊まった帰り道、心当たりがあったあげははドラッグストアで妊娠検査薬を買い、コンビニのトイレで検査した。
結果は陽性。僕たちはうれしさと戸惑いの中、話し合った。
「産まれてくる子供に自分の病気が遺伝したら、どうしよう」
「精子異常と診断されている僕の子供に五体満足で産まれるのだろうか」
「名前はアリスがいいな。海外でも通用する名前」
「不思議の国のアリス、大好きだから、いいね」
「キョウスケが本や漫画や映画教えて、大地が絵やDJ、あげが料理教えてあげよう」
「僕の趣味は教えない方がよくない? センスいいけど悪趣味だとよく言われてるし」
「女の子がいい? 男の子?」
「あげはに似た女の子がいいな」
「キョウスケに似た男の子がいいな。キョウスケに似た女の子もいいな」
「あげはに似てれば、男でも女でもきっとかわいいよ」
つわりがヒドく、よくあげはの好きなミニッツメイドのピンクグレープフルーツを仕事帰りに買ってきてあげた。
あげはがデパスや抗精神薬や眠剤を減らしてまで産む覚悟だった
最終的に切迫流産してしまった。
2人とも完全に病んだ。お互いは責めないが、お互い自分自身を責め続けた。
あの時の子供が産まれていたら、今の僕たちは在りようは変わっていたのかな。
僕たちは今年の年末から、子作りする予定だった。ねえ、あげは、そろそろ子作りしよっかね。
いつも持ち歩く手帳に挟んである、あげはの手紙。15年6月26日、2人で鎌倉に紫陽花を観に行った時のものだ。
「暑くて人が多かったけど、キョウスケとの初めては何でも楽しいよ
これからちょっと大変かもしれないけど、妻として支えるからがんばろうね
ワガママな時も、かわいい時を思い出して、優しく接してね
これからもずーーっと一緒ね!愛してるよ♡」
僕は優しく接し切れたのだろうか。
念には念を入れて、ロープも用意したけど、同じ行き方がいいなあ。
失敗したら即次、吊ろうっと。
シャレでホルモンの「ぶっ生き返す!」流してくんないかな。
誰か1人くらい笑うんじゃないかな
…もろもろお願いするであろう、太一さん用のシャブを手配。産まれて初めてドラッグ買ったな。
すいません、いつも損な役回りばかりで。
9日
やっと明けて明日だ。待ちくたびれるぜ。
僕が好きな人は幸せになってほしい。僕が嫌いな人、取るに足らん存在だ。考える時間がもったいないので、僕を嫌いな人含めて地獄に堕ちてほしい。
今日さえ乗り切れば。半年待ちわびた明日だ。
血のあぶくを吐き、何万回の止めてほしい衝動を乗り越えた明日だ。
こんな日はチョコで身体を休めるのが一番だ。
10日
背中彫ってもらい、帰宅。あげはの着たがっていたウエディングドレスと赤のタータンチェックの僕。2人の結婚式。2人だけのウェディングタトゥだ。
いつもの帰り道なのに違って感じる。一歩一歩、毎分毎秒、死に近付いている。
西友でヨーグルトとグレープフルーツジュース買い忘れないようにしないとな。
異変を感じ取ってい太一さんからのLINE、揺らがない部分がないではないが、揺るぎない殺意の前では届かない。
今日はあげはの誕生日。今日は今日しかないから、仕方ないんです。本当に申し訳ない。
雨降り出したのかな。
もうすぐ駅に着く。公共料金払っといてあげよ。家にある携帯代の払い込み用紙、取り帰るまでの余裕はない。
あと少し、僕の身体、足、前に出ろ。
着いた。あげはと沖縄で作ったグラスに、あげはの作った梅酒のグレープフルーツ割り、あげはの好きなテキーラローズのグレープフルーツ割り。
あとはヤルだけだ。
吐き気止めと胃薬も6錠づつ飲んだ。
さあ、初めようか。
半分以上消化した時、脳がピシッと言った。視界が歪み、ああ、死ねるんだなと歓喜した。
今まで最高に死に直面する自分は覚悟していた。
ダメだ、気持ち悪すぎて吐いた。
情けない。
帰ってきた太一さんに「キョウスケは大丈夫や、大丈夫って一生言い続けたる」と抱きしめられた。その後丸2日、起きたり、ぶっ倒れたり、吐いたりを繰り返した。僕の余生はまだ続くのか。
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