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80代の著者さんもおられます。

ことばを紡ぐ創作者たちの助け船「ことば選び辞典®」ができるまで。学研プラス クリエイター・インサイド第2回

著者: 株式会社 学研ホールディングス

学研プラス(Gakken)が生み出す、数々の個性的で魅力的な商品・サービス。その背景にあるのはクリエイターたちの情熱だ。学研プラス公式ブログでは、ヒットメーカーたちのモノづくりに挑む姿を、「インサイド・ストーリー」として紹介しています。第2回は、80万部を突破した辞典シリーズを生み出した、編集者 田沢あかねの「ことば選び辞典®」シリーズです。

1本のツイートがもたらした「品切れ状態」

「ことば選び辞典®」がシリーズ化されるきっかけになったのは1本のツイートだった。『ことば選び実用辞典』というハンディサイズの小さな辞典が、Twitter上で「同じような似た意味の単語に言い換えたいときに便利!」とツイートされると、瞬く間に拡散され、全国各地の書店で品切れが起こるまでの事態になった。


 編集会議でこの件が話題になったとき、編集長の森川聡顕が言った。「『ことば選び実用辞典』がシリーズ化できそうかどうか。田沢さん、考えてみてください」


 そのとき田沢あかねは入社3年目。辞典編集室に配属されてまだ9か月ほどしか経っていなかった。


 編集長の森川には確信があった。辞典編集者としてのキャリアはまだ浅いが、逆にそれが従来の方法論に捉われないというメリットになる。それに何よりも、田沢の、ことばに対する鋭い感性やこだわりを普段の会話などから感じていたのだ。


 森川にそう言われた田沢は、いきなりの指名に驚く一方、20代の自分だからこそできる企画だと覚悟を決めたという。とはいえ、自分の頭だけで考えても何も生まれない。まずは、どんな人が『ことば選び実用辞典』を使っているのか。SNSやWEBサイトで声を拾いはじめた。

求められているものは何なのか

「『ことば選び実用辞典』が人気となったきっかけは、ゲームのシナリオを書く人のツイートです。『同じような似た単語に言い換えができない、というときに便利なので、創作クラスタの人たちに知ってほしい』という内容でした。「創作クラスタ」とは趣味でオリジナルの小説や漫画を書く方々です。ツイートに寄せられたコメントも一つひとつ見ていくと、求められているのは、ことばの意味を調べるための辞典というより、書くのに役立つ“ツール”なのだということがわかってきました」


 さらに田沢は、創作クラスタたちが具体的にどんなものをツールとして欲しているのかを知るため、創作クラスタたちのブログやSNSでの投稿を読み込み、自分なりに分析していった。


 その結果、創作クラスタたちの悩みは、特に「感情をことばで表すこと」や「ことばを適切に結びつけていくこと」にあると考えた。


「感情をことばで表す」ために『感情ことば選び辞典』を。「ことばを適切に結びつけていく」ために『ことばの結びつき辞典』を。これに『ことば選び実用辞典』を加えた3冊があれば、創作クラスタの悩みは解消されるはずだ。

ことばを編む

 辞典編集においては、収録語の選定が何よりも重要だ。この辞典は、創作クラスタが読者。であれば、その創作クラスタが作品づくりにおいてどんなことばを求めているか知る必要がある。そこで田沢は、とんでもないことをはじめた。


「創作クラスタたちが作品を投稿するサイトで、上位ランキング100位までの作品をすべて読みこみました。たとえば『可愛い』という言葉が100回以上使われているとか、使用頻度の高いことばをカウントしていきました」


 収録語の選定にあたっては、学研の辞典編集部が長年蓄積しているデータベースも使用した。田沢は、創作クラスタの作品と学研が誇る財産とを照らし合わせながら、新しい辞典に載せていくことばを編んでいった。


 当時の田沢の様子を振り返って、編集長の森川はこう語る。


「とにかく、集中力がすごかったです。コンパクトで使いやすいという企画の趣旨からすると、集めたことばを間引いていく作業が大きなカギになります。この作業はかなりストレスのかかるものなのですが、田沢さんは根気強く、淡々とこなしていました。田沢さんは辞典づくりにとても向いているのだなと改めて思いましたね」

狭い紙面を最大限に生かす

「ことば選び辞典®」シリーズは、コンパクトサイズであるがゆえ、紙面は狭い。その狭い紙面に、見やすく、わかりやすく情報を入れていかなければならない。田沢は、この狭い紙面を十分に生かせるよう、最大限の工夫とエネルギーを注ぎ込んだ。


「愛する」「明るい」「楽しい」など、人間の感情や特性を表現するのによく使われることばを「キーワード」とした。キーワードは50音順に並べる。このキーワードは、紙面構成の核になる。さらにそのキーワードの類語や言い換え表現を「見出し語」とする。見出し語もやはり50音順に。


 今度はその見出し語をどうわかりやすく説明するかだが、田沢は「語義」「見出し語」「用例」の3段構成を採用した。


 田沢がこの3段構成の要素のうち、一番苦労し、かつ力を注いだのはことばの使い方を示す「用例」だ。使い手は「創作クラスタ」で、ことばの意味よりもむしろ使い方を知りたがる人々である。であれば、すべての見出し語にこの「用例」をつける必要がある。しかし、既存のデータベースに用例がないもの、また用例があっても、現代を生きる使い手にとってはピンとこないものもあった。


 そこで用例をすべて再チェックし、納得のいかないものは差し替えた。なかには、創作クラスタの作品を再び読み込み直し、それらを参考にして田沢自らが執筆した用例もある。用例はベテランの校正者3名の目と編集長の森川の目を通して、辞典として間違いないものに仕上げていった。

使いやすさのさらなる向上のために

 ここまでの構成は、従来の辞典と大きく変わることはない。しかし、田沢は、文章を書くためのツールとしてはこれだけでは不十分だと考えた。


 感情を表現したいとき、必ずしも、熟語だけ使うとは限らない。外来語(カタカナ)もあり得るし、和語を使ったことばでやわらかに表現したいときもあるだろう。「うきうき」、「わくわく」といった擬態語も表現の選択肢に入るはずだ。従来の辞典であれば、これらの情報は参考項目として雑多に列挙されていた。しかし田沢は、それらのことばもすべて使用目的別に分類して入れ込んだ。


「感情ことば選び辞典」の冒頭にある「凡例」を読むと、田沢のこだわりと、使い手の立場に立った目線が見て取れる。


[カタカナ]…カタカナで表記する語。スタイリッシュな表現をしたいときになどにつかいやすいことば。

[やわらか]…和語を中心とした語。やわらかい表現をしたいときに使いやすいことば。

[オノマトペ]…擬音語、擬態語。臨場感溢れる描写をしたいときに使いやすいことば。


 とことんこだわり抜き、実に1年近くの歳月をかけて、田沢の辞典デビュー作はついに完成した。校了までの日々を振り返ると「本当にへろへろ」になりながらだったという。


 田沢の辞典デビュー作『感情ことば選び辞典』『ことばの結びつき辞典』は、発行してすぐに重版がかかった。さらに、この2冊とほぼ同時並行でつくっていた『難読漢字選び辞典』『創作ネーミング辞典』の2冊も立て続けにリリース。この2冊もすぐに重版となった。

本もことばも大好きだった少女時代

「辞典づくりに向いている」と編集長も太鼓判を押す田沢。その少女時代のようすをきくと、一風変わったものだった。


「本は好きでしたね。何でも読んでいました。図書館で本を借りるだけなく、家にあった『家庭の医学』とか国語辞典、さらに電話帳まで読んでいました。本が好きというか、文字そのものも好きでした。挙げ句の果てには、スーパーで買ってきた食品パッケージの裏側を読んでいることもありました(笑)」


 本に読み飽きて、食品パッケージの文字まで読んでいたというのはなかなか珍しい。本が好きというだけでなく、文章を構成していることば一つひとつにも興味があったのだ。当時の田沢はそれが人とは違っていることだとはまったく感じていなかったという。ただ、本が好きで、ことばが好きだから、そうしているだけだったのだ。


 そんな田沢にとって、将来の進路を決める大きな出会いとなったのが、高校の授業だった。

「平家物語」との出会い

「古典の授業で平家物語が取り上げられていたんです。教科書に載っている文章以外にも、こんな文章があるよ』と言って、先生がほかの伝本の原文を読ませてくれました。12巻にも及ぶ壮大な物語に圧倒されました。物語の長さそのものだけでなく、時代を超えて読み継がれる物語をつくった、つくり手のエネルギーにもです。

 そのころは、将来は研究者になりたいと考えていました。当時興味があったのは、法学や化学、薬学。どれの道にすべきか迷っていていましたが、平家物語を読みながら、古典文学への興味が深まりました」


 その後、田沢は京都大学に進学。大学卒業後は大学院にも進んで、『平家物語』や『保元物語』の研究にのめりこんだ。

「辞典編集者」をめざして

 大学院の一年目を終えようとするときに、田沢は改めて進路について迷っていた。漠然とではあるが「日本語に関係する仕事がしたい」とは考えていた。ふと、学習参考書や辞典といえば、学研だなあと思い、採用サイトを開いて学研社員のインタビューを読んだ。


 数万頭の蝶の標本をコレクションし、暇さえあれば、昆虫採集に行くという図鑑編集部員が、熱く図鑑について語っていた。自由で、楽しそうに思えた。ここなら自分を生かせそうだと感じ、田沢は学研の就職試験を受けることを決意した。


 難関の採用試験を突破後、はじめに配属されたのは、小中学生向けの社会科の学習参考書をつくるチーム。第一希望は、辞典編集であったが、新入社員は辞典編集部には入れないという決まりがあった。


 当面は辞典編集部への配属は難しいかとあきらめていたが、配属1年後に、役員との面談で「辞典編集部に行きたい」と改めて希望を伝えると、あっさり異動が決まった。


 当時の人事担当者にこのときの経緯をきくと、「田沢さんは、何か持っている雰囲気があったんですよね」と言いながら、ことばを続けた。「辞典編集部に欠員があったということがまずありました。2年目での辞典編集部配属は確かに早いタイミングだったので迷うところもありましたが、田沢さんのもっている資質や経験があれば、数年経たずして立派な辞典編集者として活躍できるだろうと。そういう判断でした」


 一方、念願の辞典編集者になったものの、予想以上に仕事に求められるレベルが高く、当初は困惑したという。


「辞典づくりは、かなり細部まで編集者自身の専門的知識が問われるんです。作業も緻密で、分量も多い。異動してからの半年くらいは、これはなかなか大変な部署に来たぞと感じていました」

辞典編集者としての、明日からの田沢あかね

 田沢の辞典デビュー作である「ことば選び辞典®」シリーズは、SNS上の口コミでも評判が広がり、ついには70万部(2019年7月現在)を突破した。コンパクト辞典としては異例の部数である。いま、田沢のもとには、テレビ、新聞などマスメディアからの取材が殺到している。田沢はそんな状況に困惑しながらも、淡々と日々の編集業務に取り組んでいる。


 ゲラを校正しながら、ふと、少女時代のことを思い出す。食品パッケージの文字まで読むほど、ことばに飢えていた。いまとなっては、おぼれそうになりながら、ことばの海を泳ぐ毎日だ。


 SNSを開けば、人々の思いがことばになって行き交っている。これほど多くの人が、日常の中で自分の思いを文字にしようとしている時代は、これまでなかったかもしれない。ことばの海は日々大きくなっている。


 紙の辞典という形がずっとつづくのかどうかは、田沢にはわからない。しかし、伝えたいという思いを、より簡単に形にするためのツールはこれからも必要とされるはずだ。


 だから、田沢はこう考えている。


 伝えたいという思いが、世の中から消えてしまわない限り、明日も、自分はことばの海を泳いでいこうと。


(取材・文=河原塚 英信 撮影=多田 悟 編集=浦山 真市、井野 広)

クリエーター・プロフィール

田沢あかね(たざわ・あかね)

 静岡県出身。大学院を経て、2014年に学研教育出版(現・学研プラス)に入社。小中学生向け学習参考書の編集部を経験後、辞典編集部へ。好きなものは、古典と妖怪とコミック全般。

担当作品紹介

「ことば選び辞典®」シリーズ

 Twitterをきっかけに誕生した辞典シリーズ。『ことば選び実用辞典』『感情ことば選び辞典』『ことばの結びつき辞典』『難読漢字選び辞典』『創作ネーミング辞典』『美しい日本語選び辞典』『漢字の使い分け辞典』の7冊のほか、『エヴァンゲリオン×ことば選び辞典』がある。シリーズの累計発行部数は70万部を超える(2019年7月現在)。2019年8月には、2冊の新刊『情景ことば選び辞典』と『英語ことば選び辞典』がリリースされた。

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