モラハラパワハラ元夫との20年の生活から解放されたたった一言

元夫は、中学、高校の同級生だ。

元夫は、中学、高校と私に付き合ってくれと
合計20回は私に言ってきた。

私は、タイプではなかったのですべてお断り
した。

私は、高校卒業後、短大へ行くために上京し
一人暮らしを始めた。

これからは、一人暮らしを満喫して素敵な彼
をみつけて、好きなように生きようと思って
いた。

一人暮らしを満喫する間もなく、元夫は誰か
から私のアパートをききつけて、急にやって
きた。

ここから、20年におよぶモラハラパワハラ
生活の始まりとなる。

アパートに元夫が来た時、私はずーと眠って
いた。何回も何回もチャイムをならしていた
らしいが、全く気付かなかった。

やっとチャイムに気づき起きてモニタを見る
とキムタクみたいな人が見えた。開けたら元
夫だった。元夫はイケメンではあった。

私は当時人を見た目でしか判断していなかっ
た。

元夫には悪いイメージしかもっておらずほぼ
話したことがなかったが、その時に話してみ
たら、私が想像していたイメージとは違って
私が知らないいろんなことを幅広く知ってい
たり、仲の良い友達はオタクの人からまじめ
な人からヤンチャな人から色んな人と仲が良
かった。
(今思うとそう言ってただけで仲が良いわけ
ではなかったが)

そして、その当時見た目でしか人を判断して
いない私には人は見かけで判断してはいけな
いのだな。元夫のように色々な人と関わりを
もつべきなのだと衝撃を受けたのだった。

それで間違って付き合い始めてしまった。

付き合って1週間くらいでモラハラパワハラ
が始まった。(今はモラハラパワハラという
言葉がはびこっているが、当時はそんな言葉
はなかった。)

私は元夫とつきあうまでは、
私はなんでもできるし、やってできないこと
はない。できないことは努力をすればできる
んだ。というマインドを持っていた。

しかし、元夫は、付き合って1週間くらいで
私をすべて否定した。

だから持っていたなんでもできるというマイ
ンドは根底から覆された。

・掃除の仕方がなっていない。
・トイレの掃除もなっていない。
・布団の干し方がなっていない。
・料理がなっていない。
・味付けがおかしい。
(その日にすぐに作りなおさせられた。
そうしないと、ものすごい長い説教になる。
だからすぐ作りなおすしかなかった。)
・挨拶がなってない。
・返事がなってない。
・俺よりも女友達を優先することは許さな
い。
・ウィンドウショッピングすることは許さ
ない。(ナンパされやすいから)
・スカートを履いて短大に行くことも許さ
ない。(ナンパされやすいから)
・すべての動きが遅い。
・スピードが足りない。
・なんでもできると思っていたら大間違い
・頭おかしいんじゃない?
・人生そんなに甘くない
・私のこともだが、私の家族のことも凄い
悪口ばかり言う(自分の家族の悪口は一切
言わない)

私は、今まで生きてきた中でこんな風に言わ
れたことはなかった。

しかも私を否定するときは、正座で説教だ。
そんなの今までしたことない。

とにかく悔しいのととっても威圧的に怖く言
うからたくさんたくさん涙がでて止まらない。

説教している間、正座をきちんとしてなかっ
たり、手わすらをしていたら、おい、話きい
てんのかこらと凄く怖く言われてその部分に
ついての説教が永遠と続く。

そして返事をしないで黙っているとさらにそ
の部分についての説教が永遠に続く。

反抗的な目つきをしただけでさらに説教が永
遠に続く。

だからずっと泣きながらはい、はい、と聞い
てるように手わすらをせずに答えなければな
らない。

すごく嫌だった。ものすごく。
なんでこんな思いをしなくてはならないのだ
ともう嫌で嫌でたまらなかった。

でも説教がやっと終わって、私が途方に暮れ
ていると元夫は必ず、ものすごく優しくして
くる。

波はあったが、だいだいこんな感じの生活が
続いていく。

私はこんなのが続いて1ヶ月くらいたった時
にもう嫌だ。耐えられないと思って、別れる
といって別れた。

そしたら、しばらくして元夫の友達から電話
があり、私と別れたらものすごい腹痛になっ
て救急車で運ばれて緊急入院したと言ってき
た。だから連絡してあげてって。
(今思うと絶対嘘だとわかるけどその当時は、
あーこの人は私がいないとだめなんだーって
思ってしまった)

それでまた間違って戻ってしまった。

戻ってからも結局同じ生活だった。

そして、

モラハラパワハラ→極端に優しくする
→モラハラパワハラ→極端に優しくする

この繰り返しで、私は完全に洗脳された。

私がすべて悪い→私は何もできない人だ→
だからこの人がいないとだめなんだ

この図式になった。

私はいつも間違っていて、元夫が言っている
ことが全て正しい。

と書き換えられた。

私は途中から自分にこう言い聞かせた。

こんな風に悪いところを言ってくれる人はい
ない。
だから言われたことを真摯に受け止めて少し
ずつ直していこう。それでいい。
人生は必然だ。だからこうなることは決まっ
てた。だから直せばいい。

と自分に言い聞かせてずっと20年間やって
きた。

だから、この生活は私にとっては必然の日常
の当たり前となった。


私の実家は私が4歳のころに、父が創業した会社を経営している。

私は実家の跡継ぎをしろと小さいころから父
に言われて育っていたが、自分の人生なのに
何故私が選択する権利がないの?とものすご
い疑問と反抗があった。
だから、絶対に継がないと心に決めていた。

しかし、元夫は私の実家の跡継ぎをすると言
いはっていた。洗脳されている私は元夫の言
いなりになり、元夫と私の実家の会社で一緒に働き始めた。

職場も同じになった。
モラハラパワハラは職場でもする。
社員がいようと私の両親がいようとモラハラ
パワハラをする。

私の両親はみてられないといっていたが、洗
脳されてる私は、言い方はものすごいけど、
言っている内容は間違ってない。私が悪いん
だと両親を説得していた。

だから私は、職場でもよく泣いていた。
家でも泣いていて、振り返ると、私はだいた
い元夫といた20年間の80%はものすごく
怒られているか、ものすごく泣いているかど
ちらかだった。


元夫とは、結局結婚し、婿に入り、長男と次
男を授かった。長男を出産してからの方がよ
りモラハラパワハラはパワーアップした。

長男が3歳くらいの時に、あまりにもすごか
ったのでぽろっと離婚したいといった時があ
った。そしたら、首を絞められた。

その時にあーやっぱりそっか殺されるんだ。
離婚はできないんだ。

だから離婚はしないで、ひたすら我慢するし
かないんだと思いなおした。

それから、元夫がひどくなった原因を考えた。
私が優先順位を長男を1番にし、元夫を2番
にし、子育てが始めてで、寝不足だったため
に元夫に八つ当たりをしてしまっていていた
ことが原因だったのかなと思うようになった。

だからそのころから私は優先順位を元夫を1
番に変えた。それから少し落ち着いた気がす
る。
そしてそのころから、元夫は週3~4で飲み
にでかけて土日もバスケットを教えるために
家にいないことが多くなった。

その時に私は気が付いてしまった。

この人がいないと心がとっても楽であると。

だから私は元夫により何も言わなくなった。
だから元夫は自由に飲みに行く。
私が常に自由にさせていたので、途中から朝
帰りになった。

私は朝帰りの初日は生存確認の電話のみをし
た。
今思うと、面白い言い訳をしてるなと思うが、
その時はそのまま言われた通り受け止めてい
た。

そのあともずっと普通の顔で朝帰りだった。

私は、数回は朝帰りの原因を元夫に聞いたが、
私は洗脳されているので元夫が言った面白い
言い訳をそのまま聞いていた。

そしてそれ以上何も言わなかった。

だって何か言ったらまた逆に説教されるし、
いないほうがとても楽だったから。

でも朝帰りが1ヶ月も続き、子供たちも今日
はパパは?と毎日聞くし、子供が両親にもパ
パが帰ってこないと話すようになっていた。

それで私も両親へ毎日帰ってこないことを話
し、今までやられてきていたことを両親へ始
めて話した。

両親はびっくりだ。
職場でみてはいたが、そんなに色んなことを
我慢しているとは知らなかったと。

私は今思うと不思議なのだが、
ずっと夫の愚痴は言ってはいけないと思って
いて、たまーに友達に愚痴を言ったことはあ
ったが、言ったあと、あーやっぱり言っては
いけないと思っていてとにかく誰にも言わな
かったのだ。

また、そのころ、私はある素敵な人のコンサ
ルを受け始めていた。

その人と元夫について話しているときに、そ
の人はサラリと言った。

「旦那さんおかしいですね」

私は???となった。
旦那さんおかしい???
え、私がおかしいんでしょ???
え、私っておかしくないの???

って???で埋め尽くされた。

そして、
「ゆかさんは何もおかしくない無いと思いま
すよ」

その言葉をきいてから、私の洗脳が少しずつ
解け始めた。

「私っておかしくない!?」

「私は間違ってない!?」

そして、社員にも話をして、友達にも話して、
そしたら、みんな私はおかしくないと口をそ
ろえて言った。

そんなになんで今まで我慢してるの?
そんな必要はないよ と

そして、私は離婚の決断をした。

また首を絞められるかもと恐怖でいっぱいだ
ったが、離婚を切り出すと、女もいないのに
離婚するんだと断言していたが、結局泣きな
がらわかったと言った。

でも仕事の引継ぎがあるから半年待ってくれ
と言っていた。

その日に弁護士に相談に行き、半年後に気が
かわったら離婚できなくなるから、離婚届、
離縁届は先に出した方がいいと言われ、次の
日にサインさせてすぐ届け出をした。

その時はわからなかったが、今思うとその時、
若い女の子に相当夢中だったのだ。だから、
あっさりサインしたのだ。

離婚は成立したが仕事には半年間は居座って
いた。

結局私は、元夫が朝帰りで夢中になっていた
とっても若い女の子の情報をすべて握ってい
たが、元夫は私には絶対にばれていないと思
いこみ、普通に話してくる。

本当は、言ってやりたいこたが山ほどあった
が、めんどくさいから、最後の最後まで知ら
ないふりをした。

半年間仕事を一緒にするのは、苦痛以外の何
物でもなかった。

でも、離婚はしていたから、私は、今まで我
慢していたいろんなことを自由にやりはじめ、
とにかく自由を満喫した。

具体的には、

1.私は、クレジットカードを作ることをず
っと禁止されていた。
ネットでクレジットカード決済しかできない
品物を買いたくても買えず、ずーと我慢して
いた。

だから離婚して始めてクレジットカードを作
って、我慢していた品物をたくさん買い物し
た。

2.私は、通帳を作ることも許されなかった。
本当は、いろいろな通帳にわけたかったのに
できなかった。
だから、とにかく通帳をたくさん作った。

3.ずっとアパート暮らしであり、次男を妊
娠した時に、私は家をいい加減建てたいと元
夫に言っていた。

しかし、次男が産まれても家は建たず、結局
土地を決め、家を建てる打ち合わせになるま
でに元夫は全く打ち合わせもスムーズに進め
ずに、1回目の業者ともめたこともあり、2
回目の業者を決め、打ち合わせをするまでに
4年間かかっていた。

始めのころは、私がやりたいようにやってい
いと言っていたが、途中から私が主導で動い
ているのが相当気に食わないらしく、家のこ
とを私が口出しするのは許されない状況にな
った。

だから、結局建てようとしていた家の内装も
全く私の要望はかなえてくれそうになかった。

家の内装で私の頭の中にはとにかくやりたい
ことがたくさんあったが、とっくにあきらめ
ていた。
元夫が死んだら、住みたい家を建てようと思
っていた。

私が離婚を切り出したのは、ちょうど家の間
取りを決める日だ。この日に言わなかったら
家が建ってしまうから。

結果的に家が立つ前に離婚できたので本当に
よかった。

4.離婚してからは、私の実家にある祖母の
平屋に住むことに決めた。

祖母はその当時、施設に入っていてもう戻れ
ない状態だった。

だから私は、その平屋を自分が大好きな内装
し、自分の好みの家具、食器、絨毯、カーテ
ンに取り換えて、新生活をスタートさせた。

5.様々なセミナーにも自由に行けるように
なった。

離婚する前に初めて東京にコンサルに行った
日の次の日に(まあこの日も朝帰りでしたが、
)これもとにかく説教されて、俺の支配の域
を超えたと言っていた。

自分は毎日自由に朝帰りのくせに、私が一人
で東京に行くのは許されないらしかった。
とにかく怖かった。

次のコンサルの日にも一緒についてくると言
ってきていて本当に怖かった。
でも私は、どうしてもコンサルを受けたかっ
たので怖いけど一人で行った。

途中で離婚したので、とっても自由にいける
ようになった。

離婚してからは、行きたいセミナーに行きた
い時に、自由に行けるようになった。



離婚して、半年たって元夫が本当にいなくな
ってからは、心に引っかかっていた、真っ黒
い何かが心から本当になくなって心の底から
自由で幸せで豊かで穏やかで平和で、この世
はとても素晴らしいものになった。



◇◇◇
だからモラハラパワハラに苦しんでいるあなた
に言えること


それは、

「あなたは、何も間違っていない」

ということ。

「間違っていると思い込まされてしまっているだけ」

だということ。


このことに気づいてください。


私は、このたった一言で洗脳が解け始めま
した。

このたった一言がなかったら私は永遠にモ
ラハラパワハラの無限ループから抜け出せ
なかったと思います。

それから、誰かに話すことが何よりも大切
である。
と痛感しています。

自分の中にためておかないで、あなたは誰
かに話してください。

そして、客観的にあなたをみてもらってく
ださい。

あなたは、かけがえのない唯一無二の存在
なのです。

あなたの代わりは誰もいません。

あなたは、あなたのままで生きていいので
す。

あなたは、自由で幸せで豊かになっていい
のです。

◇◇◇
この記事でモラハラパワハラで苦しむあな
たのわずかな光になれたら幸いです。

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