印刷機を売るために、地下鉄を作る営業マンの話。

著者: 寺澤 浩一

以前、三菱重工の印刷機事業の営業マン・Tさんのフルアテンドで、台湾と香港の印刷所視察の旅行に招待されたことがあります。東京の印刷会社2社の社長と一緒に、1週間ほどの日程で、十数社の印刷所を見学しました。印刷機は1台数億円するので、3人を招待しても十分元はは取れるのでしょう。


当時30代だった僕は、務めていた会社(UPU)の子会社の社長をやっていて、その2社の印刷会社に大量の印刷物を発注していた関係で、招待旅行の末席に加えてもらったのです。


台湾と香港の印刷所は、実は印刷機もオペレーションもすべて日本から輸出されており、新しい発見はさほどありませんでした。ただ、車での移動中に聞いたTさんの話に、強烈な印象を受けたことを思えています。


台湾の混雑した道を運転しながら、Tさんは言いました。「台湾の印刷機市場は、安定成長を続けています。しかしポテンシャルは、もっと大きい。なぜなら、台湾には地下鉄がないからです」。

頭に「?」がいくつも浮かぶ僕。Tさんは話を続けます。「1台数億円の印刷機が売れるためには、新聞やマガジンの発行部数が爆発的に増える必要があります。そのためには都市のインフラ自体に手をつけなければならない。地下鉄を作り、売店を設置すれば、新聞とマガジンは必ず売れる。結果として印刷機も売れるんです・・・」


僕は、Tさんの営業シナリオのスケールの大きさに、返す言葉がありませんでした。これまで自分はなんとチマチマした営業をしてきたことか。世の中には、なんとすごい営業マンがいるものか。


それから数年後、台北で地下鉄の建設が決まり、工事も開始されました。そのプロジェクトにTさんがどんなコミットをしたのかは知りません。しかし、営業シナリオをどう描くかという僕の問題意識は、その時を契機に一気に拡がりました。


今週、あるクライアントの営業マン研修で講師を務め、Webマーケティングの営業手法について語りました。しかし、スケールが小さかった。細かな技術論よりも、若手営業マンの心の何かに火を付ける大きな物語が必要だった。帰り道、Tさんのことをハッと思い出し、苦笑いしながら反省していました。

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