若者はこう生きろ。ど田舎にできた高校アメフト部がたった2年で全国大会に出た話
「1年ぼうのくせになまいきやな」
Jは能面のような冷たさでそういうと、突然右手を差し出して僕の腕を捕まえた。あっという間の出来事だった。
Jは僕の腕を抱えると、鍵のかかっていない扉を開けて、僕をプールの中へ連れ込んだ。
それを見たMたちは、蜘蛛の子を散らすように一斉にその場から走り去った。
Jはそのまま僕をプールサイドまで強引に引っ張った。
そして、水際までくると、僕のズボンのベルトに手をかけた。
僕をプールに投げ込もうとしたのだ。
Jは、あまり体が大きい方ではなかったので、僕はその気になれば、抵抗することはできた。しかし、僕は、あっさりと、Jの思い通りにプールに投げ込まれた。いや、投げ込ませてやった。といった方が正確だった。
ここで、変に抵抗するより、下手に出て仲良くなった方が得策だと、水を目の前にして咄嗟に考えたからだ。
Jは抵抗することもなく、僕があっさりとプールに投げ込まれたので、一瞬拍子が抜けたような顔をした。
ザブーンという大きな音をたてて、僕はプールの中に落ちた。一瞬遅れて跳ね上がった水しぶきが収まると、Jの手が僕の頭にかかった。
Jは、そのまま僕の頭を押さえて、水の中に押し込んだ。
僕は抵抗せずに水の中でがまんしていた。そのうちに手を放してくれるだろう。そう思っていた。
が、考えが甘かった。頭は押さえ付けられたままで、そのうちにだんだんと息が苦しくなってきた。
うそやろ。ほんまに殺す気か。不安になって水中でもがいた。まだ頭は押さえつけられている。
小さい体に似合わず、Jの力は強かった。僕は簡単に投げ込ませてやったことを、今になって後悔した。
死ぬかもしれない。大量の水を鼻から吸い込んで、意識が薄れかけたとき、釣った魚のように強引に頭を引き上げられた。
顔が水面に出ると同時に、僕は両ひざに手を着いて、激しく咳き込んだ。
喉の奥が火傷したように痛かったが、体はお構いなしに大量の空気を吸い込んだ。しばらくそのままの姿勢でいると、呼吸が少し楽になった。
僕は背中で息をしながら、大きく頭を下げた。
「U先生が顧問をしたろうというてくれてます」
「先輩、たのんますわ。つぶさんといて下さい」
そう言い終わると、僕はじっと下を向いていた。もう冷たくなりかけていた水が、頭から流れ落ち、僕の顔をつたっていた。
しばらく時間が止まった。
僕が頭を下げたままにしていると、突然後ろで水しぶきの上がる音がした。ザブーン、ザブーン、その音は、続けざまに何回も聞こえた。
驚いて僕が振り向くと、そこには学生服のまま、ずぶ濡れになったMたちの姿があった。
いや、Mたちだけでなく、何十人もの同級生の顔がそこにあった。
僕がJに捕まった後、Mたちは緊急事態だと、まだ学校に残っていた1年生に手当たり次第に声をかけ、プールまで引っ張ってきたのだ。
僕が、振り向いたことを確認すると、Mが小さく頷いた。
次の瞬間
「先輩、どうかつぶさんとって下さい」
後ろの数十人が一斉に大声を上げたかと思うと、水面すれすれまで頭を下げた。
それを見た僕は、前を向き直すと、真っ直ぐにJの目を見ていった。
「先輩、このとおりです」
今度は静かにゆっくりと、頭を下げた。
Jは、しばらく黙って僕の方を見ていた。その顔は恐ろしく無表情だった。が、Jは突然くるりと背を向けた。
僕には、背中を見せる前にJが一瞬笑ったように見えた。
その後Jは何も言わずに扉の方に歩きだした。そして扉の前まで来たときに、後ろを向いたまま、大きく片手を上げた。
僕たちは、身じろぎ一つせずにその様子をじっと見ていた。
Jは上げたその手で扉を開けて、そのままプールから出ていってしまった。それからしばらくして、Jたちは僕たちの視界から消えた。
僕は、その場で空を見上げた。
(終わった)
空はもう、透き通るように高くなっていた。
それ以後、Jは、僕によく声を掛けてくるようになり、他にも潰すという噂は聞かなくなった。
U先生が顧問であることを知ったのが理由かも知れないが、本当のところは、僕には分からない。
5.ワクワクしながらやる
心配ごともあったが、これで11人。
ようやく人数がそろったことを、僕とSは登校するなり体育教官室に飛んで行って、U先生に報告した。すると、U先生は待ちかねたように、みんなを放課後体育館に集めるようにいった。
その日の放課後、11人が体育館に集まった。三木の体育館は、屋内にいることを感じさせないほど、天井が高い。
そこで、U先生からフットボールを教えてもらうことになっていた。
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