次の100年も木桶仕込みのお酒を造りたい。木桶仕込み純米酒『人と 木と ひととき』誕生の背景 vol.1 木桶が無くなる?
2019年、新潟駅からほど近い沼垂地区に蔵を構える今代司酒造(いまよつかさしゅぞう)が、『人と 木と ひととき』という少し変わった名前のお酒を発売しました。今ではほとんど見かけなくなってしまった木桶で仕込んだ純米酒です。この『人と 木と ひととき』をつくることになった背景、私たちの想いを3回にわたってお伝えします。
第一回は、「木桶が無くなる?」。この商品を作ったきっかけについてのお話です。
■大型木桶導入の背景
湊町にいがた。1767年創業の今代司酒造は、全国最多の酒蔵数を誇る新潟県において、玄関口である新潟駅から最も近くに蔵を構え、「日本酒の入り口」としてその魅力を多くの人々に伝える活動をしてきた酒蔵です。30年以上前から無料の酒蔵見学を行ったり、独自の蔵祭りを開催したりと、様々な取り組みで国内外の日本酒ファンを増やしてきました。人と人、地方と都市、今と古…日本酒を通じてそれらを「むすぶ」ことが自分たちの存在価値であると考え、日々取り組んでいます。
そんな今代司酒造では、平成22年に今ではほとんど見かけなくなった木桶仕込みを約60年ぶりに復活させました。全国に約1,400蔵ほどある酒蔵の中で、今やわずか20~30蔵程度しか木桶仕込みを行っていないといいます。
木桶で仕込んだ日本酒は、上品できれいな香り、独特の甘みと余韻があります。現代の酒造りの高度な技術と、古き良き時代の手仕事の結晶である木桶で、毎年少量ずつではありますが中高年世代には懐かしく、若い世代には初めて感じる味わいのお酒をお届けしてきました。
ところが、これを続けるには二つの大きな課題がありました。一つは木桶職人の後継者不足。大型の木桶を作れるのは、大阪・堺市にある製桶所一社のみとなっていました。
もう一つは木桶仕込みのお酒の生産量です。平成22年に木桶仕込みを復活させたときの桶の大きさは約1,250Lで、毎年生産できる量はごく僅か。春に発売して、すぐに売り切れてしまうような年もありました。
せっかく木桶の魅力をお伝えしたくても、生産量が少なすぎて一部の方にしか届かない。もっともっと木桶でお酒を仕込み、多くの方に発信をしたい。そして発信を続けた結果、いずれは木桶仕込みに挑戦する酒蔵が増え、木桶の需要も伸び、ひいては木桶職人が新たに誕生するような流れが作りたい…。
そんな思いから、もっと木桶仕込みの日本酒を造ろうと、平成30年、これまでよりも大きい4,000L級の大型桶2基を導入することを決めたのです。
【木桶の歴史】
ひと昔前までは木桶でお酒をつくるのは当たり前。
今よりももっと林業が盛んで、材木が豊富にありました。特に杉に関してはどこでも手に入る一般的な木。
そして、香りもヒノキに比べて強くなく穏やかで、酒造りの桶としては最適な材質でした。その杉を仕入れて桶職人が桶をつくり、できた桶を日本酒の蔵元が仕入れて酒をつくってきました。酒はもとより味噌、醤油などの発酵食品の生産にも木桶が使われておりました。
しかし戦後、焼け野原から日本が再起する過程で建築ラッシュが始まり、酒のために木を使うことはできず、産業の発展も相まってホーロー製のタンクに一気に置き替えられていきました。今代司酒造でも昭和30年代にはホーロータンクにすべて切り替え、平成5年には最新のタンク設備でもあるサーマルタンクを導入しました。
蔵元からの需要がなくなれば桶職人も減ってしまい、桶職人がいなくなれば、修繕を繰り返して使い続けることもできないので新しい設備に切り替える----、こうして木桶は姿を消していったのです。
昭和30年代に導入されたホーロータンク
【木桶をつくる】
相談したのは大阪・堺市にある藤井製桶所(ウッドワーク)。減少していった製桶所の中でも、数少ない大桶を作ることができる桶屋さんでした。
「木桶は、微生物たちが暮らしやすいため、どんな材質の桶よりも発酵に適している」 木桶で仕込んだお酒は、サーマルタンクとは違い温度のコントロールは困難ですが、外気の影響を受けにくく、杉本来が持っている保温効果による温度の緩やかな変化により、酵母にとって木の家のような居心地のいい空間をつくります。通気性もあるため、発酵を促すには絶好の環境なんだとか。それが個性的な唯一無二の味わいを醸します。
先人の知恵を見直そうと考えれば、木桶に行き着きます。
そして、その原点を見つめ直すべく、単に木桶の発注をするだけでなく、実際に木桶づくりの勉強をさせていただくため、2018年秋、代表の田中や現在醸造責任者を務める古田らが大阪・堺の現場に向かい、住み込みでお世話になりました。
まずは「正直おし」という作業。
木を特殊なカンナで削っていき、桶の側(がわ)をつくります。カンナの板を送り、引く作業を単純に繰り返すだけのですが、この作業、仕上がりに誤差は許されず、0.1mm のズレでさえ後々響いていく大変な作業です。
親方のお手本を見ると簡単そうに見えるのですが、いざやってみると全く思い通りに行かず、悪戦苦闘でした。均等に力を入れないと一部を削りすぎてしまい、木を駄目にすることも。これぞ、職人の長年培われた技ということをはじめから思い知らされました。
現在の醸造責任者・古田悟
つぎは「棚作り」。
まずは削った木と木を4枚ずつ決まった角度で張り合わせる作業です。少しでもずれてしまえば木から液漏れしてしまったり、崩れてしまいます。
こちらも重い木が相手ですので、神経を使いながらうまく、うまく合わせていきます。
そして合わさった木の淵の高さを整え、内側も丁寧に削っていきます。
そうしてタガをはめて固定します。
そのタガは割った竹を編み込んで作られます。そもそもこの竹割りの作業が一番むずかしいとか。まずしっかりと編み込める幅にし、均等に切ります。
その竹をうまく編み込みながら輪にしていくのですが、ただでさえ竹という素材はしなり、反発力が非常に強い素材ですので、予想以上に握力、腕の筋力、集中力を必要としました。もっとも、余計な力が入っていたのでしょう。こちらも大変な作業でした。
最後に全員で竹のタガを木桶にはめます。
掛け声はなく、一定のリズムで、カン、カン、と木槌で叩いていきます。
全員の息を合わせることが肝心です。はじめは掛け声もないので不安でしたが、遅れをとることのないよう細心の注意を払いながら叩きます。
最後に底床も丁寧にはめていき、これで木桶の完成です。
はじめての作業は、酒造りとはやはり全く異なるものでした。 酒造りをしていて体力には自信があったのですが、正直、初日は風呂に入ったあと、鉛筆で文字もかけないくらい力が入りませんでした。しかし、ものづくりの充実感で心が満たされ、大変感動する時間を過ごさせていただきました。
そして、私たちが酒造りで使用する木桶というのは、大変な作業を経て生み出されることを知りました。
「竹を編む時は、竹を動かそうとするのではなく、竹が動きたい方向に促してあげるんだ」など、杉の木や竹という自然の有機物を使い、1本1本の性質に合わせて作業することや、その材質と対話をするような感覚を大事にするということも職人から教えていただきました。
こうして木桶職人の気持ちと経験の結晶を受け継ぎ、今度は私達の知識と技術を加えていくことで、いい酒をお届けしたい。自ら体験することで大きな使命感と、古くから続く伝統文化を残すことへの意義をさらに深めることができたと感じています。
木桶到着
2018年12月、木桶が蔵に到着しました。木桶の材木には吉野杉が使用されており、きれいなピンク色。どんな木よりも上品な木香がのります。底床にも気持ちを込めて製造部全員の名前を記しました。 実際に蔵に入るとその香りが蔵中に広がり、何かこう、生き物な感じがします。
明らかにぬくもりがありますので、湧いてくる愛着がまったく違います。
こういうもので酒造りができる幸せを感じます。 それはまるで新たな製造メンバーを迎え入れたような気分でした。
「良い酒を一緒に醸していこう」思わずそう声をかけていました。
今代司酒造が考える木桶仕込み
木桶仕込みの酒を復活させるのに苦労したのは味と香りのバランス調整でした。どうしても木の香りがつきます。ただ、その香りをあえて活かすようなつくりにしました。
一昔前は、全国的に木桶のお酒といえば木の香りが強めで、今と違い特定名称酒が少ない時代でしたので、磨きが少ないぶん雑味を感じ、色も黄色みがかった、濃くて甘いお酒が主流でした。
しかし、今代司の目指す酒造りのコンセプトは「くどくない、そして飲み飽きしない酒」。2口目も3口目もスッと飲めて、気がつけば気持ちよく酔って笑えるお酒です。
木桶仕込みのお酒もそのような酒質に仕上げるために、酒母の立てかたに工夫を加えています。自然環境で発酵させるため、酵母がいかにのびのびと活動できるかがポイントであり、その性質を活かすためにもこうした酒母を採用します。
仕込みの時期も年間を通して一番寒い1月下旬から2月上旬にかけての時期と決めており、タイミングを見極めながらしぼります。
その結果、上品でキレイな香りと、独特の甘みと余韻が特長となり、近代的なタンクで仕込んだものとはまったく異なる美味しさがうまれるのです。
【新ブランドの誕生】
ひと昔前までは当たり前だったのに、今となっては全国的にも大変珍しくなってしまった木桶仕込みの日本酒。
新たに大桶を導入し生産量を増やせたことで、その絶やしてはならない伝統的な木桶の魅力を今まで以上に皆さまにお伝えできるようになりました。
盃を傾けながら
リラックスした「ひととき」を過ごし
心も体も「休」んでいただけるお酒。
少しばかり「人と木」の関係性に
想いを馳せながら。
新たな大桶で仕込んだ純米酒は、こんな思いで『人と 木と ひととき』と名付けました。
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第二回は、『人と 木と ひととき』のラベルデザインについてのお話です。多くのデザイン賞を受賞している美しいラベルには、数々のこだわりが秘められています。
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