元プログラマーの文章力0男がメディア連載を経て文章で生きられるようになった話

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著者: ねこ ヨーグルト

文章力0のライター誕生

「記事も書いて」

「はいぃ!?」

上司の突然の"お願い"に青年はうろたえた。

 

ある高層ビルのオフィス。広いフロアに活気はなく、数人だけが自分のデスクで黙々と仕事をしている。ポツポツと頼りなく灯る照明が、人員整理されたばかりの冷たい雰囲気をさらに濃くしていた。

 

この口を開けて固まっている青年は数日前にバイトで雇われた。今は「サイト運営」の仕事について説明を受けている。

 

「き、記事も書くんですか?」

「うん」

 

涼しい顔で返す上司。

そんなカンタンに…。と思ったが、これは仕事。いちいち文句は言えない。

 

しかし…しかし、だ。

生まれてこのかた、記事なんて書いたことがない。

せいぜいmixiで日記を好き勝手に書くくらい。しかも、会心の出来だと思った日記でさえ、友人たちからコメントをまったくもらえない文章力…。

 

そんな人間に企業サイトの記事を書け、と?

 

青年の顔から波のように血の気が引いた。

 

 * * *

 

「これ以上、なにを書けばいいんだ…」

試しに記事を書き始めて30分。もう壁にぶつかった。

 

パソコンの画面には記念すべき処女作の記事。ある商品について「良かった」だの「面白い」だの小学生レベルの感想が並ぶ。

本気で頭をひねってこれだ。文字数にしてたったの150。原稿用紙1枚にも満たない文字数では記事から得られる情報は少なく、ただ広い記事スペースの海にポツンと浮いた小島のような寂しさしか感じない。

 

「こんなのでいいのかな…」

 

助けを求めて見本となる記事に目を移すが、それはまともに記事を書いたことのない上司がささっと書いたもの。商品の写真が2〜3枚に300文字程度しかない。正直、自分が書いたものと大差なかった。

 

上司に記事を見せながら質問しても「いいね!」しか返ってこない。どうやら誉めて育てる姿勢らしく、悩みが解決することはなかった。

 

モクモクと立ちのぼる悩みにフタをして、青年はバイトらしく粗悪な仕事を続けた。

 

 * * *

 

転機は意外にも早く訪れる。

 

記事がそこそこ溜まり、サイトは一般公開された。サイトは1日あたり数千PVを記録した。「あんな記事がこんなに見られるなんて…」と最初は醜態をさらす気持ちだった青年だが、もう慣れた。どんどん記事を書かなければいけないため、恥じらっている余裕はない。

 

ある日、サイトを運営するチームの上司2人とエレベーターに乗ったときのこと。階数のボタンを押し「次の記事ネタは何にするか…」と思案をめぐらしていると、背後からある会話が飛び込んできた。

 

「…中学生レベルだって書き込みがあった(笑)」

「ですよねー(笑)」

 

胸がざわついた。中学生レベル…。記事のことだ。どこかの掲示板にウチのサイトの感想が書かれたのだろうか。

 

たしかにド素人の自分が書いたものだから、中学生レベルの記事と言われても仕方ない。

 

しかし…こちとら社会人にもこなれた大人だ。仕事で作ったものが中学生並と言われて恥じる心はある。

 

それに、怒りと悔しさも感じた。

どこかの誰かに好き勝手言われていいのか。

「バイトだから」と言い訳し、お粗末な記事を書き続けて、それでいいのか。

 

握った手に汗が吹き出した。青年のド真面目で完璧主義な性格に火をつけるのに「中学生レベル」は十分すぎた。

 

上司たちに向き直り、一言。

「文章、勉強します」

 

口数少ない青年の突然の宣言。

上司たちはきょとんとしていた。

宣言が唐突だったからではない。

 

実は、彼らが話題にしていたのはサイトのデザインについてだった。

青年がこの事実を知るのはずっと先のこと…。

 

どうやってド素人がメディアに連載するレベルになったのか

その日から青年の逆襲は始まった。「中学生レベル」と言った実在しない誰かを見返すため、文章力の鍛錬を始めた。

 

社内に文章について頼れる人間はいない。Webにある情報を読み漁った。使えそうな文章術は片っ端から真似した。「箇条書きを使え」とあれば、バカの一つ覚えみたく使った。

 

真似した文章術の使い方が正しいのかは分からない。なにせ、「文章の書き方」を説く執筆者それぞれで言い分が違う。誰を信じればいいかも分からない。とりあえず「少しでも読みやすくなればいい」の思いだけで、いろんな文章術の真似を続けた。

 

がむしゃらに真似を続け、最初に変化が現れたのは文字数。数週間で増え始め、数ヶ月後には読みごたえを感じられるまでになった。1記事で「150」が限界だった文字数は、300、500、800と増え、ついに1,000文字を超えた。何をどう書けばいいのか、がつかめてきた。

 

ムダな時間も無くなった。「こんな記事でいいのかな…」と迷うことも無くなり、自信をもって記事を公開した。

 

心境の変化もあった。「書かなければいけない」から「書きたい」に変わった。記事を書くことが苦痛じゃなくなったのが大きな理由だった。

 

人に伝えたいことが湯水のように湧き出る。あれも言いたい、これも言いたい。言いたいことが全部スルリと記事に表れる。記事に伝えたいことをまとめ終えた瞬間は、山のてっぺんに登ったような達成感を得られた。

 

記事を書くことは、楽しい。

 

ツイッターでは記事を読んだ人から少しずつ感想をもらえるようになった。「参考になりました!」の一言が嬉しく、バイト代のためより読者のために、の気持ちが大きくなった。

 

「読者のために」

蛇足だが、この姿勢は数年後に飛び込む別の業界でも長く生き残るための武器になった。

 

 * * *

 

記事に書き慣れた頃、新しい上司がやってきた。その上司は人脈づくりが得意で、いつの間にかメディアとも繋がりを持ち、青年に仕事をもってきた。

 

「別のメディアに記事出さない?」

「はいぃ!?」

 

なんだか懐かしいやり取りを感じつつ、青年の新しい挑戦が始まる…。

 

ピンチ!個性封じとエンタメ性

「自社のサイトで好き勝手に記事を書くだけで良かったのに、いきなり他社のサイト…しかもそこそこ大きなメディアに記事を出すことになるとは…」

会議室から自分の机に戻る足取りは重い。メディアの編集者と面接を終え、まだ現実を信じられず子犬のようにぷるぷると震えた。

 

記事は週刊連載。20代〜30代のビジネスマンがメインの読者層で、ニュースサイトのようなお堅い文章で書かなくてはいけない。

 

1記事目を書こうとパソコンの前に座ると、早速大きな問題が2つも立ちはだかった。

 

1つは、ニュースサイトはサイト全体の表現を統一するため、口調を「だ・である」にしなくてはいけないこと。

「です・ます」でしか書いたことがない青年は、どうしても語尾が「〜だ」「〜だ」のワンパターンになってしまう。なんて素人らしさ満点…。恥ずかしい。しかも、こんな堅苦しい文章は性に合わず、記事を書くたびに「語尾をどう書こうか…」と苦しんだ。

 

もう1つの問題は、個性の禁止。

少しでも「筆者らしさ」が出た記事は編集部から「ここ修正して下さい」と個性を消すよう指示が入る。安直に「私の1日は1杯のコーヒーから始まる」なんて一文でも書いたら削除対象だ。

今まで自社サイトで好き勝手に書いていた身からすると、個性を消すのは一苦労。手間をかけてニュースサイトの他の記事と雰囲気をちまちまと揃える。なんて無味乾燥な記事なのか…。とんでもなく事務的な作業に感じた。

 

それでも仕事なのでやらなくてはいけない。

まずは「だ・である」の語尾を増やすことから始めた。

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