世界一過酷なサハラ砂漠240kmマラソンで、5km走って息切れするモヤシ男を完走に導いた、心が震えるたった一言の応援メッセージ

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息が切れ、口からよだれを垂らしながら砂丘を登りました。


レース初日でタイムアップの恐怖を味わったことから、

1日のレースのうち前半はペースを上げて、心に余裕を持たせるようにしました。

チェックポイントでも、水の補給をしたらすぐに出発して時間を稼ぐようにしました。


昼のなると気温が上がり、めまいがして、ふらふらするようになりました。

さらに眠気が遅い、自分のいびきで起きるということが何度が続きました。

その度に、自分の顔をストックで殴り、大幅にペースを落としながらも止まらないよう進みました。


空に打ち上げられた発煙筒


息を切らして進む中、突然「プシューーー!!」という大きな音がしました。

そして、雲ひとつない青い空に、一筋の白い煙と赤い閃光が現れました。


「誰かが発煙筒をあげたんだ。」


それは、誰かがリタイアしたことを意味しています。

僕たちは、発煙筒を必須装備として持たされていて、緊急時にはこれを空に打ち上げれば、ヘリコプターに救助されようになっています。


発煙筒をあげた時点で、即失格を意味します。


僕はいつでも発煙筒をあげることができる。

いつでも足を止めて楽になる事ができる。


「リタイアするか、しないか。」


肺が張り裂けそうな状況で一歩一歩進む度に、

そのことが僕の頭の中をかけめぐりました。



一歩前へ足を出す、やることはそれだけ。


レース中は明日も走れるだろうかなんて考える余裕はありません。

次の日どころか、次のチェックポイントのことも考えるだけで諦めてしまいそうになります。


なぜなら、砂漠には障害物がないため、もうすぐゴールと思ってもそこからの道のりが長く、1時間とか2時間とかかかります。途中で心が折れてしまうからです。


だから、僕は、一歩前へ足を出すことだけに集中しました。


一歩一歩、前へ前へ。


そうすればいつかはゴールに着くと信じて。


そしてレース3日目も何とかギリギリでゴールしました。

足はマメや爪がうっ血してはがれ、左足はサイボーグ状態になってしまいました。


明日は、最大の難関のオーバーナイトステージ。


その夜、時間がなくてきちんと読む事が出来なかった、応援メッセージに目を通しました。

WEBサイトを通して選手にメッセージを送ることができ、そのメッセージは、レーススタッフの手によってプリントアウトされてテントまで届けられます。


そこには、たくさんの応援メッセージが書かれていました。

そして、レースの模様がリアルタイムでWEBサイトで実況中継されており、日本にいる友だちがレースの経過を見守っていてくれていることがわかり、とても嬉しく思いました。


最大の難関、オーバーナイトステージ


レース4日目は、最大の難関と言われているオーバーナイトステージ。

81.5kmの道のりを、夜を徹して34時間以内にゴールする必要があります。


最初のチェックポイントまではほぼ平坦な道だったため、僕は時間を稼ぐために、今までにない速いペースで進みました。


この時、けがをした足の指をかばったため、左太ももの筋肉が痛み出しました。

そして、スタートしてから4分の1ほど進んだあたりから、太ももの筋肉の痛みが激しくなり、足を引きずるようになっていました。


悪い状況になった時、悪いことは重なるもので、僕の目の前に大きな山が立ちはだかりました。

大幅にペースを落としつつも着実に一歩一歩、心を無にして登っていきました。


第三チェックポイント(スタートから32km地点)に到着する頃、陽は落ちて、空は暗くなっていきました。


足の裏には耐えきれない痛み。痛み止めを飲んでも効きませんでした。

進むペースはどんどん落ちていき、後から来る選手たちに次々と抜かれていきました。

そして、ついには、前も後ろも誰もいない状態となりました。


僕はヘッドライトの明かりを付け、真っ暗な砂漠を独りで進みました。

疲労と痛みが極限に達した頃、ようやく第4チェックポイント(45.3km地点)に到着しました。

この時、深夜11時を回った頃で、スタートから実に14時間が経過していました。


最も辛くなった時にすること


チェックポイントで、僕は倒れ込むようにテントに入りました。


ここで仮眠をとって明け方からまた進むか、このまま13km先のチェックポイントまで一気に進むか。


極度の疲労で頭が回らず、どちらにするかを決められませんでした。

その時、日本を出る直前に、何人かの人に録音してもらった応援メッセージのことをふと思い出しました。


内容は言わないでと言ってあるので、僕はここにどんなメッセージが入っているかは知りません。



そして、僕は応援メッセージを聞きました。



この音声は、本当に辛くなった時だけ聞くと事前に決めていました。

今がその時だと思い、イヤホンを耳に付け、深く深呼吸をして、音楽プレイヤーの再生ボタンを押しました。

いくつかの音声を聞いた後、最後に僕の奥さんが吹き込んでくれた音声を聞きました。


それは、ZARDの「負けないで」や爆走スランプの「Runner」を奥さんが歌った応援歌でした。


僕は日本から1万kmも離れた、このサハラ砂漠に独りぼっち。

日本はもう朝になって慌ただしく動き出している頃だ。家族や友だちは今頃何をしているんだろうか?


そして応援メッセージは最後に、こんな言葉で締めくくられていました。



「一緒に頑張ろう。」



よだれと鼻水まみれになっていた僕のひどい顔は、さらに涙でぐちゃぐちゃになりました。


僕は今まで独りで走っていると思っていた。

だけど、僕には一緒に走ってくれている人がいるんだ。


僕は、たくさんの応援メッセージが書かれたリュックに目をやりました。

頭の中に、奥さん、家族、友だちの顔が思い浮かびました。



「一緒に走ってくれている人たちのために走ろう。」



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