⑫ 無一文で離婚した女が女流官能作家になり、絵画モデルとなって500枚の絵を描いてもらうお話 「私の肌色が見つかった!!」
「先生やめてよ」
と私は笑いながら、足を引っ込める。
「蛇の生殺しだよ、こんなセクシーなキレイないい足見せられたら、たまんないよ」
と文句を言う岡島に私は、
「ちゃんと絵を描いて。そしたら後で足を舐めさせてあげる。だから、絵を続けてよ」
と告げるのだ。
しぶしぶというか,仕方なく、というか、岡島は、また絵を描き続ける。
彼が足に魅惑されているのがわかるので、私もおもしろくてあきないのだ。
だから、彼がつけたポーズの絵には、どれも、必ず足のつま先までが入っている。
おそらくそこが、彼がもっとも描きたかった部分だからだ。
足には、実にいろんな色が入っているんだ、と彼は言う。
真っ白に輝く素足に、ピンクを入れ、血管のようにも見える緑を入れ、陰の部分を何色にも入れ…オレンジ色の濃い部分を入れ…。
そうして描いた足に、ハイライトを入れようと言って、白っぽい肌色をかぶせてしまう。
全ての色をおぼろにし、白っぽい足になる。
「ちょっと白っぽくなりすぎたかな」
そうしてまた一から色を入れなおす…。
えんえんと彼は、足を描き続けた。
「ねえ、先生まだ足を描いてるの? もうそろそろ他の部分も描いてくれないかな」
「もうちょっと、もうちょっとだからね」
彼はあきもせず、足を描き続けている。
白いレースのカーテンが出窓にかかったアトリエの中は、そんな非日常の世界だった。
「なんていい匂いがするんだろう…まち子の肌から発散する香りを嗅ぐと、男はぼーっとしてなにも考えられなくなる…」
「僕は、母親の胎内にいる時から、まち子に恋焦がれていたような気がするよ…」
彼は、アトリエで、私の美しさや女としての魅力を賛美し続けた。
不思議なもので、当然と思うようになる。
アトリエは密室だから、二人きりの世界なので、なにも差しさわりがない。
他の人がどう思おうと、彼が世界一の美女と言えば、二人の世界ではそうなのだ。
ここでは、あやしいときめく世界に、ひたれるのだーー。
「あれっ、先生、もしかしてトイレに入ってる?」
電話していた私は、驚いて叫びました。
水音が聞こえたからです。
「そうだよ。子機を持ってトイレに入っていたんだ。まち子からの電話を逃しちゃいけないからね」
恥ずかしそうに岡村が答えました。
「あきれた」
私は笑い出しましたが、その頃の岡村は、どこにも行かず、外出せず、まるで、自分で新しく作った家に閉じこもるような生活をしていたんです。
外出するのは、一週間に一度か二度、食料品を買いに行く時だけ。
それも、
「絶対にレジを打つ女性の顔を見ないようにしている」
と告げます。
「なぜ?」
と聞くと、
「他の女の顔を見ると、絵を描くさまたげになる」
と言っていました。
ふいにまち子が来たとき、自分が家にいないと、まち子は帰ってしまうだろうから。
それが心配なのと、他の人間の顔を見たくないので、外に出ない、と言うのです。
彼は、新しい美しい家を自ら牢獄にして、自分で閉じこもるような生活をしていたんです。
声を聞くのも、話をするのも私だけ。
この世界に女性は私一人。
そういう世界を、彼が作ったのです。
だから彼は、いつ訪れても私と逢うとたいそう喜びました。
彼はまた、絵を描かない画家でもありました。
あんなに私を描きたいと熱望していたのに不思議でしょう?
だけど私が行くと、まずお喋りです。
他の人とはいっさい関係を絶って会話することのない岡村は、私が行くと、嬉しそうに話し始めてとまらないのです。
「絵を描いて」
と言うと、
「まち子はすぐせかせるから…」
と不機嫌になります。
彼が私としたかったことは、お喋りと仲良くすること。
この二つです。
私からせかさないと、絶対に自分から絵を描こうとしません。
だから今、あれほどの数の絵が残っているのは、
「絵を描かないとしてあげない」
「絵を描いてからね」
とおあずけや焦らしを繰り返して、なんとか絵筆を握らせたからです。
8年目になると、私の絵は300枚を超え、天井やキッチンにまで、絵や写真が貼られてあふれました。
ある時など、床に落ちた私の長い髪を集めながら、
「床に落ちているお前の髪を拾い集めて、針山を作ったんだよ、ほら…」
と見せてくれたこともありました。
「僕はお琴と佐助の佐助のように、自分の目をつぶしたい。まち子以外の女は目に入れたくないから…だけど画家だから、見て描かなくちゃいけないから出来ない。それがとても残念なんだよ」
彼は、真剣な思いつめた表情で、しみじみと告げるのですーー。
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