若者はこう生きろ。ど田舎にできた高校アメフト部がたった2年で全国大会に出た話
少し、考えて、Mが、見透かしたように僕の顔を覗き込んだ。
「おう、そうかも。もっと熱中できること、ないんかいな。せっかく高校に入ったんやから。もっと青春ができるなんかが、ほしいんや。どろさんが前にゆうとった、あれ、みたいに」
「あれ、かあ…。人に頼る前に、お前が見つけたらええやん」
「まあ、そやけど・・・」
二人は不完全燃焼の煙を、もくもくと出し始めていた。
夏休みも終わり、二学期が始まったある日のこと、Mがいつものように、青い工具箱をぶら下げて教室に入ってきた。
Mは、毎日かばん代わりに四角い工具箱を手にぶらさげて通学していた。電気工事の人が持ち歩くような、ペンチやドライバーを入れる、あの金属製の工具箱だ。この工具箱を本人はいたく気に入っていた。
「おっす」
僕はMの方を見ると、いつものように軽く挨拶をした。僕の席は、教室の入り口を入ったすぐのところにあった。
「おお」
Mもすぐに返事を返したが、どこかいつもと様子が違っていた。
Mは、僕の前を通りすぎて、先を急ぐように真っ直ぐ自分の席に向かった。
いつもならすぐに座って、隣のXと雑談をし出すのだが、今朝はちょっと違っていた。
席には座らず、工具箱を机の上に置くと、中から雑誌を取りだして、ひとり頷いた。
そしてMは、それを片手で高く差し出していった。
「みんな、ちょっと見てみいひんか。今日、アメリカンフットボールの本、もってきたんや」
突然大きな声がしたので、クラスのみんなは驚いて、Mの方を見た。そして、本を差し出しているMの姿が目に入ると、急に騒ぎ出した。
「どろさん、なに、なに。見せて、見せて」
クラスの人気者のMがそういったものだから、みるみるうちに周りに人だかりができた。
Mが差し出したのは、フットボールの専門誌である「タッチダウン」だった。それを見て、僕にはMがやろうとしていることが、すぐに分かった。
僕は、しばらくその様子を自分の席から見守ることにした。
ちょうど半年ほど前から、関西学院大学アメリカンフットボール部の監督であった武田建氏が解説する「カレッジフットボール・イン・USA」という番組がテレビで放送されていて、もの珍しさもあって、こんな田舎でもその番組を見ていた者が何人かあった。
この番組ではアメリカのサザンカリフォルニア大学(USC)のシリーズが長く続き、クォーターバックのパット・ヘイドンやフルバックのリッキー・ベル、そしてテイルバックのアンソニー・デービスに人気があった。ピッツバーグ大学のトニー・ドーセットと二人でAD、TDといわれていて、少しフットボール人気が出てきたところだった。
Mを取り囲んでいた女の子の一人が、甲高い声を出した。
「え~。めっちゃカッコええやん」
タッチダウンを開くと、眼の前に、鎧をまとった選手の姿が飛び出してきたからだ。
その言葉にみんなは、顔を突き出すようにして、タッチダウンを覗き込んだ。
顔面を守るフェイスガードの付いたヘルメットに、赤や黄色の派手な色合いのユニフォーム。それになんといっても他のスポーツにないショルダーパッドを着けた選手の姿。肩幅が人の倍近くになり、まるでキングコングみたいに見える。
見方によってはウルトラマンに出てきた、宇宙飛行士から怪獣になった「ジャミラ」にそっくりだ。
「な、これ、カッコええ、思はへんか」
Mが集まってきたみんなに向かって、得意そうにいった。
「そやな。カッコええな」
「はよ、見せてえな」
教室の中が急に騒がしくなった。
誰もが、先を争うようにタッチダウンの回し読を始めた。まるでロボットや怪獣に憧れている小学生が、先を争って絵本を奪いあうような光景だ。
この様子をMは椅子に腰をかけ、手を膝についたまま、しばらく見つめていた。そして、みんなが読み終わるのを見届けると、意を決したかのように、すくっと椅子から立ち上がった。
みんなの視線が一挙に集まった。
「誰か一緒にフットボール部を作らへんか」
いつもはもの静かなMには珍しく、はっきりとした口調だった。
ついにやってくれた。
その言葉を聞いて、僕はスッキリとした気分になった。今までのモヤモヤが一気に吹き飛んだ。
実はMは、高校入学前からフットボールに憧れていて、ずっとフットボールがしたかったのだ。それでフットボール部のある高校に行きたかったのだが、県下に5校しかないのではそれも難しい。
仕方なく、三木高校に入学した。いつかはみんなをさそってフットボール部を作ろうと思っていたのだが、とりあえずサッカー部に入ってしまい、なかなかいい出す機会がないまま、今になっていた。
ただ、僕だけは、以前からMによくフットボールの話を聞かされていたので、ぼんやりと一緒にやってもいいかなと考えていた。
Mが、みんなを誘うと
「どろさん。かっこええやん。やろやろ、俺やるで」
すぐに数人がいい出した。
「え、ほんまにやってくれるん・・・」
Mは、一瞬僕の方を振り向いて、驚いた様子を見せたが、すぐにまた、みんなの方に向き直した。
「ほな、一緒にやろ」
Mは、顔を目一杯ほころばせて返事をした。
あっけないほど簡単にフットボール部を作ることが決まった。
カッコいいことしてみたい。あんなスタイルをしてみたい。動機は単純明快。
中学を卒業して間もない僕らには、新しく運動部を作ることの難しさなど考えも及ばない。この旗揚げに最初に参加したのは、M、S、T、Z、そして僕の5人だった。
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