愛する娘がADHDだった〜シングルマザーの心の記録 /Vol.1

後編: 愛する娘がADHDだった〜シングルマザーの心の記録 /Vol.2

2018年6月1日金曜日に娘はADHD(注意欠陥多動性障害)と診断された

いつもと何ら変わらない午後、娘の学校が終わり心療内科へとふたりで歩く。
私が10mほど先を歩き、娘は後ろからiPhone片手に、少しガニ股気味に歩いていた。

娘は19歳。
5歳から習っていたクラシックバレエのおかげで、足は筋肉質で太めだがスラリとまっすぐに伸びている。
しかし、歩く姿はガニ股で堂々としすぎているから、バレリーナというよりやくざだな…と、少しおもしろい。

なぜ…私が10mも先を歩いているのかというと、私は足が悪く松葉杖を1本ついているからだ。
そろそろ松葉杖生活も4年近くになろうとしているし、1本の松葉杖が私の右足を支え、重要な役割を担ってくれている。

私の相棒だな…。

私の足の話しを語りだすと、これまた時間がかかるので、とりあえず置いておこう。と、いうことで歩くスピードが遅いので、娘よりも少しだけ早く家を出たという理由。

 ADHDと診断されることは、私には薄々わかっていた。
とはいえ、確信したのは1カ月ほど前のことだから、まだまだ初心者マークである。

ある事件をきっかけに…
もしや…???と、疑い始め、

でもそんな訳がない…でもそうかな?

いやまさか…?

ただの思春期の反抗、
今時のギャル、
ゆとり世代、
わがままな子、
ママの言うことなんてうるさいって思ってる子、
めんどくさがりな子、
とにかく言うこと効かない子…という複雑な感じだった。

思い起こせば、半年ほど前

「あいつはもしかして、発達障害なんじゃね?」

って、兄がつぶやいた。

「え??何それ、まさか違うよ。だって、授業中に走り回ったり、先生をなぐったりする子のことでしょ。ちがうよ〜」

こんな親子の会話が交わされたのだった。

でも、なんとなくひっかかるものがあり、「発達障害」とググってみたら、驚くほどの情報がズラズラとでてきた。

特に気になったのは、「おとなの発達障害」というフレーズ。

そっか…子どもだけじゃないんだ。

でも、発達障害の子どもが大きくなったったこと?
大人になってわかったったこと?
そのどちらのケースもあるけれど、特に大人になってから気がついて、驚いたというケースが、今は流行っているらしい。

流行っているというのは、語弊があるな…多いらしい。

でも、子どもの頃から生きづらさとか、苦しさとか、いじめられたり、うつになったりして、本人が困っていてわかる人は、原因がはっきりしてホッと安心するらしいけれど、まったく気がつかないまま一生を過ごす人も、山ほどいるということもわかった。

そして、驚いたのはかなりの著名人の名前がズラズラとでてきたこと!

ビル・ゲイツ、
スティーブ・ジョブズ、
ケネディ大統領、
坂本龍馬、
エジソン、
黒柳徹子、
ブリトニー・ズピワーズ、
パリス・ヒルトン、
ジャスティン・ビーバーなどなど…
超有名人がずらり…

へぇ〜そうなんだ!すごいね!発達障害って何だろう?

って、さらにいろいろと調べていくと、便利なチェックリストもあって、どのテストを試してみても、「可能性あり」となる。

そういえば…あんなことも、こんなことも、これも、あれも…って思い当たる。

前代未聞の大事件から一歩前進


実は…娘を心療内科へ連れて行ったのは、我が家では前代未聞の大事件が立て続けに起こった
からなのである。

今でこそ、こうやって文章を書けるほどに立ち直っている私だが、数ヶ月前は人という人と一切しゃべりたくない、関わりたくない、家にいるけど厚いバリアを張って引きこもっていた。

どういうふうに表現していいのかわからないほど、空虚で情けなく悲しく苦しい気持ちだった。

でも、今は未来しか見ていないし、やっと前に進み始めたから、これから起こるできごとや心の内を記録しておこうって思ってる。
きっと…同じように悩んでいる人いるよね。
うん!

シングルマザーって、ひとりでパパ役ママ役しなきゃいけないし、結構大変…でも弱音を子どもに見せられないことが多い。
でも、私の場合は弱い部分も見せれるようになったし、ママは完璧じゃないって思われてるから、今は昔よりもだいぶ楽な部分はあるけれど…。

でもでもやっぱり、ヘコんだなぁ〜ADHDだったからじゃなく、そのことに気がつかなくて、数々の問題が起きて,取り返しがつかないことになってしまったから…。

でも、ここで諦める訳にはいかない!

娘は19歳になったばかりだし、この先は長い長い人生が待っているから!

それにね…娘は生きづらさなんてまったく感じていないんだ!

ものすごく楽天的でポジティブなの…でも、これが、すごく良い部分でもあり、大きな失敗も招く部分なんだな。

でも…だから、今すごくやっかいな毎日で、私自身もどうしたらいいのかわからない!!

でもね…私が死んじゃっても、娘は幸せに生きていかなくちゃダメだからっ。

だから、起きてしまったこと、過ぎてしまった時間は取り返せないけれど、上塗りをしたり、切り替えていったりするのはできる。

そう思い直したんだ!

私は自分の残りの人生を娘の幸せのために、全力を尽くす!

と、誓ったのも2018年6月1日だから、この日は忘れられない我が家の記念日となった。

でも…記念日の名前を何にしよう??

To be continued…

続きのストーリーはこちら!

愛する娘がADHDだった〜シングルマザーの心の記録 /Vol.2

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