⑫ 無一文で離婚した女が女流官能作家になり、絵画モデルとなって500枚の絵を描いてもらうお話 「私の肌色が見つかった!!」 

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「また新しいのを買ってきたの?」

 不安そうに彼が見る。

「そう、熱心でしょ。この色なら先生も気に入るかも知れない」

 パレットに少ししぼりだした岡村は、しばらく見ていた。

 筆に取りホワイトと混色する。

 それをキャンバスの端にちょいと塗りつける。

 クリーム色だ。ふううーっ。

 その絵の具は白で溶くときれいなクリーム色に発色した。

 少し濃くするとオレンジ系になる。

 美しい色だ。

 透明感と輝きもある。

「先生、どう? この色は」

 おそるおそる訊ねる。

「うん、いいね! まち子の肌色だよ」

 やったーっ!!

 合格した。

 へなへなとその場にくずれそうだった。

「これで描けるわね!」

「そうだね、いい絵をたくさん描こう」

 私が持って行ったのは、ベネシャンレッドだった。

 ベネチアの画家たちが好んで使ったという色。さすがレンブランドが使った赤だ。

 

 その頃もう一つ苦労したのに、グラッシュ画法があります。

 透明色の絵の具を油たっぷりに解くと、本当に透きとおった感じの色になる。

 塗ると下の色が透けてみえるのだ。

 まず最初に白っぽい基本の肌色を作って塗り、それを乾かしてから、今度は透明色を油たっぷりにといた影色を作って塗り重ねる。

 すると下地がすけつつ、美しい影色や肌の赤味がつくのだ。

 古代からもちいられたすぐれた技法で、本にもちゃんとのっている。

 乾かしては塗り、乾かしては塗り…。

 私はこのグラッシュ技法こそが、彼が水彩画で用いていた技法とそっくり同じであり、それでいけると思っていた。

 しかし実際にやってみると、

「これはまち子の肌じゃない!」

 と彼は叫んだ。

「どうして? すごくきれいな透明の影がついてるわよ」

「みてごらんよ! ぎらぎら光っている」

 彼は腕を組んだ。

「それは、油絵だからよ。みる角度が悪いのよ。こっちからみると、光らないから」

 彼を手招きしようとすると、

「ちがうね!」

 彼は首を振った。

「いくら光らないところからみても、これじゃ、陶器だよ。まち子の肌と質感が違う…まち子の肌はとけるように柔らかいんだよ」

 彼は、グラッシュ技法で影を入れると、質感が違うと言うのだ。

 ああ、またか。

 なんとわからずやで頑固なんだろう!

 私は体をかきむしりたくなった。

「これでいいのよ。古典的名画だって使っている技法なのよ。すばらしく美しい影がうつせるわ」

 私はなんとか説得しようと試みた。

「これは先生にぴったりで、一番美しい色がつく。お願い、これでいいから、これでやって」

 何度も言った

 だけど、彼は、がんとして首を縦にふらなかった。

 それは彼が50何年間水彩画家であり、私が無理やり油絵を描かせたことにも起因しているのだろう。

 いつも水で描いていた彼は油に慣れなかった。

 どうしても彼がこだわるので、透明色をたっぷりの油でといて重ねるグラッシュ技法は使えなかった。

 そこで彼のために必死で考え工夫した。

 グラッシュ画法に使う絵の具を、不透明にすればどうだろう?

 これで油のぎらつきが押さえられる。

 アンバーなどの透明色の絵の具を使うときは、わざと少しホワイトを混ぜた。

 これで不透明色になる。

 そうして作った色に、油をやや多めに混ぜる。

 そうすると、テカらず光らず、柔らかい感触の、しかも下に塗った肌色が透けて見える、絶妙の影になるのだ。

 塗った後、ちょっと指でこすると、ますます光らなくなり、肌が柔らかい感触になった。

 しかしこれはとてもむつかしい技法だった。

 絵の具の混色方法。

 混ぜる油の量。

 この調整方法が実にむつかしい。

 油が多いと画面が光る。

 だが油が少ないと透明感がなく下の色が透けない。

 絶妙のぎりぎり加減を、彼は天才的な指先の勘で、その時々に即興で作りだしたのだ。

 

 もう一つの方法。

 それは私が美術書で見つけて来たもので、若い作家が書いた油絵の入門本に紹介されていた方法だ。

 まず下地の基本になる肌色を塗る。それをからからに乾かす。これがコツ。

 その上に重ねたい色を塗り、布ですっと拭き取る…。

 これはまったく画面が光らず、しかも下に塗った色が透けてみえる、と言う利点がある。

 この方法も彼が気に入って多用した。

 布で拭き取った後、指でこすりもした。

 これらの技法を複雑に多用して、彼は油絵を精魂込めて制作したのだ。

(女の柔らかく艶やかに匂う肌を、その色と香りを、温もりまでも、そっくりそのまま今ここにあるように再現したい…)

(あ、まち子がいる…そう思えるような絵を描きたいんだ)

 それが彼の願いであり、一生をかけた執念だったのだ。




  ※ ※

 3年目には念願のチャイナ服を着た肖像画を描いてもらうことになりました。

 チャイナ服は自前で持っています。

 エンジ色に刺繍の入っているチャイナ服を選び、背もたれと肘掛のついた椅子に座ります。

 背後には、衝立をおいて、布地を垂らしてセット。

 油絵は、構図を決めて色々セットするのも、楽しいのです。

 バックには、渋い緑に渋いエンジの花柄が浮かんだものと、濃い茶色系の布地を買ってきて、2枚垂らしました。

 椅子の横には小さな丸テーブルを置いて、岡村が、

「この上には、黒いレースのテーブルセンターを敷いて、その上に、小さな金のコンパクトとネックレスの小物を置こう。女らしくなるよ」

 と告げます。

 それは後で、花瓶とピンクの花とコンパクトに変わりましたが…。

 椅子の背もたれの一部分には、金ラメが入った白い布を垂らしました。

 白を人物の近くに少し入れたほうが、人物がなじむのです。

 前を見つめた表情で座った私のやや斜めから、彼は描き始めました。

 脚は組んでいて、スリットから豊かな太股が覗いています。

 足は素足。

 品があり、しかも美しく女らしい絵。

 ぴったりの構図が出来上がりました。

 彼が一番力を入れて描いたのは、華奢な白い素足です。

 彼は私の素足が大好きで、

「世界一、美しい足…」

 と褒めたたえたのです。

 よーく見ると足には色んな色が入っているんです。

「うーん、もうちょっと、この部分、ピンクが濃いかな…」

 などと呟きながら、いろんな色を微妙に入れ、1時間でも2時間でも、足をちねちねと描いています。

 時には、

「近くで見せてね」

 と近寄り、じーっと視線を集中して見つめている。

「もう少ーし、角度を左に変えたほうが形が美しいかな」

 などといいながら、にじりよって、足を持ち、爪先をほんのわずか数ミリ、右に変えたり、左に変えたりするんです。

 何回も何回も足に触れて、そのうち感極まって、床に這いつくばって触っている。 

 そんなときは、

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