「みんなが2時間やるなら、あんたは4時間やりなさい。」

ぼくは勉強ができない

「ぼくは勉強ができない」という山田詠美さんの小説に出逢ってしまい、そこから私は自分の出来の悪さをしょうがない!そうゆう仕様です!!と思うことにした。

この小説の主人公は、女の子にモッテモテで、年上の彼女のいる男子高校生。

成績はよろしくない。

彼は、「勉強よりも大事なことってあるだろう!」という思考の持ち主で、この考えに出逢ってしまった中学生の私は、「あ、それもありなのか」と思い、授業は好きなことしか頑張らなかった。


高校は地元の私立に入学。偏差値の超低い、いわゆる地元のバカ校だった。

しかし専攻した普通科美術コースは美大入学を目指す生徒が多く、ヘタしたら進学系の学科よりも成績の良い人が多かった。


しかし、やはり、好きなことに時間を割きたいがためであり、「絵を描くからそれを邪魔されないために」の勉強をしている感は専攻していた人ほとんどが同じ考えだったかと思う。

私の成績は、歴史、地理、英語、現代文、理科も分野によっては上々、数学では白紙回答をしたり授業中寝ていた。

先生には、「なんで好きなことだけこんな…」とよく呆れられていた(笑)

英語で100点採っても数学が0点。

たまーーーーにだけ、暗記を頑張って60点以上を採ったりもしたが、やはり歴史は常に95点以上をキープしていたり、本当にムラのある成績だった。

自由に青春を謳歌していた高校生時代は、「勉強の仕方」を覚えることなく卒業した。


Webデザインの大会に出場することになった

専門学校へ入学してすぐ、若年者ものづくり競技大会という大会に出場するためエントリーした。

親を完全に説得しきれないまま、そして借金をして東京へ進学したため、とにかく頑張るしかなかった。

「私、こんなに頑張ってるんだよ!!!!」ってのをアピールするためには、目に見える成果を出せる受賞歴が欲しかった。

それと、単純に、大会に出場した先輩方のお話も聞いて、憧れた。


大会は8月にある。3ヶ月ほどの猛練習の日々がスタートした。

ただ、大会とは別に、もちろん授業は毎日出席。(専門学校は1日6時限ぐらい入っている。)

授業が後の放課後は大会の練習。

その後はバイト。そして授業の課題があれば、それを終わらせて就寝。よく寝落ちていた。

これで体調を崩さないはずがなく、何度か布団から出れなかったこともあった。

そして全部が中途半端になった。

何度も自分と他人の境遇の差を憎みに憎んだ。ダークサイドに堕ちる手前だった。


他人との差

練習では、先生、先輩方に作っているところを見てもらい、何がダメなのか教えてもらった。

同級生のコードを解剖させてもらい、どうやって作られているのか根本的に仕組みを見直した。

同級生の作ったものを見るたびに、自分のできなさに苛立った。そして嫉妬心も沸々と沸き上がった。

私はバイトしないと生活ができない。学校にも通えなくなる。だから練習だけに時間を使うわけにはいかない。

バイトが終わったら終電で帰り、授業課題を行う。だから練習だけに時間を使うわけにはいかない。

時間の無いことに対して、すべての境遇を言い訳に使いまくった。

自分は不利だ、だから仕方がない、できないのではなく、やれないのだ。

さらにダークサイドに堕ちそうになっていた。

口にこそしないものの、心のなかで言い訳をして、自分の味方になってあげていなければどん底に堕ちてしまいそのまま這い上がれない気がしていた。


時間は有限。ならば上手に使う方法を探せ

その日の練習の後には、必ず「振り返り」を行う。

今日の何が良かったか、悪かったか、気づいたか、それらを今後、どう活かしていくか…

反省ではなく、振り返りをチーム全員で行う。

ある日、先生がひとりひとりにコメントをくれた。たしか、予選を通過し、本番に向けて予選問題のリテイクをしたタイミングだったと思う。

そのとき、先生が言いづらそうに、しかし厳しい表情で、口調で、私に言ったのを覚えている。

小山内先生
千葉は何よりも、練習不足が目立つ。
みんなが2時間やるなら、あんたは4時間やりなさい。

言われた時は「そ、そんなぁ…」と素直に思った(笑)

これ以上、私はどうやって時間を作ればいいのだろう。

しかし、周りと比べると、全然追いつけない。他の同級生2人よりも数歩遅れている。

その差は目に見えていて、自覚もしていた。もしかしたら、その差を埋めることを諦め始めていたかもしれない。ひとりで考えていたら、きっとそのままダークサイドに堕ちていたと思う。


ただ、これは競技で、そして、この競技にはチームがあった。

その場にいた、先生、先輩、同級生等のチーム全員が、「千葉の時間をうまく使うには」を、一緒に考えはじめてくれた。

「千葉の企画ならば、こういった方法に実装内容を変えて、内容をシンプルにしたほうが良いのでは」となり、時間をかける制作箇所の変更を模索してみたり…

「もしかしたら、ツール・機能を使いこなせていないのでは」となり、通しで制作中の画面を見せてもらったりもした。


技術は、何かを成し遂げるための手段でしかないのだ。ただ、技術がなければ何も形にはなれない。

技術の習得には、自分なりの時間のかけ方や都合の良いやり方を工夫していかなければならない。

そして、その方法を学ぶには、練習を重ねるしかない。経験を積むしか無いのだ。よほどの天才ではない限り!


私は、何度も同じことを繰り返して習得する、という行為をサボってきた。

努力して、努力して、そのあとにようやく結果がついてくる、その習慣を身につけていなかった。

同じことを何度も、何度もするうちに、今自分に何が足りないのかなどの課題も見えてくるはず、試してみて、ようやく気づくものなのだ。

自分のやり方を見つけるために、繰り返す、振り返る、見直すことをしなければならなかった。ようやく気づいた、これが勉強するってことなのか!

なんで好きなことだけはこれができていたので気付かなかったのかなあ。


大人になると失敗が許されなくなってゆく

大会では、敢闘賞(4位)を受賞できた!

しかし、自分が目指していた賞ではなかったため、当日はひどく落ち込み、そしてめちゃくちゃ泣いた。表彰式当日の写真が残っているが、ひどく情けない顔をしている(笑)


大会の1週間後、初帰省を果たした。

メダルと一緒に、大会本番の課題を復習してみたサイトのデータを実家に持っていった。

そこでようやく、「私、東京でこういうことやってます!」と親、兄弟に話せたと思う。


もう5年前の話なのか、と思うととても感慨深く感じる。東京の女になって6年目だ!

この大会経験のあと、何度か自分の容量を超えたことがあった。そのたびに凹み、周りに迷惑をかけ、暗黒卿がチラチラ脳裏をよぎった。


しかし、それらの経験のおかげなのか、社会に出てからが、気持ち的に楽に感じられている…!

自分の容量がわかるからこそ、仕事とプライベートがわけられている気がする。

そして、大人になるに連れて、「失敗を許される」、「指摘してもらえる」機会がどんどん少なくなっていくことに気がついてしまった。

そのため、「何をしたら怒られるか、迷惑かけるか」はガキンチョのうちに経験することができてよかったなあ、と感じる。

まだまだ失敗が多く、日々社会に勉強させてもらっているが、学生のうちにこういった経験ができたからこそ、今はこれで済んでいるんじゃないか?と思っていたり…


うああああ、もっとみんな私を叱ってくれー!


サイトからのお知らせ

STORYS.JPはあなたの一歩を応援しています

生き方は少しずつ自由になってきましたが、未経験分野への挑戦(転職)はまだまだ難しいのが現状です。これを踏まえて、STORYS.JPは誰でも実務経験を得られるサービス『adoor』をリリースしました。 最初はエンジニア職を対象にしています。STORYS.JPは、どんな人でも人生の一歩を踏み出しやすい世の中を目指しています。

実務経験は買える「adoor」

著者のKuramochi Chiba Reimiさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。