若者はこう生きろ。ど田舎にできた高校アメフト部がたった2年で全国大会に出た話
事前に打ち合わせをしていたとおりだ。
「何でもいうこときくから、頼むわ」
僕らは、そろって大きく頭を下げた。
「何でもいうことをきく・・・」
U先生は、網の上に箸を置くと、ゆっくりと僕らの方に視線を向けた。
それから腕を組んで、考え込んだ。
Tシャツからはみ出た先生の肘には、火傷が治ったような傷跡が無数にあった。
僕らは、まだ頭を下げたまま目だけは前を見ている。
「そうか。何でもいうことを聞くんやな。男に二言はないな。分かった。顧問を引き受けたろ」
先生が口を開いたとき、焦げたにんにくの煙で、部屋の中は真っ白になっていた。
「その代わり、やるんやったら徹底してやるで。おまえら、兵庫県代表で関西大会に出るんや。日体大方式でしごいたるから安心せい」
先生は少し、うれしそうな顔をした。
そして、すぐに
「いま、サッカーに人気があるけど、あのスポーツはおもろない。なんでや分かるか?」
「なかなか点が入らんからや。点が入らんと観とる人があきてしまうんや。そやけどフットボールは違うで。1分あれば7点入るんや。20点差でも10分あれば逆転できるんやで」
「そやから見とる人も退屈せえへんのや。お前ら分かるか。頭悪いから分からんやろな」
と得意そうに僕らに向かって一気にまくしたてた。
「はよ、メンバーを集めてこい。そしたらフットボールを教えたる。フットボールするには11人いるで」
「先生、ありがとうございます」
僕らは、めずらしく丁寧な言葉でお礼をいって、体育教官室を出た。
教室への帰り道、亘り廊下を歩きながらSがいった。
「最初は、あかんというとったわりに、日体大方式でしごくとか、もう最初からやる気やったんちゃうやろか。すぐにやったるというのが、しゃくにさわるから、もったい付けただけみたいやな。まあ、どっちにしてもよかったけど」
僕らは、顧問が決まってほっとしていた。
3.仲間を集める
さて、顧問は決まったが、今度は部員集めが問題だった。既に運動神経のある有望なやつらはみな運動部に入部していたからだ。教室に戻ってきた僕らは、一段高くなった教壇の端に並んで腰掛けると、早速部員をどうして集めるかの相談を始めた。
「Uは11人集めてこいというとったやろ。運動のできそうなやつはみんなサッカー部とか、野球部にはいっとるで。どないする?」
Zが困った顔をした。
「そやな。残った僕らは運動音痴ばかりやから、役にたたんわな。人のことはいえんけど」
Tが申し訳なさそうに答えた。Tは、どちらかというと芸術家タイプで運動は得意ではなかった。フットボールに憧れているのも、防具を付けたスタイルに興味があるからだ。
「こうなったら、他の部から引き抜くしかないんとちゃうん」
Sがそう答えると
「運動神経はあるけど、遊びたいからクラブに入ってないワルもおるで。あいつらはせえへんかな。フットボールは格闘技やから強いやつがおるほうがええけどなあ」
僕がすぐに続けた。
「そやな。ほなら、両方でいこか」
僕らは、他の運動部から引き抜くことと、遊んでいるワルを誘うことの両方から部員集めをすることに決めた。
そこで、僕らが最初に目をつけたのが、Yだ。Yは、中学時代から青春ドラマで人気があった森田健作にあこがれて剣道を始め、高校入学と同時に即剣道部に入部した人物だ。
スポーツ万能で足も速く、負けん気も強い。小学校時代には、転校してくるなりみんなを運動場に集めて、誰が学校で一番足が速いかを決める勝負をしたという武勇伝がある。
僕とMは待ちきれずに部活の途中のYを強引に呼び出すことにした。
Yの練習する武道場は、体育館のまだ山側にあった。
学校の中央を南北に走る坂道を一番上まで登り、左手に曲がると武道場に着く。二人は、武道場の前の石段を急いで上がり、古ぼけて重くなった扉を開けて大声でYを呼んだ。
「Yはおらんか」
道場破りのような声が、体育館に響いた。
しばらくすると、その声が聞こえたらしく、Yが扉の方にやってきた。
「練習中すまんな。今度、フットボール部を作ることになったんや。顧問は、体育のUがやってくれるというとる。中学から剣道をやっとるのは知っとるけど、人がおらへんので、お前入ってくれへんか。頼むわ」
Yが剣道場から外へ出てくるなり、二人が同時に頼みこんだ。不思議と息がピッタリと合った。
すると間髪を置かずに、手に竹刀を握ったままのYから返事が返ってきた。
「ええで」
Yはニコッと笑った。童顔のYが笑うと本当に嬉しそうな顔になる。Yはまるで誘いを待っていたかのように参加を快諾した。
Yには、二人がフットボール部を作ろうとしていることを知ったときから、やってみたいという気持ちがあった。
このひと言で、Yの入部が決定した。この後Yは、自宅に帰って、父親にこっぴどく叱られている。
「中学時代から続けてきた剣道を捨てるとは何事か、わしはお前を志を途中であきらめるやつに育てた覚えはない」と父親は激しくしかった。
僕はYの父親をよく知っている。Yの父親は、警察署勤務で昔ながらの一本気な性格だった。Yはこの父親の存在により、ひとりっこでありながら、甘やかされずに育つことができている。これで一人部員が増えた。
二人が次に、目をつけたのが、Kだった。愛称は「ダッコ」。
Kは、中学時代から野球をやっていて、結構有名選手だったという噂が流れていた。そのKも入学と同時に野球部に入部している。
ただ、現状は少し遊びに興味を持ち始め、俗にいう不良の格好を始めていた。いわゆるガクランという丈の長い学生服を着て、詰め襟は5cmもあり、ほとんどコルセット状態。ガクランは地面まで20センチのところまで垂れ下がるほど長い。今はクラブも休みがち。
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