一年間療養中に、痛みでストレスパンパンだった日常が、ストレスと戦わなくてよくなった話

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この話は「30歳で脳の1/5が無いことを知って、心と精神が大振れ、でも○○だったことに気付けて、人生変わったという話」の続きになります。


少し振り返ると、

ある年の年末に目が回り始め、約半年後、ニュースをきっかけに脳神経外科へ行きます。

そこで、自分の脳の画像が1/5真っ黒になっていることを知ることになりました。

心や精神的に大振れしたものの、あることに気がついて、心はスッキリすることが出来たんです。

そのあることが、自分の一部である脳の1/5が無いという情報が自分の存在の全てだと思い込んでいたことに気付けたからでした。


しかし、頭痛が続き、仕事はできず、やりたいと思うことの全てができない状況は変わることはありませんでした。

今回は、そのストレスに関しての気付きについて書いています。

ある気付きから、ストレスから自由になれたという内容です。



心は晴れても、相変わらず頭痛は続く。どうすりゃいいんだか。



心がスッキリしても、現実は現実として現象は変わってはくれませんでした。

頭のどこかでいつも、痛みや重たさを感じる毎日が続いていたんです。

毎日うなっていました。

「うんんんんんーーん」

「この脳の締めつけはいつまで続くんだ」

「頭に穴を開けて、脳を丸洗いしたい」


毎日毎日、脳みそを締め付けるような圧迫感とズシンズシンとするような痛みに苦しんでいました。



よく、

「心がスッキリすれば、全てがうまくいく」

なんて情報をネットや本で見かけますが、あれは嘘です。


ちょっと恥ずかしい話ですが、この経験をするまで、心さえスッキリすれば現実も含めすべてがスッキリするんだと思っていたんです。

なので、前回の話で心がスッキリしたときに、すべてから解放されるんだー!なんて思っていました。

でも、どうやら違っていたようです。魔法はないよということです。



この時は、布団から出ることさえ出来ない日もありました。

ストレスから自由になるには、もう寝るしかありません。

頭痛から自由になることが、ストレスから自由になることでした。

お酒に手を伸ばした時もありました。といっても、一時的な自由です。お酒も魔法じゃないんですよね。



何がストレスかと言えば、


・やりたいことが何も出来ない

・これまで当たり前にできていたことが出来ない

・生きていることが苦痛


ただ、身体は動けなくても、心はこれまでとは違い安心感があります。

心の安心感があったから、絶望するまでには至りませんでした。

心が折れなかったのもあり、考えたいことを考える余裕は持ち続けることができていました。

それと、ネガティブなことや悲壮感につながるような考えは、それほど考えずにできるようになっていたのは、大きな大きな変化です。


毎日することといえば、布団の中から天井を眺めながら、痛みをどうすればなくせるのか、楽になれるのかばかりをあれやこれやと考えることくらいです。

そんな時に、ふとした疑問が出てきます。

「そもそも痛みって何だ?」


よく観察すると心臓の鼓動と同じテンポでギンギンと痛みを感じます。

でも、そもそもどんなメカニズムで痛みが生まれているのかを、全く知らない自分がいたことに気付いたんです。

この質問が、それからの療養生活の方向性を決定付けることになります。





痛みの正体と出会う探求でやったこと

痛みの正体と出会うべく、まずは身体のことをネットで調べ始めました。

すると、


・血管を一本につなげると、地球を2周する長さがある。

・小腸の細胞は一秒に数万の新陳代謝を行っている。つまり、生きたり死んだりを瞬間的に行っている。

・6ヶ月で身体の細胞は全て入れ替わる。

・脳は頭蓋骨の中で水に浮いているような状態にある。その脳の水は、一日に3回入れ替わっていて脊髄とつながっている。.etc


どんどん、初めて知ることが出てきます。

自分の身体の中に地球を2周もするスケールが収まっているんだと知ったときは、感動して鳥肌がなかなか収まりませんでした。アホなくらい興奮してしまいました。



ちょうどそんな時に血液検査をする機会が訪れます。

血液検査なので、注射器をプスッと刺さなければなりません。

「おお、これはちょうどいい」


何か発見できるかもしれないと、じーっと針と腕を観察することにしました。

注射器の針が肌に刺さり、ズズズッと中に入りながら血管にプスっ、血液を採取して、また、ズズズッと針が抜かれていきます。

この時、どこで痛みを感じるのかを確認しようとしたんです。


ところで、痛みってどこで感じるのか知っていますか?

肌に刺ささって入っていくときは当然痛みますよね。血管に入るときは何も感じません。



そして、なんと、これは僕にとって新しい発見だったんですが、針が刺さっていても、針が動いていないと、痛みを感じないんです!

つまり、神経と針が出会っていても、出会いが固定していたら、出会っていないことと同じになってしまうんですね。


出会っていても、出会っていない。

なんか人間関係と同じように見えてしまい血を抜かれながら、ニヤッとしてしまいました。


この発見から

頭痛でジンジンするのは、何かしらの動きがあるからなんだなと気付きがありました。

さらに言えば、身体の動きのある部分を「痛み」として感じ、呼んでいたことが痛みの正体なんだというイメージに発展していきます。





痛みを感じることは極めてまれなことだったのか!

痛みってなんだ?と疑問を持ってから、気付いたこと発見したことを思い返していた時に、今度は「痛みは絶対に必要なところでしか生まれないのではないか」とイメージが浮かんできました。



血液検査のときに感じた痛みって皮膚だけでした。

もし、神経が体中に張り巡らされていたら、血液検査の時は、もっと痛みがあったはずです。

傷みを感じる神経が身体を占める割合って、かなり低いのではないかと。



そう考えると、痛みを感じる事が出来るってことは、身体全体から考えると極めて稀な現象なんじゃないかと思うわけです。

どれくらいの割合なんだろーとパーセントを調べたんですが、それは分かりませんでした。

ただこの「痛みを感じる事は稀なこと」という気付きから、大きな反省が来てしまいます。


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