フラッシュダンスに魅せられて



暗転したスクリーンに静かなオープニングテーマが流れ、真っ赤なメインタイトルが右から左へ映し出されると、その瞬間に戦慄が走った。朝焼けのピッツバーグを主人公のアレックスが自転車で駆け抜けていく。最初から字幕は涙で霞んで見えた。

プロのダンサーになる夢を抱く溶接工のアレックスは、夜はキャバレーのダンサー。格式高いバレリーナの養成所に入ることを熱望しながらも途惑い、恩人の死に傷つき、時に恋人に怒る。バレエのオーディションに型破りなブレイクダンス。誰もが形式にこだわる中で、誰も思いつかない、誰もやろうとはしない、そんな独創的なダンスによって見事に夢をかなえる。

「フラッシュダンス」

三十年前の夏。東京、銀座。東劇、深夜のオールナイト。道に迷っていた二十二歳の僕を鼓舞するには充分なストーリーだった。


エンディングテーマが鳴りやむと、場内には最前列から歓声と拍手が沸き起こった。アクターやアクトレスになることを夢見る無名の劇団員たちだった。テーマソング ″What a feeling″ を歌い踊る。

「すごいな。まるで『フェーム』だね。」

映画好きな悪友が言った。僕はこのギラギラした劇団員たちをとてもうらやましく思った。


この日が僕の生涯を方向づける原点となった。

翌朝、僕は映画の予告編の最後に見たシナリオ研究所のオーディションを受けることにした。すぐに映画会社に出向き、応募し、合格し、レストランでアルバイトをしながら研究所に通った。悪友の身だしなみが急によくなり、就職していっても僕はまったく無頓着だった。

「サラリーマンになって何が楽しい?」

僕は言っていた。


二年間、習作として映画のシナリオをいくつも書いた。どれもが酷評を受けた。三年目には、高名な脚本家の仕事場に原稿を携えて訪ねた。どこでも門前払いだった。生活は貧しかった。僕は焦り始めた。シナリオ研究所に何でもいいから映画の仕事をさせてほしい頼みにいくと、コネがなければ入れないと一蹴された。

ある脚本家とは懇意になることはできたが、成り上がりは甘い夢想だと指摘された。

「君はすさまじい生き方をしているが、それで続くのか?」

唯一、ヌーベルバーグの騎手と呼ばれた映画監督に、「フラッシュダンスのアレックスになりたい」と手紙を添えて原稿を送ると返事がきた。

「あなたの書いていることや言おうとしていることは正しい。キラリと光る一面がある。しかし、正しいことを言っても、世間にそうだと思わせるためには言い方がある。あなたはその言い方を間違っている。アレックスになりたいのであれば、アレックスが考え、悩み、自分を強烈にきらめかせたように、もっと自分を劇的に表現するべきだ。」

そのとおりだと思った。

そのときの僕は頬が痩せこけ、目つきだけがギラギラしていた。あの夜、映画館で拍手喝采していた劇団員には近づいていた。だが、僕はアレックスではなかった。どれだけなりたいと思っても、二十歳代の僕にはなれなかった … 。


 僕はサラリーマンになった。家庭ができた。妻と子供を守りたいと心から思う。しかし、それでもなおアレックスになりたいと思っている。

やり残したことがあるからなおさら。

映画監督から受け取った一通の手紙を二十歳代の宝物にして、今もなお、そしてこれからも。

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