掘っても掘っても出てくるものは何でしょうか?

著者: 松本 晃一



2008年の暮れから睡眠外来に通院した。僕の体には次々と異変が起こっていた。

まず右足の甲に腫瘍。放っておくと一週間ほどで親指の先ほどに肥大化した。ちょうどそのとき家の近くの喫茶店のマスターが、ふくらはぎに何かができたと言っている間もなくガンと判明し、その二週間後には死亡するという出来事があった。

あわてて医者にいくと、

「脂肪の固まりですね」

看護士が足の甲にぶすりと注射針を刺し、

「痛ッ」

僕が顔をしかめている間に強引に吸引した。

次に、胃にポリープの疑い。生まれて初めて内視鏡検査を受けた。僕はもともと麻酔が効きやすい体質なのか、胃腸科医がノドに何かをスプレーし、麻酔薬を腕に打った瞬間から意識を失った。

「ポリープはありませんでした。きれいな胃です」

診断を聞いても意識が定まらず、気が付くと待合室でいつの間にか横になっていた。

「もう少し休んでから帰ったほうがいいですよ」

看護師の言うことを聞かず朦朧としたまま歩き出すと、危うく車にひかれそうになった。

そして、睡眠障害が顕著になった。毎夜、九時前に五歳になったばかりの長女よりも先に就寝し、どれだけ朝寝をしても眠い。妻によれば、僕は眠りながら足を揺すぶっていたり、しきりに寝返りを繰り返していたり、

「そんなにようけ買わんでもええやろ」

と、日常会話のような寝言を発していた。


そんな年が明けた最初の寝言は「なぞなぞ」だった。

正月休みの親戚の子供たちがやってきて我が家はにわかに騒がしくなっていた。子供たちは長女を中心とした「なぞなぞ合戦」を連日繰り広げた。僕はひそかにインターネットで素材を検索しつつ四苦八苦して応戦した。


いつものように午後九時に寝ついて間もないときだった。

「掘っても掘っても出てくるものは何でしょうか?」

僕の寝言を階下の台所で聞いた義母は、思わず、

「温泉」

洗濯をしていた妻は、

「土」

と、反射的に答えた。

さらに翌朝には、

「掘っても掘っても出てくるものはな~んだ?」

長女が言う。

「おとうさん、答えは何?」

昨夜の寝言を長女も聞いたらしい。

「ばあばは『温泉』って言うし、おかあさんは『土』やって言うんやよ」

「さて、答えは何でしょうか?」

僕が問いかけると、

「このなぞなどはちょっとむずかしいし、などなぞの本にも出てないんやけど」

長女は小首をかしげてしばらく考えていたが、

「正解は『砂』やと思う。砂場あそびをしてるときにな、スコップで掘っても掘っても砂が出てくるから」

「スコップで掘っても出てくるんか?」

「そうやよ」

「掘っても掘っても出てくるんか?」

「出てくるよ。だから正解は砂」

僕は少しの間をおいて、

「そうやな。正解は砂」

「やっぱり、そうやよな。そうやと思っとった」

長女が満足げにコロコロと笑う。


ほのぼのとしたときを感じる。

この一瞬に僕は体の異変は遠くへ飛んでいく。

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