一点集中で人生が開ける話~何かに夢中になる事は恥ずかしい事なのか?やりたいことやって生きようぜ~
空手界の重鎮は、何もない俺に無償の愛を与えてくれた。
重鎮の空手道場には、全日本クラスの選手が数人いた。
移籍後、初めての練習会で、俺は衝撃を受けた。
組手稽古で、たまたまペアになったのが身長163cmの小さな男性だった。
「なんや、小さいな。俺の膝蹴りで・・」
と相手をさげすんだ瞬間、俺は悶絶する痛みと共に床に倒れた。

身長185cmの大男が、163cmの小柄な選手にパンチでノックアウトされたのだ。
大きければ勝つ。
腕力が強ければ、倒せる。
そんな今までの俺の常識を覆した出来事だった。
その男性は全日本覇者の先輩だが、空手に対してまだ未熟だった俺は、
大きいほうが有利だと思い込んでいたのである。
今まで味わったことのない痛みと屈辱。20センチ以上も身長差がある相手に悶絶K.O.されたのだ。
この時初めて、全日本クラスで戦うには技術が必要だと気づいた。
腕力で勝ち上がれるのは、新人戦レベルまで。
全日本クラスでは、技術が必要なのだ。
腕力で勝つことは、身を切らせて骨を断つこと。
技術で勝つことは、身を切らせずに骨を断つことに等しかった。
それから俺は、技術を身に付けていった。
先輩たちに何度も倒されながら。
全日本大会。世界大会選抜の日

この日は、朝からいつもと調子が違った。なぜなのかは、わからない。
いつもなら「今から地震が来て、体育館がつぶれたらいいのに」とか「体育館が爆発して試合がなくなればいいのに」なんて、意味不明なことを考えていた。
勝ちたいのに、負けるのが怖い。
勝ちたいたいからには、試合に出ないといけない。試合から逃げることは、自分が許さない。
でも逃げたい。それが本音だった。
しかし、この日は朝起きた瞬間から何かが違った。
心が無だった。
これまで試合のたびに感じていた緊張や、恐怖や、プライド、それらすべてのものを感じない心だった。
リビングに下りると、いつものように母がいた。

「俺、絶対優勝するから。試合、見に来いや。」
初めて母にそう言った。
今まで1度も、母に空手の試合に来いと言ったことがなかった。
父が死んで、泣き崩れた母。
悲しみから、死んだ父のところへ行こうとした母。
母を親として重んじたい気持ちはあるが、母の弱さが自分の弱さに通じるような気がして、勝敗を分ける空手の試合には呼びたくなかった。
母の弱さに自分が引っ張られる気がして。
死ぬほど稽古して、死ぬほど倒されて、それでも這い上がってきた。
死ぬとか生きるとか、わからなくなるほど倒された。
俺は生きたのだ。
倒されて、それを糧にして強くなっていくことが、俺の生きているという証だった。
心が無のまま、会場に向かう。
新人レベルの頃から俺を育ててくれた先生も、会場にいた。
しかし、俺が不義理な発言をしたせいで、先生との間には不穏な空気しかなかった。
去年のこの日なら
「おう、がんばれよ。頂点とってこいよ」
と背中を叩いてくれた大きな手。
今年は背中が寂しかった。
心は無のまま、試合に挑んだ。
1回戦、タイミングが合いK.Oした。
2回戦、タイミングが合いK.O.した。
3回戦、強豪選手との対戦。某雑誌では、ここで負けるかもなと予想されたがタイミングが合いK.O.した。

そして迎えた決勝戦。相手は「最強の侵略者」と呼ばれる偉大な先輩だ。この試合に向けて何度も稽古をつけてもらった。稽古のたびにボディパンチで倒された。
普通なら、俺は先輩に倒される。
試合開始。先輩が優勢だった。突かれた腹が痛い。蹴られた足が痛い。あと1発蹴られたら、もう倒れてしまう。
その時、神のひと声があった。
なぜだかわからないが、膝がスッと持ち上がった。まるで神様が俺の膝を引き上げたかのように。
その膝が、対戦相手である先輩のアゴに直撃した。
ドスン
今まで叶わなかった最強の先輩が、俺の膝蹴りを食らって倒れた。
全日本チャンピオンが世代交代した瞬間だった。
俺は優勝し、全日本チャンピオンになった。
そして、4年後に行われる世界大会の選抜選手になった。
4年後、世界大会優勝。

俺が世界チャンピオンになれた理由は、ただ1つ。
心の底から惹かれた空手を、無我夢中に追いかけたからだ。
空手に出会った瞬間、俺の魂が求めていたのはこれだと確信した。自分が探してたものを見つけた俺は、その道を突き進んだ。
人生は数奇なものだ。
生前、父が唯一反対した空手。
子どもには絶対にさせないと決めていた空手。
それが俺の生きる希望となっていたのだ。
人生で、心の底から溢れる情熱を感じたら、それを追求してほしい。
誰かに止められても、誰かに反対されても、自分の心が求めているものに出会ったなら、それを追いかけるべきだ。
そこに生きる光があるから。
父の死から学んだこと。
人は必ず1回生まれて、必ず1回死ぬ。
どうせ死ぬなら、やりたいことをひたむきにやればいい。
あなたが心から情熱を感じることはなんですか?
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