旅の相棒はバイク〜まっ白になれる時間

著者: 今井 香

バイクに乗る長い髪のお姉さん


二十歳だっただろうか?

夏休み信州のペンションでアルバイトをした。

後半オーナーのお友達と一緒に近くの名所へ遊びに連れて行ってもらった。

カップルでそれぞれがバイクに乗って遊びに来ていたふたりに出会った。

ストレートのロングヘアのお姉さんがきれいでとても大人っぽくって、私は何も話せずに

ただただ見つめていた。


それがきっかけだったと思う。


真夏の教習所で検定試験開始と同時に、発進 エンスト。立ちゴケ。

「だいじょうぶ〜?いまいさーん!」

マイクで先生に笑いながら叫ばれたり

「ちっとも身についてへん!今まで何やってたんや!」

激怒する先生にシュンとしながらも中型自動二輪免許取得。


私は22歳だった。


真っ赤なSuzuki Bandit 250を買った!!


未だに我ながら笑えるのだが、京都の宝ヶ池にきつね坂という急カーブの坂道がある。

減速したのはいいがギアが合っていなくて、曲がりつつ上り坂でポテンと転倒。

怪我も何もなく後続の車が何台もいたので、懸命にバイクを起こそうとするのだが、

坂道で200㌔以上のバイクが持ち上がるはずもなく、ウンウン唸っている私の側に

トラックからふたり ニッカポッカの人が登場!

ねえちゃん 大丈夫か?

と言いながらヒョイとバイクを起こし、、道端に寄せてくれた。

気ぃつけて行きや!

人相も雰囲気も怖い系の人たちだったが、さわやかにトラックに戻って行ってしまった。

ええ人や・・・。



またある時は、気持ち良く走っていたら滋賀県の朽木という地域に着いた。

土地勘がない私は

わたし
どうしよう!? 栃木県まで来てしもた・・・

漢字も知らなかった・・・。



そうして行く所行く所で人に助けられ、バイクの友達ができてみんなで日帰りやキャンプに出かけることが何より楽しいことになっていた。


バイク乗りは男子が圧倒的に多く、排気量も大きいバイクと250とでは一緒に走っても差がつきすぎてしまい、次第に女の子ばかりでグループを作りわいわい遊んでいた。

男子と一緒だと常に恋愛が絡み面倒だった。





ロング・ソロ・ツーリング


20代後半くらいから日本地図を広げて、ひとりで遠くへ行くようになった。

バイクと一緒にフェリーに乗って九州へ

恐ろしかった高速道路にも乗れるようになり信州や伊豆へ

1日200から300㌔ 泊まる街と宿だけの予定を立てて、

年末だろうがお盆だろうが長期に休みが取れると旅に出る私だった。


フェリーで一緒になったおばあちゃんに箱いっぱいのたんかんを送ってもらったり

宿のおばさんが大きなおにぎりを持たせてくれたり

道に迷った私を軽トラで先導してくれた農家のおばさん

一足違いで出港したフェリーを予約してる強みで引き返すよう交渉して

ホントにフェリーが戻ってきて乗れるように助けてくれたバイク乗りのおじさん


思い出せばキリがない出会いの数々・・・


もちろん良いことばかりではなくて

雨の中かっぱを着て走りすっかりずぶ濡れ 体は冷えきってブレーキを握るのも大変

400番台の国道でどんどん山深い所に入ってゆき人気がない道で日が暮れかける

早朝の出発 バイクに大きな荷物を積んでいたらパトカーから監視されていたこと


・・・多分もっとあったと思う。

でも今ええことばっかり思い出す。



一番魅力を感じていたのが 一度走り出したら

「雨 大丈夫かな」

「道ここで合ってるやんなぁ」

「寒いなぁ。もう一枚着てきたら良かった」

「すごい轍。危ない危ない。」

・・・それだけになるのだ。


うまくいかない人間関係 おもしろない仕事 ダメな自分


そんなものがすべて消え去り まっ白な私になるのだ。


バイクは車と違って天候に大きく影響を受ける。

雨が降ったら道端でかっぱを着こみ、風に髪も肌もカラカラになって

バイクと一緒にクタクタになって目指す場所に着く。


楽ではないだけに達成感が強いことに 私は魅入られていたのだと思う。


目の前にでっかく広がる大自然 初めて出会った人と共有する瞬間

そこでしか見られない景色 それを見るために何百㌔も走ってきた私




バイクを降りて


そんな相棒との別れは、失恋だった。

ありがちすぎて情けない・・・


2台目のSuzuki intruder 250 憧れのアメリカンだった。

憧れのロングヘアのお姉さんのように伸ばしていた髪もいつからか短くし

私は30代半ばを過ぎていた。


ロングツーリングも一箇所拠点を決めて連泊し、そこから日帰りであちこちへ行くスタイルに

変わっていた。

そんな時に旅先で出会った人だった。


結婚まで語り合った。

困難がいくつかあった。

京都と宮城の長い距離を思い切って、彼の住む街へ引っ越した。

バイクも一緒だった。


田舎暮らしは車が必要で、あれほど好感を持っていた土地の言葉のヒアリングも難しい教習所に通い

私は軽自動車に乗るようになった。


冬は厳しく京都にいる時のように、たまにバイクを動かしてやることもできなかった。

・・・いやそれは違う。

私は彼との時間に良くも悪くも夢中だったのだ。


私達はバイクで出会ったのに、やっと一緒にいられるようになったのに

ふたりでバイクを楽しんだのはわずか1回だった。


ある日エンジンだけでも動かそうとしたら、バッテリーが切れていた。

宮城での暮らしで馴染みのバイク屋さんなど なかった。


intruderにも長く乗った。




・・・あれからバイクも車もころがしていない。


みんなでツーリングしている人達を見るとテンションが上がる。

ソロで地図を広げている人を見ると駆け寄ってしまう。



雨の冷たさ 吐く息の白さ シールドの曇り 膝の抜けたジーンズ

お釣りとアメを握らせてくれたGSのお兄さんの油で汚れた手

バックミラーに写った夕陽

裸足で涼んだ川辺

虹のアーチをくぐるように走り抜けた九州天草


その感覚は薄れることも消えることもない。


旅のスタイルが変わる時が来た それだけのこと。




ナナハンの低いエンジン音が聞こえると今も振り返る。



















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