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メジャーアーティストを辞めました。メジャーデビューから、インディーズデビューをもくろむ話。


はじめまして。

菅原紗由理といいます。

私は2009年、19歳のときに FOR LIFE MUSIC ENTERTAINMENT から、歌手としてメジャーデビューし、活動してきました。

そんな私ですが、2013年11月某日、

メジャーアーティストを辞めました。

幼い頃から、ずっとずっと夢だった憧れの舞台を飛び降りて、まっさらな「インディーズ」の状態から、すべてをスタートさせます。

メジャーアーティストを辞める。

ここまでに至った経緯と、そして今の自分の『想い』と『感謝』を伝えたくて、カタチにして残しておきたくて、ストーリーにしました。

「歌手になりたい!」その気持ちだけで、東京と秋田を行き来していた10代。



私が生まれ育ったのは「かまくら」などで有名な、東北の秋田県横手市という、とても小さな町。冬は見ての通り、屋根が壊れるくらいに雪のつもる豪雪地帯。

東京にオーディションを受けに行くだけでも、

友達
さゆり、東京さオーディション受げに行ってるらしいど!


なんて学校でも、近所でも、
すぐに噂が広がってしまうような田舎町。

そんな秋田の田舎町から、オーディションを受けるため、高校で禁止されていたアルバイトをしてお金を貯め、家族の反対も押し切り、ひたすら東京に通い続ける。

そんな日々を過ごしていました。

オーディションでグランプリ獲得!念願の歌手としてメジャーデビューすることに!!



初めはなかなか上手くいかずにいたオーディションも、高校2年の冬に FOR LIFE MUSIC ENTERTAINMENT が主催する「7DAYSオーディション & 30DAYS オーディション」という大きなオーディションで初の合格者に。そして2009年4月に、メジャーデビューすることになりました。

デビューミニアルバムの「キミに贈る歌」は、
配信サイトで
100万ダウンロードを達成。

ドラマの挿入歌や、テレビゲームのテーマソングを唄うことが次々と決まっていく、まるで夢のような毎日。

アーティストとして最高のデビューに、これから全部、私は絶対にうまくいくんだ!そんな期待に胸を膨らませていました。

聴こえはじめた、もう1人の私の声。



最高のスタートを切った、私のデビュー。

当時は「せつない」とか「愛しい」とか「会いたい」とか、女心を歌った曲が大ブーム。なので私もスタッフの方々のプロデュースで、

「切なくて」「会いたくて」
「恋しくて」「愛しくて」

といった、女心を表現するアーティスト「菅原紗由理」でした。そんな私を、沢山のメディアが、紹介してくれました。

もちろん、楽しいことばかりではなく、スタッフの方々には、時には厳しく、スパルタで接してもらっていたと思います。

私が書いた歌詞にOKが出ないことは日常茶飯事だったし、何十歳も年の離れた大人から、会議室の机を叩き割る剣幕で、罵倒された日もあった。ミーティングで「お前のここがダメなんだ!」と毎回のようにダメ出しを受けたこともあった。

それでも、これは自分のためなんだ!と言い聞かせて、必死でそれを理解しようと、クリアしようとしていました。黙ってうなずくしかなかった。それが今の私がやるべきことなんだと。

そんな辛くも夢への期待があふれる毎日が続いていたある日、

私はふと、私自身に生まれつつある、
不思議な感覚に気付くようなりました。

それは、

詞を書けば書くほど、
曲をつくればつくるほど、
人前で歌えば歌うほど、
音楽に向き合えば向き合うほど、

自分が書く詞、自分が歌う曲さえも、

「誰かにOKをもらうこと」が、最優先になっている自分がいる気がしたのです。

いったい私は、

誰のために歌ってるんだっけ?
誰のために書いてるんだっけ?
これが私の求めていた音楽だっけ?

そんな疑問が生まれるようになっていました。

当時の私には、それに反論できるような力が無いことは分かっていました。だけど、音楽で伝えられることは「恋愛」だけじゃなくて、もっと沢山あるんじゃないか。

もっともっとバラードだけじゃなく、みんなとLIVEで楽しめるような曲を作っていきたい。

その声は日に日に大きくなり、気付いたときには、もう無視できないほど、大きなものに。

女心を表現するアーティストとしての「菅原紗由理」と、それとは真逆の欲求を叫ぶ、心の中の、もう1人の私。

頭では、周りの人たちが期待してくれるアーティストとしての「菅原紗由理」に徹するべきなのは、分かってる。でもどうしても、もっと自由に、もっと解放された「自分」への憧れを抑えられない。

そんな葛藤が続いていく中、ファッションも、インタビューの受け答えも、毎日の言動も、「菅原紗由理として期待されるような答え」ができなくなっていました。

中学時代からの友達に久しぶりに会ったときも

友達
さゆ、服装変わったよね?


と言われて、「あれ?」と思ったり。

自分がどうして、普段着ないような「いい子ちゃん」な服を着ているのか、どう答えていいか分からず戸惑ったり。

ふとした時に、

なんだか私、操り人形みたいだなあ...

と自問自答するようになったり。

その度に、

これがアーティストとしての菅原紗由理だし…

と納得したり、しなかったり。

こんな毎日を繰り返していく中、

あれ?
私の本当にやりたいことってなんだっけ?

と、改めて考えるようになったのです。

「やりたいことが分かりません病」に侵されていた私。尊敬するあの人にもらった、忘れられない言葉。



そんな「私の本当にやりたいことってなんだっけ?」に苦しんでいた時期、ずっとずっと尊敬していた「ある人」との出逢いがありました。

あの「BENNIE K」のヴォーカル「YUKI」さんです。


当時の私にとって「BENNIE K」はスターのような存在。実際に、オーディションの際、履歴書には「尊敬するアーティスト BENNIE K」と書いて提出していたほど。

そんな憧れの存在だった YUKI さんと、初めての食事。

そこで、YUKI さんを目の前にしたとき、今までずっと溜め込んできた想い、女心を表現するアーティスト「菅原紗由理」との葛藤に押しつぶされて、悲鳴をあげていた想いが、一気に溢れてきました。

本当は、バラードだけじゃなく、恋愛だけじゃなく、もっと明るい曲を、みんなが前を向いていけるような曲を作りたくて。

自分が夢を追いかけているように、同じ心境でいる人に、歌で伝えたいメッセージがあって。

女子校で過ごしたハチャメチャな学生生活。信じているモットー。高校時代、推薦で入ったバスケを辞めてしまったときに感じた劣等感や孤独。ずっと一緒にいた友達と、ちょっとしたことですれ違ってしまったりしたこと。

音楽で伝えられることは、
恋愛だけじゃなく、もっとあるはず。
もっともっと、自分に出来る音楽があるはず。

私だからこそ、
歌えるメッセージがあるんじゃないか…

それを黙って聞いてくれたYUKIさんは、
私にやさしくこう言ってくれたんです。

YUKIさん
それ、すごくいいじゃん!
YUKIさん
そのまま歌詞にできちゃうよ、ぜんぶ!

この言葉を聞いた瞬間、今まで自分を縛り付けていた何かが、ほどけていきました。

こんな身近なところに、こんなにも伝えたいことが沢山あるのに、どうして、今まで気付かなかったんだろう。

私は、表現者として最も大切な「自分が何をしたいか」という自我を持たずに、ただ「歌手になりたい」「歌が歌いたい」とだけ、思ってしまっていた。

YUKIさんにすべてを話したことで、表現者としての「私」に、ようやく気付くことが出来たんです。

気付いたら治っていた「やりたいことが分かりません病」



あれ?
私の本当にやりたいことってなんだっけ?

その答えが見つからず、苦しんでいた当時は「こんなに一生懸命やっているのに、なんで私の気持ちを分かってもらえないんだろう?」と、気付けば愚痴ばかりになってしまっていました。

周りのスタッフさんが期待する「あるべき私」に、ただただ従ってばかりな自分が辛くて、「いつかもっと自由になりたい」と毎日ピリピリして、戦っていた日々もあった。

レコーディング中に耐え切れなくなって、1人で外に飛び出したけど、結局何もできない自分に悔しくなって、隠れて泣いた日もあった。

でも、今思い返せば、

デビュー当時、私を叱ってくれたり、怒ってくれたりしたスタッフの方々は、聴き手を考えて音楽をつくる大切さを、必死に私に教えてくれていた。インディーズ経験のない私に、贅沢な修行の日々を与えてくれていた。

決して私の歌詞にOKを出してくれなかった、あのひと。会議室の机を割るほどに怒ってくれた、あのひと。毎日、毎日ダメ出しをし続けてくれた、あのひと。

それは、そこまでして私と「本気で向き合ってくれていた」からだった。

「歌手になりたい」「歌が歌いたい」という、漠然とした夢や目標はあった。だけど「音楽を通してこんなことをしたい」「音楽を通してこんなことを伝えたい」そういった「自我」が、当時の私には全然足りていなかった。

アーティストとして決定的に足りていない、その大きな穴を埋めるために、19歳でデビューしてから、今日までの5年があったんだと思う。

あのとき、諦めずに、逃げ出さずに正面からぶつかってきたからこそ、「ありのままの私」に気付けた。初めて、自分の「本当の声」を聞くことができた。

「あるべき私」と「ありのままの私」

音楽だって、恋愛だって、仕事だって、この2つがそろって、初めてうまくいくんだ。そう気付いたとき、なんだかずっとモヤモヤしていた雲が晴れたようでした。

そして「相手が求める理想の私」と「ありのままの私」が見えてきた今、この気持ちをどうしても抑えられません。

「ありのままの私」が信じている「本当にやりたい音楽」を、どうしても試してみたい。

この自分の正直な気持ちに、嘘をつけなくなったんです。そしてその「本当にやりたい音楽」は、これまでの「菅原紗由理」では表現しきれないものと感じています。

沢山の人が愛情を注いで作ってくれた、アーティスト「菅原紗由理」の「仮面」を外すときがきた。

そうした想いから、メジャーアーティストを一度辞め「インディーズ」という状態から、再びすべてをスタートさせることを決意しました。

メジャーアーティストを辞めました。



2013年11月某日、
私は、メジャーアーティストを辞めました。

幼い頃から、ずっとずっと夢だった憧れの舞台を飛び降りて、まっさらな「インディーズ」の状態から、すべてをスタートさせました。

ここまでに至った経緯と、そして今の自分の『想い』と『感謝』を伝えたくて、カタチにして残しておきたくて、ストーリーにしました。

「アーティスト」という「表現すること」を仕事として生きていながらも、「やりたいことが分かりません病」にかかってしまっていた私。

そんな私が、ようやく踏み出すことができた、新しい世界。

これから、たくさん泣いたり、笑ったり、怒ったり、哀しんだりする日もあると思う。道に迷ったり、行き詰まったり、傷ついたり、嫌になって逃げ出したくなってしまう日もあるかもしれない。

今まで沢山の人に守ってもらってきた分、高い壁にも直面するはず。

そんな時は、今ここに綴った気持ちを思いだして、自分の信じる道を、私らしく前を見て、歩んできたいと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


菅原紗由理


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ストーリーを読んで、 沢山のあたたかい応援の言葉をくれた方、 素直な感想を書いてくれた方、本当にありがとうございます! 人は日々、進化していくという事。 そして、ここに綴らせていただいた経験と、 今の気持ちを元に、新たに楽曲を作ってみました。まだまだDEMOですが、是非聴いてみてください。

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このストーリーをブログ等で紹介する

企業の皆様へ

ストーリーの持つ、人に伝える力。私たちはこれを信じ、企業の皆様の想いを世の中へ届けるお手伝いをさせて頂いております。
簡単なものでおそれ入りますが、概要はこちらです。

映画にしてヨーロッパで上映したいw コンタクトさせてください!

メジャーでそのままやってれば今頃紅白出てたんじゃないかな~。あまり知られていなくてちょっと残念です。。。

ここ暫くアルバムが出ていないので心配していました。
少し遅くなりましたが、再出発応援しています。

「Call To Action」聞いています。次作待っています。菅原紗由理の歌大好きです。

勇気をもらえました

私はプロ歌手として40年以上歌ってきました。いわゆるマイナーとかインディーズとか呼ばれる世界です。年齢的にもメジャーに挑戦できるギリギリ?と考え、今日とあるレコードレーベルの方とお会いしたところです。正直「生活の為」というのが本音でした。紗由理さんの文章を読んで、大切なことを忘れかけている自分に気がつきました。ありがとうございました。

FF15の発売日が決まり13のテーマ曲「君がいるから」を懐かしく思い出し、菅原さんの近況を何気に検索したらこのページに。まさかまさかでした。ですが現代はネット社会、どんどん情報配信に努めて下さい。あなたの歌声はプロそのものです。いい楽曲、待ってます!

FF13の歌を聴いてとても感動し、菅原さんを知りました。他の歌も聴いてみたいと思って検索していてこのページに辿り着きました。
自分はアマチュアで演奏活動をしていますが「プロミュージシャン」という職業が全ての世界ではないと思って活動しています。
何より、菅原さん自身が、歌うことにより幸せを感じれるように活動して欲しいと思います。
菅原さんの歌声のファンとして、菅原さん自身の幸せを歌声に乗せて届けてあげて欲しいと心から思います。

新しいチャレンジを選べる人を心から尊敬します。
頑張ってください!!

それでいいのだ!

Sayuri Sugawara

菅原紗由理。2009年、19歳のときに FOR LIFE MUSIC ENTERTAINMENT から歌手としてメジャーデビュー。2013年11月某日、 メジャーアーティストを辞めました。インディーズアーティストとして、再出発します。

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