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「ネオレスト」発売30周年。トイレデザインの挑戦を歴代デザイナーが語る――①1993年、初代「ネオレストEX」誕生

著者: TOTO株式会社



突然ですが、紙とペンを渡されて「トイレを描いてください」と言われたら、スルスルと描けますか? 誰しもが毎日数回はトイレのお世話になっていると思いますが、トイレがどんな形をしているのか、意識して使っている方は少ないのではないでしょうか?


TOTOには、トイレなど水まわり商品のデザインを担当している部署があります。2023年4月に30周年を迎えたTOTOトイレの最高峰「ネオレスト」シリーズは、TOTOの最先端テクノロジーの搭載はもちろん、デザインにおいてもさらなる高みをめざしてチャレンジを続けてきています。


本ストーリーでは、初代「ネオレストEX」(1993年)のデザイナーで、現在は芝浦工業大学の教授としてプロダクトデザインを教えている橋田規子さんをゲストに迎え、TOTOの現役デザイナーである高橋泰――「ネオレストA」(2006年)など担当、大塚航生――「ネオレストLS」(2022年)など担当――を交えた3人が、ネオレストのデザインにこめた想いを語ります。


第1回目は、住宅用トイレに当たり前にあった“便器の上のタンク”を無くした「タンクレストイレ」という全く新しいジャンルのトイレのデザインを担当した橋田さんを中心に、1993年に誕生した初代「ネオレストEX」について話を伺います。



聞き手:TOTO株式会社 広報部 本社広報グループ 桑原由典




左より橋田規子氏、大塚航生、高橋泰


――――


「ネオレスト発売30周年。トイレデザインの挑戦を歴代デザイナーが語る」は

3話に分けて掲載しています。


第1話:1993年、初代「ネオレストEX」誕生

第2話:シンプルを極めた定番タイプの誕生

第3話:グローバルに拡がる「ネオレスト」の世界


さまざまな経緯でTOTOに入社した3人


――ネオレスト30年の歴史の中で、ターニングポイントとなるモデルのデザインを担当した3人に集まってもらいました。まず最初に、どういった経緯でTOTOに入社したのかを伺えますか?



橋田 規子(はしだ・のりこ)

1988年、東陶機器株式会社(現・TOTO株式会社)入社

初代「ネオレストEX」(1993年)など多数の商品デザインを手掛ける

2008年より芝浦工業大学教授



橋田: 私は東京藝術大学 美術学部デザイン科 インダストリアルデザイン専攻です。バブル(※1)真っ只中だったので、求人は沢山ありました。就職先に悩んでいたとき、大学の掲示板に貼られていた東陶機器(現・TOTO)の求人票が、目に飛び込んできたんです。


教授の研究室にあった海外の有名デザイナーの作品集――ルイジ・コラーニやアルネ・ヤコブセンなど――を見ていると、有名デザイナーはことごとく「水まわり器具」のデザインをやっていることを発見し、「私、水まわりのデザインをやりたい!」って、直感的に思って……。


もともと水泳をやっていて水が好きだったのと、じかに肌で触るプロダクトのデザインをしたいなと考えて、TOTOを選びました。


※1:「バブル景気」の略。バブル景気とは、内閣府の景気動向指数上は、1986(昭和61)年12月から1991(平成3)年2月までの51ヵ月間に日本で起こった資産価格の上昇と好景気を指す。一般の人々が好景気を実感したのは1988(昭和63)年頃からで、バブル崩壊後の1992(平成4)年2月頃まで好景気の雰囲気は続いていたとされる




高橋 泰(たかはし・やすし)

1994年入社

「ネオレストA」(2006年)など多数の商品デザインを手掛ける

現在、デザインマーケティング部 部長



高橋: 僕は多摩美術大学のインテリアデザイン出身です。橋田さんとは真逆で、バブル崩壊直後の就職氷河期でした。大学の就職課にいっても求人が全く無くて……。


卒業と同時に就職をするのを諦めていた卒業間近の3月、家でゴロゴロしていたところ、大学の求人課から「東陶機器(現・TOTO)という会社から求人がきているけど、君、受けに行ってみる?」と電話が入りました。就職先を選べるような状況でもなく、受けることにしました。


一次面接は東京でしたが、二次面接はTOTOの本社。面接の場所が「小倉」と書いてあったので、「小倉(おぐら)ってどこ?」って父親に聞いたら、「バカ、そこは九州の入り口の小倉(こくら)だぞ」って(笑)。TOTOの本社が九州にあることすら知りませんでした。


――インテリアデザインから水まわり器具のデザインに入るのは、珍しいのでは?


高橋: そうですね。TOTOのデザイナーの多くは、プロダクトデザイン出身です。入社して驚いたのは、便器なら便器、水栓金具なら水栓金具のスケッチしかしていないこと。インテリア出身の僕は、便器だけでなく、床や壁など「空間」も一緒にスケッチするのが当たり前と思っていて……。


入社した頃から、「空間を意識した水まわり商品づくり」が重視され始めていました。結果論ですが、インテリアから水まわりデザインを始められたのは、時流に合っていたなと思います。




大塚 航生(おおつか・かずき

2015年入社

「ネオレストLS」(2022年)などの商品デザインを手掛ける

現在、デザインマーケティング部 第二デザインマーケティンググループ所属



大塚: 僕は東京造形大学の出身です。東京の多摩地区にあって、高橋さんの多摩美の、ひとつ隣の山にある大学です。インダストリアルデザイン領域だったのですが、その中でも「デザインマネジメント」を中心に学びました。


――「デザインマネジメント」って、どんなことをするんですか?


大塚: なかなか説明しにくいんですけど、ごく簡単に言うと、「“経営資源”を、広い意味でのデザインを通して“価値”に転換していくこと」です。プロダクト周辺のあらゆる状況――マテリアル、生産方式、市場ニーズ、流通、販売、カスタマージャーニー――を眺めて、デザインに引き寄せた手立てを考える……。どちらかというとコラボレーター的な役割です。


デザインマネジメントをやっていると、「口ばっかりうまい人たち」という見られ方をされがちです。手を動かして形を考えるプロダクトデザイン側の人たちからすると、「具体的なモノをつくってくれない人」という言い方をされるような、厳しい評価をされることもありました。なので、就職したらプロダクトデザインもやってみたいと思っていました。


TOTOを志望した理由は、水まわり商品、なかでも「トイレ」は、生活に絶対なくならないものだから。世の中がどんなに変化しても、「口からものを食べて、おしりから排泄する」という人の体のしくみは変わらない。人間のベーシックなところに直結したプロダクトだからこそ、変革を起こして生活をガラッと変えられるポテンシャルを秘めているんじゃないかと。


2015年にTOTOに入ってから2019年まで、あらゆる水まわり商品のプロダクトデザインを担当させてもらい、今はマーケティングデザインの部署でデザインマネジメントに近いことをやっています。TOTOに入って、デザインの世界でバランスのとれた仕事をやらせてもらってるなと思います。



商品研究所のプロトタイプからスタート


――ネオレストの30年の歴史は、1993年の初代「ネオレストEX」から始まります。技術開発面での誕生秘話は別途、PR TIMES STORY「初代ネオレスト誕生秘話」で紹介していますが、前例のない「タンクレストイレ」のデザインがどのように誕生したのか、橋田さんに伺っていきます。


どのような経緯で、橋田さんは初代ネオレストのデザインを担当することになったのでしょう?




TOTOミュージアム(北九州市小倉北区)に展示されている

初代「ネオレストEX」(1993年)



橋田: 「水まわりのデザインをやるぞ!」と思って1988年にTOTOへ入社したわけですが、実は、最初に配属されたのは茅ヶ崎工場内に創設されたばかりの「商品研究所」という部署でした。「デザイン、できない……」と思って、がっかりしたことを覚えています。


――商品研究所は、どんなことをする部署だったんですか?


橋田: 商品研究所の生活研究課だったのですが、一言でいえば「先取りのマーケティング」です。トレンド調査などマーケティングど真ん中の業務もありつつ、新しい商品企画の一環で、自動車の世界でいえば「コンセプトモデル」のようなプロダクトデザインも担当させてもらうことになりました。


「デザインができてよかった!」と思っていた頃、隣の商品研究課で進んでいたのが、初代ネオレストにつながる「THE BENKI」プロジェクトでした。商品研究所の所長より、「橋田さん、“THE BENKI”のプロトタイプデザイン、やってよ」と声をかけられたのが、ネオレストとの関係の始まりです。


――デザイン専任部署でないのに、ネオレストのデザインに関わることになったんですね。現在の総合研究所のルーツの一つである商品研究所では、「なんでもやってみよう!」という、進取の精神にあふれていたんでしょうか?


橋田: そうだったと思います。私がいた生活研究課には、新入社員の私を除くとキッチンアドバイザー(※2)や製品開発、企画部門など、さまざまな部署で経験を積んだ社員が集まっていましたし、隣の商品研究課にはさまざまな学部出身の若い研究者が集まっていました(PR TIMES STORY「節水便器 開発秘話①」参照)。


当時、商品研究課が進めていた「THE BENKI」では、タンクレストイレのシーズ(基礎技術)である「シーケンシャルバルブ方式(※3)」ができあがったところでした。




シーケンシャルバルブ方式のプロトタイプ



※2:システムキッチンに特化したショールームアドバイザー。現在はショールームアドバイザー業務にシステムキッチンのコンサルティングも含まれている

※3:便器ボウル面を洗う「リム洗浄」と、サイホン現象を起こして汚物を排出するための「ゼット洗浄」への水の供給をコンピュータ制御で行うことで、水道管に直結した水の勢いだけで便器洗浄を可能とした洗浄方式



イメージソースは“石の塊”


――タンクがあることが当たり前だった住宅用トイレのタンクが不要になる、常識を覆す技術が誕生したわけですね。全く新しいトイレに“形”を与える役割を担って、どのような気持ちでしたか?


橋田: すごくワクワクして嬉しかったのを覚えています。「トイレからタンクがなくなったら、どんなデザインができるのか?」を検討するために、商品研究課にいた先輩デザイナーと2人で、アイデアスケッチをとにかく沢山描きました。




最初期に描かれたアイデアスケッチ



橋田: その中から、「石の塊」のような、コロンとしたデザインが候補となり、モックアップをつくりました。イメージコンセプトは「自然の中にある石」。当時、「最先端は石である。原点に戻ったデザイン」というテキストも添えていましたね。





――今見ても、斬新なデザインですね。衛生陶器は天然の石(長石・陶石・粘土など)を原料としていますが、原料にまで遡ったデザインイメージだったとは! 


橋田: 全く新しいトイレデザインを生み出すために、全然別のイメージソースに頼るというよりも、陶器の原点である「石」を想起させるスケッチが、一番しっくりきたんです。


3つのデザインキーワードを掲げたのですが、うち2つ――「卵型」「やわらかい」は石のイメージから導かれるものですが、3つ目は「流線形」。全く新しいジャンルである「タンクレストイレ」として、センセーショナルに、インパクトを与えたい……。いわゆる“登場感”を出したかったんですね。河原に転がっている角の取れた楕円形の石のようにツルンとしつつ、個性を出すための「流れるようなライン」をつくりたかったんですよ。


――プロトタイプから最終商品まで受け継がれている初代ネオレストの特徴的なラインには、そのような意図があったんですね。


高橋: 「キャラクターライン」と呼んでいます。第2話で詳しくお話しますが、初代ネオレストのキャラクターラインは、2代目のネオレスト、さらに2013年の海外専用品(ネオレストGH | XH | 750H)まで受け継がれています。




初代から受け継がれたキャラクターライン



商品化にむけて茅ヶ崎から小倉(北九州市)へ


橋田: THE BENKIプロジェクトは商品研究所からTOTO本社の事業部(※4)に移管されて、商品化のプロセスに入ることになりました。私は最後まで関わりたいと思い、志願してデザイン部門に転籍させてもらいました。女性として、茅ヶ崎から本社がある小倉へ異動した社員は、私が最初だったと思います。


※4:TOTOでは、主に生産する商品区別ごとに事業部を設けており、現在では「レストルーム事業」「浴室事業部」「キッチン・洗面事業部」「機器水栓事業部」などがある



――男女雇用機会均等法が1986年に施行されて数年しか経ってない時期ですから、橋田さんの異動は先駆的な事例だったんですね。本社に異動して、どんなことをされたんですか?


橋田: 焼成品(しょうせいひん)とよばれる、陶器の試作品をつくることになりました。試作品といっても、陶器でつくるためには「型」から起こす必要があります。シーケンシャルバルブなどの部品が収まらなかったら大変なので、焼成品をつくる前に、発泡スチロールでモックアップをつくって検討しました。


同僚のベテランデザイナーがサポートしてくれました。発泡スチロールで便器のモックアップをつくるだけでなく、中に収まる部品も手づくりでつくって、配置まで考えてくれて……。




発泡スチロールで検討した部品の収まり



大塚: すごいですね! エンジニアリングまでちゃんとわかっているデザイナーが、30年前の当時もいらっしゃったんですね。


橋田: デザイン面では、その方がいたからこそ、初代ネオレストは最後まで完成したと思います。


――今では、デザイナーと生産現場との橋渡しをする専門の役割がありますよね。


大塚: 「デザインエンジニア」ですね。


高橋: デザイナーの意図と、開発部門・生産現場の実態を理解して、3D-CADなどデジタル技術も駆使しながら、できるだけデザイナーの意図通りにものづくりを進める役割を担ってくれています。


大塚: ここ数年で、デザインのディテールをぐっと詰められているのは、デザインエンジニアの存在がとても大きいです。




デザインエンジニアと開発部門の打合せ風景


コンセプトデザインに具体的な設計制約を織り込みながら

3D-CADでリアリティのあるデザインへ進化させ、

開発部門と設計の共創を行う



橋田: 素晴らしい! 初代ネオレストのときはベテランデザイナーが頑張ってくれましたが、事業部の開発部門や生産現場の声に対して、デザイナー側から説得力のある声をあげることが、なかなか難しかったです。最終的には、事業部の皆さんも、デザイン意図に理解を示してくれましたが……。


大塚: 何がターニングポイントだったんでしょうか?


橋田: やはり、発泡スチロールのモックアップで、内蔵部品がきちんと収まることを実証できたことだったと思います。ベテランデザイナー様々です。



アメリカの市場調査で加わった水平ライン


橋田: 初代ネオレストのデザインがある程度進んだ1990年、「アメリカ横断市場調査」に行きました。


――初代ネオレストは日本国内だけの販売でしたが、海外市場も視野に入っていたんですか?


橋田: 最終的に日本国内の発売にとどまりましたが、海外展開も検討していたんですよ。


アメリカ市場に受け入れられるのかを調査するため、2週間かけて、ニューヨークからロサンゼルスまで、建築設計事務所のアーキテクト(建築士)を訪ねました。プロトタイプに近い丸っこいデザイン、便器に水平のラインを加えたものなど、3パターンを見てもらいました。


ニューヨークの設計事務所の方々は、丸っこくてツルンとした一番シンプルなデザインが高評価でした。でもそれ以外のエリアでは、水平ラインが加わったデザインしか評価してもらえませんでした。




アメリカ横断市場調査で提示したデザイン

ニューヨークではシンプルなデザイン(右)が高評価だったが

それ以外のエリアでは便器に水平ラインが入ったもの(中央)しか評価されなかった



――意外ですね。水平ラインが入っていることが、アメリカでは重要だったんでしょうか?


橋田: アメリカのトップメーカーの便器には、水平ラインが入っていたんですよ。調査をしてわかったのは、ニューヨーク以外ではクラシカルな、どちらかというと保守的なデザインが好まれるということでした。


――現在でもアメリカ向けの商品では、機能では説明がつかない装飾的なラインをデザインに採り入れた便器や温水洗浄便座「ウォシュレット(※5)」がラインアップに加わっています。


※5:「ウォシュレット」はTOTO株式会社の登録商標です



アメリカ市場で現在販売している

トラディショナルなデザインの便器+タンク(左)とウォシュレット(右)



橋田: そうした志向は現在でも残っているのでしょうね。初代ネオレストの便器に入っている水平ラインは、アメリカ市場の声を反映して加えたものです。


生産技術的には、水平ラインが入っている方が、実はつくりやすいんですけどね。


――便器の形をつくる成形工程で欠かせない、「胴リム接着」ですね。




便器の成形工程の「胴リム接着」



橋田: そうです。便器の形を1つの型から一発でつくることは困難なので、「胴」とよばれる本体部分と、その上にのる「リム」とよばれるドーナツ状のパーツを組み合わせる必要があります。便器側面の上部で胴とリムが接着されるのですが、その継ぎ目のラインが見えないように、製造工程の技能者の方が手作業で仕上げるのが通常です。


初代ネオレストは、アメリカでの市場調査を踏まえて、胴・リムの接着ラインをあえて「残す」ことで、アメリカ市場で好まれるラインをつくりました。デザイナーとしては、キャラクターラインに加えて水平ラインをつけるのは「too much」かなとも思いましたが……。


当時、日本市場でもアメリカの便器は「高級品」だったので、アメリカ市場を意識した水平ラインが入っていたことは、日本のお客様に「ネオレストは高級便器」と認識して頂きやすかったのかもしれません。




初代「ネオレストEX」の水平ライン



橋田: 今のネオレストは、胴・リム接着を便器の「角」でしているんでしょう? 30年前では考えられない生産技術の進化ですね。


高橋: 「リム角接着」と呼んでいます。胴・リム接着ラインが側面にくる場合も、接着ラインが目立たないように工場の技能者が丁寧に処理してくれていますが、ゼロにすることは困難です。


初代「ネオレストEX」のように、胴・リム接着ラインをデザインに採り入れる方がレアケースなので、デザイン部門としては「接着ラインを“角”にしてもらえないか?」と、要望を出し続けてきました。水分を20%以上含んでいる柔らかいパーツなので角で接着するのは非常に大変なんですが、生産部門が技術開発をしてくれて、2010年に実現しています。




デザインの革新と継承


――ネオレストはタンクレストイレであると同時に、ウォシュレット一体形便器であることも特長です。ウォシュレット部分はどのようにデザインされたんですか?


橋田: プロトタイプはウォシュレット機能なしでデザインしていましたが、開発が進むにつれて、「世界一のトイレをめざして、フルスペックの機能を搭載しよう!」と、商品企画が変わっていきました。便フタ・便座のリモコン開閉はもちろん、技術開発が進んでいた脱臭機能(オゾン脱臭)や室内暖房機能など新機能も搭載されることになりました。


当然、内蔵する部品が増えるので、便器の上に載るウォシュレット機能部(※6)が、どんどん大きくなる……。タンクがなくなったのに、ウォシュレットの機能部がタンクのようなボリュームを出してしまっては台無しです。デザイナーとして、ウォシュレットの“高さ”を感じさせないデザインにこだわりました。そこで、便フタとウォシュレット機能部を一体的にデザインし、緩やかに上昇するスロープ状の曲面でつなぎました。


※6:ウォシュレットの温水をつくるヒーターや脱臭のためのファンなど、各種機能のための多数の部品を格納している部分



――便フタとウォシュレット機能部が連続的につながるデザインは、TOTO初だったそうですね。


橋田: そうです。このデザインを実現するために、事業部の方には苦労をかけました。金型をおこすために、導入されたばかりの3D-CADで3次元のモデリングも実施してもらいました。おかげでウォシュレット部分にもきれいなカーブが描けて、便器のキャラクターラインと呼応する、全体のハーモニーも生まれたと思います。




TOTOとして初めて外観形状を3D-CADでモデリングし金型を作成

便フタからウォシュレット本体へ連続するカーブを実現した



橋田: それまでのトイレデザインを意識した部分もあります。便フタの先端を薄くしたことです。


大塚さんがデザインした「ネオレストLS」(2022年)では、先端から一定の厚みがありますよね。初代ネオレストEXでも先端を厚めにしておけば、後ろの部分がより低く見えたかもしれません。でも、それまでのトイレに「厚い便フタ」がなかったので、なかなか勇気がでないんですよね。




ネオレストEXは、それまでのトイレデザインを継承して、

便フタの先端を薄くした



大塚: 全てを斬新なデザインにするのではなく、「トイレのフタの薄さ」みたいな、今までのトイレの印象も残すことで、お客様も「トイレである」と認知できたのかもしれませんね。


橋田: それはありますね。それまでのトイレの印象からすごく飛びすぎてしまうと、お客様がついてこられない。


――初代ネオレストのプロトタイプデザインも現在の感覚では「あり」だと思いますが、1993年当時にこのデザインで発売したら、それまでのトイレとの断絶感があったのかもしれません。


橋田: そうだと思います。



「便器は、じっとしていない。」


大塚: それまでに全くなかった、「ウォシュレット一体形のタンクレストイレ」という新ジャンルのトイレをデザインする……。同じデザイナーとしてすごく興味があります。初代ネオレストEXは、シンプルさを追求しつつも、エポックメイキングな「象徴性」や「力強さ」に落ち着いたのかなと。


橋田: デザイナーとしては、「シンプルな一体感」をやりたいと思っていたのが本音ですが、市場調査や社内の様々な要望に応えながら、バランスのよい着地点を探っていった結果、あのデザインに落ち着いたのかなと思います。


――販売プロモーションにも力が入っていたそうですね。


橋田: 広告のキャッチコピーが「便器は、じっとしていない。」でした。コピーライターの方が考えてくれたものですが、初代ネオレストEXのデザインから動的なイメージを汲み取ってもらえてたようです。


――それまでのトイレデザインは、落ち着いた「静的」なイメージのものが多かった?


橋田: そうですね。インパクトや登場感を意識してデザインしていたので、従来のトイレにはない動的なイメージのキャッチコピーがついて、嬉しかったです。


写真もすごく格好よくて……。床スレスレの超ローアングルで、通常の使用環境ではありえない視点ですが、初代ネオレストEXというプロダクトをこのように捉えてくれて、ありがたかったです。



発売の約1年前、TOTO創立75周年の1992年の

創立記念日(5月15日)に掲載した新聞広告


クリエイティブディレクター/コピーライター:仲畑貴志

アートディレクター:副田高行

写真:藤井保



――「新しい(Neo)+トイレ(Rest-room)」を組合せた「ネオレスト」という商品名がつきました。


橋田: 私がTOTOに入社した頃から、リビングを立派にしつらえるだけでなく、水まわり空間にもデザインや機能がよいものを採り入れることが「真に豊かな暮らしである」という風潮が高まっていました。


「新しいトイレ空間を構成するトイレ=ネオレスト」として、名前に負けない機能性とデザイン性を兼ね備えた全く新しいトイレを世の中に送り出したことで、「トイレ空間を豊かにして生活の質を高めよう」という機運を高めるきっかけになったんじゃないかなと思います。


――――


「ネオレスト発売30周年。トイレデザインの挑戦を歴代デザイナーが語る」は

3話に分けて掲載しています。


第1話:1993年、初代「ネオレストEX」誕生

第2話:シンプルを極めた定番タイプの誕生

第3話:グローバルに拡がる「ネオレスト」の世界









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