ケニアの妊産婦死亡率が低下することを目指して。超音波診断トレーニングを現地の医師へ届ける挑戦と、その想い。
ケニアで多くの命を救うべく、現地の医師に向けた超音波トレーニングを行っている会社がある。同国において、日系企業で唯一ケニアの医師が免許を更新する際に必要なCPD(Continues Professional Development)ポイントを付与できる機関として認証されているAA Health Dynamics 株式会社だ。(※1)
(※1)2023年1月現在、当社調べ
同社では現在、その内容を妊産婦死亡率の低下に活かすべく、クラウドファンディングを実施している。産婦人科において大きな武器となり、費用対効果が最も高い場所への超音波トレーニングのサービス提供を強化する狙いだ。
将来的には、別分野やケニア以外への地域展開も見越している本プロジェクトについて、現在までの軌跡について代表を務める原健太に聞いた。
パプアニューギニアの農村で感じた、「心の幸せ」と健康へのアクセス
原がアフリカでの活動を志したのは、大学院時代まで遡る。中学・高校と成績を出してきた硬式テニスで「もっと強くなりたい」と考え、スポーツ科学や体の構造をさらに詳しく知るため、運動生理学系の研究室に所属。人の食が肉体の筋肉に与える影響について研究を行った。
そのまま大学院へ進み、ジャマイカの元陸上競技選手であるウサイン・ボルトの父が話した「ボルトはヤム芋を食べていたから金メダルを取った」という言葉に注目する。オリンピックや世界陸上で圧倒的な成績を作った身体、人間の筋肉の発達にヤム芋がどのような効果があるか研究を始めた。
結果として、ヤム芋は人間の筋肉痛を軽減させ、より強度の高いトレーニングを可能にする効果があると分かる。しかし、栽培の様子・現地を知るために訪れたパプアニューギニアでの滞在が現在まで続く活動の原体験となった。
首都のポートモレスビーから飛行機で3時間程かかるウェワクという地方都市から、さらに車で3時間程度の所にある、めったに人が来ない農村に滞在をする。その村では当然、電気・ガス・水道はなく、農村の人々はお互い協力して生活をしていた。原たちも当然現地と同じように生活するため、飲み水はその辺の採水場まで取りに行き、お風呂・洗濯・食器洗いは近くの川で行う。
農村での滞在を通し、日本のように物があふれているわけでは無いが、現地での生活には「心の幸せ」を感じたという。しかし、それだけがすべてではない。
その村に滞在していると、足を鎌で切ってしまった村民がいた。自分や同行者が怪我をしてしまった時のために持っていた100円均一で購入したオキシドールを使ってあげたという。その翌日、怪我をしていた村民に会うと「君が持ってきた薬は素晴らしい!私たちは、怪我をするとその辺の葉っぱを傷につけて治療する。そうすると、足がパンパンになってしまうんだが、あなたが持ってきた薬はそんなことはない!」と教えてくれた。
その時、原は日本では簡単に手に入る100均一の薬にもアクセスできない人がいるということへ気づく。そこから、原が自身にも何かできるのではないかと考え始める。
サモア独立国での実務を通して得た「サステナビリティ」の視点
大学院修了後、大学の教員となるが、パプアニューギニアで感じた「心の幸せ」と課題感を深掘りするため、JICAの青年海外協力隊のプログラムに参加。「野菜の栽培を通じて同国の人々を健康にすること」をテーマに、サモア独立国へと赴任する。サモア独立国で最も特徴的な点は、世界一の肥満大国であること。女性の平均体重は約80kgと、国民の約80%は肥満に分類される体格だ。
1年目は、サモア独立国にある10程の病院の近くで野菜畑を作る活動を実施。しかし、半年も経つとメンテナンスがされず、畑地ではなく草原へと戻ってしまう。このサイクルが繰り返されることから、保健所の職員や看護師と討論し、中学校/高校でのヘルスケア・プロモーションへ力を入れた。
野菜畑を作る活動から変化を加えたのは、サステナビリティの視点だ。1回行って終了するのではなく、1回の活動から持続的に効果が生まれることを目指す。
しかし、この取り組みは単発的に上手く行くことがあっても、なかなか現地に根付くことは無かった。それは、現地の人々にニーズが何で、それを現地の人たちが許容できる金額で購入してもらうとお金の回り方に含めたサステナビリティを作っていく必要があるからです。多くの公的資金が、人がいて金がある時には動くがそれ以降はなくなってしまうという姿を本当に多く見ましたし、多くの青年海外協力隊員も悪戦苦闘していました。
成功させるために模索を続ける中で、サモア独立国にある矢崎総業というトヨタの部品を製造している企業と出会う。矢崎総業の現地従業員は、日本企業の文化である規律の精神が根付いており、遅刻や盗難をしないと評判が高かったのです。
「行動して欲しい相手へ正しくインセンティブを与えれば、正しい振る舞いをするようになる。そして、そのために必要なのはビジネスの視点ではないか」そんな想いを胸に原は帰国した。
日本へ戻ってからは、順天堂大学や大手企業との産学連携プロジェクトに従事するなど、ビジネスについてアカデミックな視点で関わる取り組みを行う。その後、博士課程での研究を経て、アフリカでヘルスケア・マーケティングを行うAfricaScanという会社へと参画する。
コロナ禍で苦しむも、現在の基盤となる事業を立ち上げる
AfricaScanへの入社は、ケニアの友人から紹介を受けたことがきっかけだった。同社は、予防医療のワークショップやウェビナーを通じ、患者の健康に対する意識を変えることで、健康的な振る舞いへと導く取り組みをしている。
2020年の1月にアフリカスキャンの支社長として入社。医師向けの医療情報サイトの運営を行っていたものの、同年3月にケニアがコロナによりクローズすることとなる。そのまま帰国を余儀なくされるも、現地には三人の社員がいたため、どうにか売り上げを上げる必要があった。
その期間は突破口を開くべく、医療者とのウェビナーや、現地における医療者のニーズ調査を行なった。その他にも、ケニアにおける新しい事業の立ち上げなどを行うが、苦しい時期が続く。
そんな中、現在の活動にも通ずるような大きな転機を迎える。AfricaScanでは数多くのウェビナーを現地の医療関係者へ展開しており、その回数は100回を超えていた。
その実績をもとに相談があり、大手医療機器メーカーとともに現地の医療関係者トレーニングプログラムを構築することとなる。医療トレーニングを行うためのトレーニングプラットフォーム、そして現地でのハンズオントレーニングを行うためのライブ配信を提供。
現地では、機材や様々なトラブルがあったものの、アフリカ、日本、アメリカを繋いで無事にハイブリットトレーニングをコロナ禍で実施することができた。これが、現地の医療教育を行うスタートになる。
ケニアにおける医療の状況
原が向き合ってきたケニアの医療における状況は決して高いとは言えない。人口1,000人あたりの医師数は「0.2人」と、世界平均の人口1,000人あたり1.5人(日本は2.4人)と比較しても圧倒的に少なく、医師が慢性的に不足している。実際、首都ナイロビの救急外来では3〜4時間待つことも常態化。また、公立病院の設備や医師のスキルも優れているとはいいがたく、さまざまな課題がある状況だ。
ケニアの医療が未発達な理由のひとつは教育にあるという。ケニア国内では、正しい医療教育を受けることができる環境に身を置くことは非常に困難だ。例えば、ケニアには救急医療を専門にする教育機関がないため、ケニアの医師が救急医療の教育を受けるためには、休職して国外へ留学(約1,000〜1,500万円の費用がかかる)する必要がある。
AA Health Dynamicsの立ち上げ。現地へさらに踏み込んだプログラムの提供へ。
2022年5月、原はAA Health Dynamicsを立ち上げた。アフリカのみならず多くの新興国で同様の課題が散見され、それを解決するために事業を行うためには自身で資金を調達し、現地の課題やニーズを積極的に取得し、フレキシブルに対応しなければいけないと考えるようになりました。設立後、原はケニアの妊産婦死亡率へ着目し、行動を起こす。
ケニアの妊産婦死亡率342(10万人中)と高止まりの状況だ。これは1920年代の日本と同水準であり、今の日本の妊産婦死亡率の約70倍。今後のケニアの経済発展を鑑みると、安心して出産ができる環境を整えるのは社会に必要なことである。
そんな状況に着目し、AA Health DynamicsはPOCUS(Point of Care Ultrasound)トレーニングを開発・実施することを決める。
POCUSとは、1990年代に生まれ、欧米を中心に発展してきた、超音波検査手技についてのコンセプトだ。もともとは循環器内科医など各専門家の専門領域であった超音波検査を、質を担保した上でベッドサイドで主治医自らが行えるようにという目的で開発され、現在では病院の総合医にも必須のスキルとなっている。
設立から既に、AA Health Dynamicsは15名の超音波診断技術のトレーナーを輩出した。そのプログラムはオンラインとオフラインを融合させたトレーニングプログラムである。ただ知識を与えるだけでなく、ハンズオントレーニング、超音波画像のポートフォリオ作成、最終技術試験などを実際におこなっている。
現地からの反響も上々だ。トレーニングを受けたケニア人の医師のひとりが、自分の病院で超音波診断の画像を見ながら針を刺す治療をしていると、その見慣れない光景を見た他の医師は、「どこでそんな技術を学んだんだ!」とひどく驚き、「自分もその技術を学びたい」と大好評だったというエピソードもある。
医療トレーニングへ行き着くまでには、紆余曲折を経てきたという。その中で気づいたのは、「私たちが提供したいものを提供するのではなく、現地の医師の声に耳を傾けいっしょに何ができるのかを模索する」ということだった。
これまで1万人以上の医療従事者にトレーニングをしてきたことから、トレーニングのクオリティを担保することには自信があるという。さらに、集客もこれまで培ってきたネットワークを活用することで、コストを最小限にして人を集めることも可能だ。
しかし、AA Health DynamicsはPOCUSトレーニングを提供する準備はできているが、現地で医療を提供する環境を改善するため、さらに一歩踏み込んだ内容を実施する必要性が見えてきたという。
そのためのクラウドファンディングを2月20日に公開した。
https://camp-fire.jp/projects/view/646159
今回の取り組みを成功させ、ケニア内外へインパクトを。
今回の調達目標金額は「750万円」だ。内訳は、超音波診断機の購入に500万円、産婦人科に関わる超音波トレーニングの開発・実行に250万円を予定している。
原は「課題に直面するたびに資金を調達しようとは考えていない」と話す。今回のクラウドファンディングを通じ、最初の一歩を支援いただければ、あとは自走して事業が拡大していく未来が見えているという。単発ではなく、サステナブルな形で運営していく予定だ。
今回のプロジェクトで超音波診断機を購入し、産婦人科のPOCUSトレーニング開発・実行に成功すれば、ケニアの妊産婦死亡率を大きく減少させることも夢ではない。ケニア国内の医師の数を短期的に増やすことは難しいが、まずは一人ひとりの医師ができる診断の範囲を広げることが重要だ。
加えて、独立した教育機関の認証を得ることも視野に入れているという。実現すれば、専門医のグループによる政治的な理由による反発があったとしても、堂々と活動を継続することができる。
情報発信も継続的に行っていく予定だ。このトレーニングについて、ケニア内外へ伝え続けることで、人々の支持を受けることも既得権益を守ろうとする勢力への抑止力になる。更に、さまざまな波及効果が生まれるだろう。
最後に、原はこのように語った。
「AA Health CareのAAはアフリカ・アジアの略称です。アフリカの医療に大きく成功したらアジアへと事業を拡大、地球規模で医療課題を解決していく、そんな夢物語を本当に実現したいと思っています。ですので、今回お願いすることは、この大きな物語、ドミノ倒しの最初のドミノを倒すブーストとしての資金を提供していただくことです。最初のドミノがとても巨大で私一人では倒すことができません。みなさんの力が必要です。」
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