東大生がネトゲで出会った女性と結婚し、「生きる理由」を教わって人生が変わった話

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こんにちは!

ノマドWEBディレクターの武田といいます。

ロンドン生まれ、ニューヨーク育ち、筑駒(筑波大学附属駒場高校)を卒業、一浪するも東京大学に入学、と社会的に見たら順風満帆に見えますが、

自分のやりたいこと・人生を見失い、ネトゲ(ネットゲーム)にどっぷりハマっていた時期があります。

そのころ、ネトゲのギルドで一緒に幹部をしていた「Yさん」という方にお世話になり、

「生きる理由」とは何か、と言うことを教わりました。

今日は、僕が「生きる理由」を見失うまでの人生と

Yさんに教わった「生きる理由」をシェアさせていただきます。


目次

1.東大までの半生

2.東大入学後からYさんとの出会いまで

3.Yさんとの結婚まで

4.Yさんが教えてくれた「生きる意味」

5.「生きる意味」を手に入れて


1.東大までの半生


僕は日系の銀行に勤める父と、専業主婦の母との間の長男としてロンドンで生まれた。

その後、弟や妹が生まれることはなかったので、一人っ子だ。


2年くらいして父の駐在期間が終わって帰国した後、幼稚園受験をして桐蔭学園の幼稚園に合格した。

しかし、しばらくして今度は父がニューヨークに転勤。僕はまだ5歳だった。


アメリカでの生活は言葉が通じなくて辛い思いもたくさんしたけれど、本当に楽しかった。

さらに、アメリカ人の同級生に比べて僕は圧倒的に算数が出来た。

これは僕が特別に頭が良いわけではなく、日米の小学校における算数の教え方の違いからくるものなのだが、僕の自尊心を大いにくすぐった。

アメリカの小学校では九九を暗記させないが、僕は日本式に合わせて親から九九を教わっていたので、同級生の10倍速くらいでかけ算のプリントを解いていた



日本に帰国

9歳の時に父の駐在期間が終わり、帰国。幼稚園と同じく桐蔭学園の小学校に編入することが出来た。

この頃から僕は真面目に授業を受けなくなった。日本の授業が「つまらない」と感じたからだ。

各自の理解のペースでプリントを解かせるアメリカ式の授業になれてしまった僕にとって、

日本式のラジオ放送を垂れ流すような授業は退屈以外のなにものでもなかった。

試験の成績を他人と競うのは好きだったので、それなりに勉強はしていたが

授業に身が入っていなかったので、平均以上だが爆発的に良いわけではない、微妙な成績を取っていた。

結局、日能研に通っていたが中学受験はせず、小学校から持ち上がりで桐蔭学園の中学校に入学した。


それなりの成績を持っていたにも関わらず僕が中学受験をしなかったことを惜しがった母が鉄緑会という塾を薦めてきた。

鉄緑会には筑駒や開成の生徒が通って東大を目指しているらしい。。。

父が一橋大学出身で、僕に東大合格を期待しているのを何となく感じていた僕は、喜んで鉄緑会に通うことにした。



高校受験を決意

鉄緑会での授業は非常に刺激的だった。

なにせ、数学は中学1年生で中学校3年間の内容をたたき込まれる。

そして、その授業について行けるような生徒が集まっている。

学校の授業よりも鉄緑会の授業が楽しみだった。

いつしか僕は、自分のアイデンティティを桐蔭よりも鉄緑会に置くようになっていた。

その結果、僕が導き出した道は「桐蔭をやめて、筑駒に入学する」と言う道だった。


父と母に相談した。

桐蔭をやめたい。
え?
桐蔭の授業はつまらない。
学年のベスト3の成績をキープしてるのに、授業中に寝てると怒られる。
。。。

今になって思えば、授業中に寝てると怒られるのは普通だ。

だが、当時の僕は納得していなかった。


「武田ぁ!!黒板はおまえの枕じゃねぇ!!!」と言う先生の怒号を今でも忘れられない。

(教室の左の壁にも連絡事項とかを書く黒板があって、それにもたれかかって僕は寝ていた)

僕が桐蔭の幼稚園に入った頃はそれなりに桐蔭から東大に受かっていたけど、今は全然合格してないよ?
そうだね。
鉄緑会で友達も多いし。筑駒に入り直して、筑駒から東大を目指したい。
。。。

父はほとんど話さなかったが、黙って退学手続きをとってくれた。

僕は中学2年生の9月から公立中学校に通い、筑駒合格を目指すことになった。



人生1回目の猛勉強シーズン到来(高校受験)


高校受験の塾はSAPIXを選んだ。試しに模試を受けてみたらいきなり塾内で1位になった。

塾長の先生に呼び出された。

塾長
キミは今回、SAPIXで1位になった。高校受験がしたいんだって?
はい。筑駒に行きたいです。
塾長
今の成績をキープすれば、筑駒だろうがどこだろうが入れるよ。頑張ってみようか。
はい!


武田龍馬という受験マシーンが誕生した瞬間だった。


高校受験には受験勉強が楽になる「ズル」がいくつかある。


  帰国子女:英語の勉強が楽になる。

私立中学出身:数学の勉強が楽になる。

中学受験経験:理科と社会の勉強が楽になる。


お気づきだろうか?

僕はすべての条件を満たしていた。


さらに、鉄緑会で僕はほかの人よりも先に多く勉強すればそれが大きなアドバンテージになることを知った。

僕は自分の優位を絶対的なものにするべく、狂ったように勉強した

まさにこんな感じ↓


睡眠、通学、食事、お風呂、トイレ。それ以外の時間はすべて勉強に充てた

睡眠は学校でとった。(当然、先生には嫌われた)

与えられたテキストや問題集はすべて解き尽くした。

早稲田アカデミーの模試をうけてみたところ、偏差値が100を超えてストーカーまがいの勧誘を受けた。

全国高校入試問題正解を夏休みの間に1周するように言われたら2周した

20年分の過去問を渡されたら1ヶ月で解ききった。

駿台の全国模試で2回連続で5教科1位を達成した。2回目は3教科1位も制覇した。

中学3年生のときのSAPIXの模試は2/3以上で僕が5教科1位だった。

  (1位ではないときも、最低でも3位以内にいた)

「得意科目は英語、数学、理科、社会」と、豪語した。



そして筑駒の受験日当日










僕は40度の熱を出していた。


とは言え、成績が圧倒的だったので合格はできた。

受けた高校はすべて合格した。

二次面接を受けた高校で「君とは二度と会わないだろうけど頑張ってね」と言われたが、受かっていた。


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