始まりの海岸で
駅は海のすぐ傍にあった。
ホームを降りると、すぐに砂浜が広がる。
夏と言っても、まだ海開きまでには日があり、辺りには海の家を建てている工事の人や、麦わら帽子に蛍光色のレインコートをはおった、ゴミを拾っている人が数人しかいなかった。
それは、彼女がイメージした海ではなかった。
水平線がくっきり見えるようなイメージだったのだが、そこは海水浴場らしく、幾重にも防波堤が伸びていた。競争の目印のように、間隔を置いて、海辺を区切っている。
海をひとしきり見つめた彼女は少し首をかしげ、それから海岸沿いに西へ歩き始めた。僕もその少し後をついて行った。
砂がまぶされたような小さな駐車場を抜け、廃工場の寂れた扉を抜けた。立ち入り禁止と看板があったが、それはほとんど寂びており、道には他にもたくさんここを通り抜けた形跡があった。少し不安だったが、彼女は平然と歩いていくので、後に習った。
少し歩いて、砂浜に出た。
沖から防波堤が一本まっすぐ海に伸びていたが、前に比べると水平線ははっきりと見えた。彼女は防波堤の近くに海に向かって腰を下ろし、僕もその傍に座った。
空はうっすら曇り空で、夏にしては過ごしやすく、砂もひんやりとしていた。
「こんなに遠くに来たのは初めてかもしれないな」
彼女は話す。
「わたし、親から遠くに行かないようにいつも言われてたの。だから、一人でこんなに旅行したの初めて」
そういって、すぐに彼女は笑った。
「あなたがいたわね」
「一人みたいなものだよ」
僕は笑った。僕にとってはこの場所はまだ不慣れだったし、まだ詳しい彼女にほとんど道案内してもらったようなものだった。
「でも、たった一時間電車に乗っただけで、旅行って言うのもおかしいかな。わたしにとっては、旅行みたいなものなんだけど」
「いいんじゃない。時間は関係ないんじゃないかな」
穏やかな海は空の色と同じで少し寂しげだった。
「少し前はこんなところにきて、どうなるのかなって気持ちだったけど、自分のやりたいことが一つ叶えることが出来て、良かったかな?」
「そうだね、良かったんじゃない」
「…ねえ、不安なの。手を握ってもらっていい?」
僕は少し疑問を感じたけど、彼女の手をとった。彼女の手はとても冷たかった。
「これからどこに行こうとしてるのかな?親からも離れて、自分で決めてここにいるけれど、それで良かったのかな。本当はどこにも行きたくないような気もする。時々、海の奥にのまれちゃうような気分になるの」
僕は何も応えようがなくて、ただ手を強く握っていた。
二人でいるのに、何だか一人みたいだった。
やがて、小雨が降ってきた。僕は彼女を見た。
彼女は泣いていた。
僕が顔を覗くと、彼女は握ってない方の手で僕の肩をゆっくり押さえ、ハンカチを目にあてた。
「大丈夫。すぐに終わるから、もう少し手を握っていて」
そうして、僕らは海を観ながらずっと座っていた。
何も言わずに、時が止まったような風景だった。
やがて、雨が消えて、太陽が顔を覗かせ、砂が熱を帯び始めた。
「行きましょう」
そう彼女は言って、また来た道を二人は戻った。
彼女が前を。僕はその後を歩いた。
僕はその時何となくここに来るべくして来たような気持ちだった。
それは彼女も同じだったと思う。
それから彼女と僕の、そして僕の旅が始まったように、今は思う。
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