「いじめ被害者」から卒業した話

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中学校入学と同時に私は新たな地域に引っ越した。幼稚園や小学校で仲良くなった友達とも離ればなれになって、一からのスタート。不安もあったけれども期待も大きかった。

でも、現実は大きく違った。


この中学校はA小学校からの生徒とB小学校からの生徒が大半を占めていて、それ以外の生徒は置き去りのような状態だった。私はもちろん、その他の方に分類された。
ちなみにこの中学校は入学時点でスクールカーストがすでに決定している。
A小学校出身者がカースト上位になり、B小学校やその他の小学校の出身者はカースト中位か下位にしかなることはできない。

田舎の中学校なので不良やヤンキーがカースト上位を占めているのだけども、A小学校出身者は小学生の頃から援助交際や万引きなどをしていて「悪い事=かっこいい」という謎の風潮があったので、カースト上位に上がりたいB小学校出身者やその他小学校出身者たちも犯罪に手を染めてカースト上位を掴み取っていった。


どうしても私はそういう風潮には馴染めなくて、入学早々中学校では一人も友達はできなかった。

小学校卒業時に連絡先を交換した小学校時代の友達からの手紙なども徐々にこなくなり、本当に私は一人ぼっちになった。

それどころか、太っていて人見知り気味な私は早速いじめのターゲットにされた。
教科書がなくなるなんて日常茶飯事、故意に足をかけられて階段から突き落とされたことなんかもなんどもあった。

両親にも相談した。
結局、教科書は破った相手に弁償してもらうこととなり、そのまま通学することになった。

教科書を弁償してもらったことで余計恨みを買ってしまっていじめがさらにひどくなり、深夜にうなされて眠れないと言っても、父は
「そんなことで社会に通用する大人になると思ってるのか。稼いでもないくせに。」
といじめた側を擁護するかのようなことしか言わなかった。
我が家は平成なのに未だに亭主関白の家庭なので母は逆らうことはできない。


学校でいじめられても私はゲームと本だけが楽しみだった。
いじめられたストレスを解消するためにさらに食べては太り、体重が65キロになった。身長は148センチなのに標準体重を大幅に超えているので、このころからお店の「大きいサイズコーナー」にある服も着れるものがほとんどなくなった。

その頃から私はいじめられている人の為のサークルに参加するようになった。
サークルではみんながいじめの「被害者」なので苦痛を話し合っては学校の愚痴を語り合って、時間はすぐに過ぎていった。
サークル活動とゲームや本などにのめり込んでまともに勉強もせずに中学は皆勤賞で卒業して、隣町の公立高校に入学した。
両親は公立高校への入学を喜んだけども本当は私は別の高校に行きたかったので正直な所全く嬉しくなくて「またいじめられるのだろうか」と不安な気持ちでいっぱいだった。



隣町の高校だと私と同じ中学から入学する人はほとんどいない為いじめられることはなかった。
それどころか、中学でできなかった分の勉強を取り戻す為に先生方が一生懸命になってくれて、私はテストで最下位から平均点まで成績が上がった。

その頃から、深夜のお菓子やゲームはやめて、規則正しい生活をするようになり、中学生の時に65キロだった体重は高一の冬には50キロまで落ちた。

「何か特別なダイエットをしたの?」と聞かれることもしばしばあったけれども、深夜のお菓子をやめただけだった。


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