若者はこう生きろ。ど田舎にできた高校アメフト部がたった2年で全国大会に出た話
そんなKに目を付けたのが、(野球をやっているからおそらく肩は強いやろう、クォーターバックができるかもわからん。最近は、クラブも怠けて遊んどるみたいや)という単純な発想だ。
数日後、僕とMが、授業が終わって家に帰ろうとしていたKを後から追いかけて声をかけた。
「フットボールなあ」
「今年の正月にたまたまローズボウルを観たんや。あれ、おもしろいなあ」
ローズボウルとは、アメリカのカレッジの4大ボウルゲームの一つで、カリフォルニア州のパサディナで行われるパック10、ビッグ10と呼ばれるそれぞれのカンファレンス(リーグ)のチャンピオンが対戦するゲームだ。
意外にKはフットボールに憧れていた。
「そやろ。遊んどってもしゃあないやろ。俺らといっしょにやろうや。相手をコテンパンにやっつけるのは、快感やで」
最初は少しためらっていたKを二人が強引に押し切って、その場でOKをとりつけた。
次は、陸上部のG。みんなから飛脚と呼ばれている。
その名のとおりGは、とにかく脚が速かった。百メートルを11秒台で走る。陸上部のエースとして活躍していたので、最初は迷っていたが、
「おまえみたいに脚の速いのは、日本一の関西学院大学にもおらん。絶対に有名なランニングバックになれる。そうしたら女の子にももてるで」そうしつこく誘って、ついに入部させた。
そして、X。体がばかでかい。身長は190センチを越え、体重が120キロはある。みんなは、関取と呼んでいる。
入学と同時に中学時代と同じ柔道部に入部していた。
体が大きいばかりでなく、手のひらもばかでかい。指を開くと、親指の先から小指の先まで25センチもあった。小学生のときには、かなり太っていたが、今はガッシリとひきしまった体格に変わっている。力の必要なラインにはもってこいの体だった。
席がMの隣だったので、MはXとはよく雑談はするのだが、フットボール部への勧誘はしていなかった。柔道一筋みたいで、なんか無理そうと思っていたからだ。Kが入って気を良くした二人は、その勢いでXに頼んでみた。
「フットボールはマイナーなスポーツやから、まだそんな大きな奴はおらん。お前なら絶対に相手を倒せる。新しい部を作って青春しようや」
口から出任せをいってOKを取り付けた。
同じようなやり方で、バレーボール部からD、水泳部からNを引き抜いた。
Nは、背が高く手が異様に長かった。その格好から、とんぼと呼ばれている。長い手を活かしてバタフライでは、県下トップクラスだった。ただし、25メートルまでは。
Nは、極端に持久力が無かった。
だから、スタートからしばらくはその長い手を活かして、常にトップを泳ぐ。しかし、25メートルを過ぎる頃から失速を始める。
燃料切れだ。
25メートルが正式競技にあれば間違いなく県の記録保持者になっていた人物だ。
この件では、U先生にも多少迷惑がかかっていた。
やり方が強引すぎると、他のクラブの顧問から苦情が出ていたからだ。
「この前なあ、サッカー部WA先生がわしのところへきてな。うしをサッカー部からとらんでくれといわれたんや。まるでわしが引き抜いたようにいわれたわ。わしは、それはうしの決めることやからほっといてくれ。というたったけどな」
「Yもそうや。WB先生が来て、Yは将来有望や。引き抜くのは止めてくれといわれたわ。WB先生も、WA先生とおんなじことをいいよった。Wの付くやつはいうことが同じや。困ったもんやで」
U先生は、いかにも自分のせいとは違うといいたげな表情で、ぼそっと僕にいった。
4.捨て身の真剣さは必ず伝わる
このように派手に引抜をやっていると、校内でもだんだん知られるようになってくる。
どこからともなく3年生が、なまいきやから潰すといっているという噂が校内に流れた。
「うちの先輩らが、『1年ぼうがフットボールを作ろうというてるみたいやな。なまいきやから潰したろか』というてるで。あの人らは怒らしたらほんまに怖いで。気いつけときや」
あるとき、僕とMにクラスメートの一人が親切にも忠告してきた。
3年生のそのグループは市内でも名前が知られたつわものぞろいだった。僕は、それを聞いたとき、本気になったら潰されると思った。今までは、単なる噂であってほしいと願っていたが、とうとう噂が現実になってしまった。
そう思うと僕は何か得体の知れない不安感に襲われた。急に体全体が鉛になってしまったような感覚がした。
「うし、どないするん」
Mが心配そうな顔をした。
その顔を見て、僕は全て一人で背負い込んだ気分になった。生まれつきの性分だった。
いつか呼び出される。僕は覚悟した。
秋が近づいたある日。
外に出ていても、午後も3時を過ぎると日中の暑さが嘘のように涼しく感じられるようになっていた。
僕らは、よくプールの前で部員集めの相談をしていた。体育館とその南側の斜面との間の狭い通路を抜けると、体育館の裏側に出る。プールはそこにあった。大きな体育館の影になっていて普段は人目に付かない。僕らはいつもと同じようにそこで相談をしていた。水泳のシーズンも終わり、辺りには人気がなく、お尻の下のコンクリートがひんやりと冷たく感じられた。
しばらく話し込んだところで、体育館の横から微かに話し声がするのが聞こえた。
すぐにその声が大きくなったかと思うと、3人の男が体育館の横から姿を現した。
あのグループだ。
僕は一瞬まずいと思ったが、どうすることもできなかった。
すぐに僕たちは見つかってしまった。
彼らは両手をポケットにつっこんだまま、顎から先に歩いているような独特の歩き方で、僕たちの所へやってきた。
「お前ら、フットボール部を作ろうとしとるんか」
グループのリーダー格のJが、一番近くにいた僕に話しかけた。
髪はリーゼントで、少し細めの顔にはメガネをかけていた。そのメガネのレンズは妙に細長く、おまけに下側が顔に向かって傾斜していた。およそ目の悪い人がかけるには程遠い形をしたメガネだった。
「そうです。同好会ですけど。フットボール部を作ろうと思っています」
僕は、必死に平静を装った。
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