母を自宅で看取り天涯孤独になった瞬間の話。⑪ その後

2 / 2 ページ

前話: 母を自宅で看取り天涯孤独になった瞬間の話。⑩
次話: 母を自宅で看取り天涯孤独になった瞬間の話。⑫ 別れ、そして支え
病院に死亡診断書を受け取りにいく。

病院の職員にもきちんと医師から俺の母の死を伝えていたらしく、俺の顔をみるなり職員が丁寧にねぎらいのあいさつをしてくれた。
そのちょっとした言葉と心遣いがうれしい。
家に帰ると俺と入れ替わりに、おみさんが祖母を連れて市役所の手続きと駅に親戚の迎えに行ってくれた。
しかし、祖母は混乱してらしく市役所で迷子になり、すぐに必要ではない手続きを始めて、いつまでも帰ってこない。
しかも大事な死亡診断書を持ったまま。
その間葬儀屋や親戚の方が来てくればたばたした。
ベットで休む母の姿を見て皆嘆いてくれる。
葬儀屋は必要な書類の手続きや葬儀の内容、準備を冷静に話してくれた。

しかし、喪主なんて初めての経験で分からない事だらけ。
さらにまだ気持ちの整理もできてないため理解するのが難しかった。
それを知ってか、一つ一つ丁寧に教えてくれ、理解するまでちゃんと待ってくれた。
その冷静さがすごく頼もしかった。

墓に納骨する時、墓の管理者の許可が必要とのことで、管理者である祖母の末弟に電話をする。
が、末弟は状況を知るなりいきなりしぶって、すぐに許可の返事をしない。
どうやら昔祖母と金銭の問題で仲たがいしたらしくそれが原因になってるようだ。
「そっちがどうしてもと頭を下げるなら許可するよ」と。

本当に祖母は余計なことしかしない。

いつまでも死亡診断書を持ったまま帰ってこないため葬儀屋も困って、散骨の話も出たぐらいだ。
結局納骨の許可も下りず、後回しになってしまった。
いきなりの状況に軽くパニックになりながら、一つ一つ決められることから決めていった。
「私が死んでも線香の臭いは辛気臭くて嫌いだから、たかないでね」という、母の言葉を思い出す。

葬儀の内容はこの上ないぐらいシンプルにし、坊さんや牧師も呼ばず、線香も蝋燭も燃やすことなく、ひたすら母には花に囲まれ休んでもらうことになった。
集まった親戚の食事の用意や葬儀の手配、連絡がつかない母の友人への電話、頻回に届けられる香典や花のサイン、死んだ後に出してほしいと頼まれていた封書の投函などやることは多く、ばたばたと忙しいため、心身の疲労が募る。
そんな中祖母が帰ってくるなり俺に逆切れしてきた。
「あんた市役所に電話したっしょ、市役所の用事は全てあたしがやるって言ったのに!」とわけのわからん怒りをぶつけてきた。
おみさんや親戚が話しを聞いて祖母をなだめたが、今祖母の末弟と話をしたら喧嘩にしかならなさそうなので、末弟には俺からもう一度連絡するので、後日祖母からもきちんと末弟と話し合うように伝えた。

祖母は一応了解したが、ぶつぶつ文句ばっかり言っている。

母の死んだ時ぐらいそんな古くからのしがらみを持ち出さないでくれ、うんざりだ。


しばらくすると一旦帰った葬儀屋が再度来た。
ベッドで休んでいた母を綺麗に化粧してくれ、着物も着せてもらった。
体が硬くなってる筈だが、きちんと着せてくれた。
すごい腕前だった。
葬儀屋はすごく細やかに何事にも配慮してくれ、化粧や着替え中の母が見えないようにと、近くにあった鏡をシーツで覆ってくれたりした。
細やかな配慮が心を慰める。
帰り際、葬儀屋は「こういうシンプルに御花に囲まれるのって素敵ですね」と言ってくれた事がとってもうれしかった。
末弟から連絡があったので、再度話した。
なんだかずいぶん祖母との過去のいざこざについてがたがた言っている。
くだらねぇ・・・。


それは当事者どうしやって欲しいので、母の骨を納骨してもらえるかどうかだけに絞ったらちゃんと供養するならと許可してくれた。

そんなことは当たり前だろ。

やり取りを聞いていた親戚一同納骨の許可が下り、やれやれという顔だ。
祖母との兄弟はここにもいるのに、その人は一言も替わろうかとも言わなかった。

皆、2人のいざこざに関わりたくない様子がありありだった。


孫の代までしがらみ引きずってんじゃねぇよ、こいつらばかばかりだ。
手前らのケツぐらい手前らで拭いて片付けやがれ、くそが。

疲労と緊張で妙に怒りが溜まった。
なんだかんだとばたばたしていたら、母は棺おけの中で綺麗に化粧され、沢山の花に囲まれ眠っていた。
おみさんが共通の友人らに連絡をしてくれていたので、次々と綺麗な御花が届く。
すごいと思ったのは、母の友人は皆母の好きだったバラの花を黙っていても送ってくれたことだ。

花の好みも共有できる関係性は本当にすごいと思う。

俺の職場の友人らも御花を贈ってくれた。
部屋いっぱいの花に囲まれていてその様子は本当に見事だった。

まさしく母の望むとおりでシンプルだが、とても豪華。
皆の気持ちがとても良く表されていた。
息子としてもうれしいかった。

母はもっとひっそりとしたのを希望していたが、俺としては棺の周りがたくさんの花で囲まれている様子を見るのは誇らしい。


自分の友人にも何人か連絡をとった。
時間がないので数人だけだったが、同郷の友人に留守番電話で母が死んだこと伝えたら、なんと夜の20時過ぎに別の友人を連れて2人で家にきた。
山形にいるはずなのに、たまたま函館に帰っていたところ電話を聞いたいう。
かなりびびった。
ずっと親戚の前だったので気を張っていたが、友人の姿を見て安心したのか、とたんに泣けてきてしまった。
友人らは母に直接会ったことがないにも関らず、母の顔を見た後、合掌してくれた。
それがうれしくて、もうぐだぐだやっている親戚の存在なんかどうでも良くなり、友人らの前で泣きまくりながら「ほんとは、すごくすごく大変だったんだわ」と本音を話した。
2人は黙って話を聞いてくれ、泣いてくれた。

親戚の人たちは気を利かせて、帰っていった。
2人ともずいぶん遅くまで話に付き合ってくれた。
それがどれだけ心強かったことか・・・
本当に、本当にありがとう。


一生分の恩を受け、時計は0時を回った。

続きのストーリーはこちら!

母を自宅で看取り天涯孤独になった瞬間の話。⑫ 別れ、そして支え

著者のTakai Reiさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。