人生のレールを脱線してみたら、こうなった僕の半生記【前編】
そう泣きながら言う子供たち。
僕は、必ずまた来ると約束をした。
志藤さんの車が発車したのを見届け、
振り返ろうとする僕の背後から、本木さんの声が飛んできた。
『まだだっ!』
その鋭い声に僕は振り返るのを止める。
『車が見えなくなるまで手を振る。
そして見えなくなる最後に深くお辞儀をするんだ!』
僕は背後から聞こえてくる本木さんの言葉にならい、手を振り続けた。
そして車が左折する手前で深くお辞儀をした。
深いお辞儀を終え、顔を上げたときに見えた満月の風景は今でも鮮明に覚えている。
椅子に戻った僕は、本木さんにもお礼を言った。
『志藤くんにはお世話になったんだね。』
そう言った本木さんに対し、
『はい。とても…。』
涙が止まらない僕は、それ以上話すことができなかった。
翌日、バスをノックする音で僕は目覚めた。
『稲くん、起きてるか?』
僕が寝ていることを知っていて、しつこくノックする本木さん。
バスのドアを開けると、
エンジ色のベレー帽をかぶり、バッチリ決めた本木さんが立っていた。
ベレー帽にはマスの刺繍がほどこされている。
『稲くん、こっちにきて座りなさい。』
そう言った本木さんの横へ、寝ぐせで爆発している長髪をゴムで束ねてから座った。
『おっちゃんにはな、日本各地に仲間がいる。もしこの先、旅で困ったら電話してきなさい。』
本木さんは珍しく真剣な顔でそう言ってくれた。
『この同じベレー帽をかぶっている人を見かけたら、おっちゃんのことを話すといい。みんな力になってくれるぞ。』
本木さん宅にお邪魔したときに聞いていた。
全国にいる釣り仲間は、企業の社長や医者、政治家まで幅広く、
年に一度は北海道の旭川に集まり、一週間ほどキャンプをするという。
『これからどこに向かうんだ?』
本木さんにそう聞かれた僕の頭の中には、ぼんやりとだが目的地が浮かんでいた…。
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