小麦の食料自給率向上へ。創業時の理念を受け継ぎPascoが日本の小麦100%のパンづくりに懸ける想いと軌跡。
敷島製パン株式会社(Pasco)の創業は1920年6月8日。第一次世界大戦の終戦直後で、スペイン風邪と呼ばれる新型インフルエンザが猛威をふるい、日本では「米騒動」が起きていた時代です。
その中で、「食糧難の解決が開業の第一の意義であり、事業は社会に貢献するところがあればこそ発展する」という理念を掲げ、『パンは米の代用食となり得る』として創業し、現在まで事業を続けています。
<創業当時のパン焼窯の新築工事にて:右から5番目が創業者 盛田善平>
創業100周年にあたる2020年には新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、その後、ウクライナ侵攻もあり小麦相場の高騰が起きました。
日本は小麦のほとんどを輸入に頼っており、小麦自給率は17%(令和3年度概算)※。
輸入小麦価格の高騰は製パンメーカーである弊社も多大な影響を受けています。
カロリーベースの総合食料自給率※も、昭和40年の73%から下がり続け2000年代からは横ばいとなり、現在は38%となっています。
※農林水産省「日本の食料自給率」より
図らずも弊社の創業時の状況と重なり合う今、国産小麦のパンづくりで日本の食料自給率向上へ取り組んできたPascoの歩みを振り返り、未来に向けての想いをお伝えします。
きっかけは2007年に起きた世界的な穀物相場の高騰
Pascoは現在、様々な国産小麦の品種を選定・ブレンドし、日本の小麦100%の「国産小麦」シリーズや、基幹商品の「超熟」シリーズにも国産小麦の小麦粉を使用するなど、国産小麦のパンづくりを行っています。
ことの始まりは2007年に遡ります。
2007年は、オーストラリアの干ばつや、BRICsの成長、原油価格の高騰、アメリカのバイオエタノール戦略等、様々な要因が重なり小麦が世界的に高騰しました。
当時、日本の小麦自給率は14%、その内、パン用小麦はさらに低く1%でした※。
※農林水産省「食料・農業・農村白書」より
社長の盛田淳夫は、「創業時の米騒動のように、いずれ小麦が我々の手に届かなくなってしまうかもしれない。このまま輸入に頼っていていいのだろうか?日本の食料自給率も下がり続けている。何とか歯止めをかけられないだろうか。」と、危惧しました。
ミッションのスタートと国産小麦『ゆめちから』との運命的な出会い
その直後の2008年、全国紙の取材で「国産小麦を使ったパンづくりで、食料自給率向上に貢献するための取り組みを進める」ことを宣言します。
<代表取締役社長 盛田淳夫>
「経営の軸をどうしていくか模索していた時に、国産小麦の使用拡大に積極的に取り組むことで、食料自給率の向上に貢献するという考えに思い至りました。それは結果的に事業を通じて社会に貢献するという創業理念とも重なっていたことに気が付いたのです。
しかし、当時は何のあてもない状況での宣言でした。それでも一生を賭けて取り組むべきものだと思ったのです。」(盛田)
言わば「公約」となった全国紙への掲載前日、盛田は1通のメールを配信していました。
当時、マーケティング部長として製品開発やブランディングを担当していた根本(現 常務取締役)は、その時のメールについてこう語ります。
<常務取締役 根本力>
「今も、“バイブル”のように持っているんです。そこにはこう書かれていました。
『米粉の積極的採用、あるいはパン用に適した国内小麦の開発・育成段階にまで関与して最終的に製品化することによって、我が国の食料自給率の向上に貢献できると考える。
単に製品開発に留まらず、パン用に適した小麦(品種)の開発、育成事業の協力活動など、行政や研究機関、製粉業者など関係機関にアプローチして考えること。サプライチェーンの中で問題に取り組む価値は大いにあります。
創業の精神に則って我が国の食料自給率の向上に貢献することが今の我々にできることではないか。それをぜひ検討して欲しい。』
このミッションを遂行するにあたって、大変だと思わなかったと言えば嘘になりますが、新しいことに挑戦するということは決して嫌いじゃないし、ちょっとワクワクしていました。パン用の国産小麦の現状を考えると難題ではありましたが、何か面白いことができそうだ、という思いがありました。」(根本)
昔からベーカリーでは国産小麦のパンは売られていました。何故、製パンメーカーであるPascoはこれまで発売してこなかったのか、と思われるでしょう。
2005年には、国産小麦『春よ恋』100%のバゲットやバタールを発売していましたが、発売後、十分な量の『春よ恋』が調達できず配合変更を余儀なくされた経験があります。
当時作られていた国産小麦は麺や菓子向きの中力、薄力粉が主で、工場で大量生産するようなメーカーにとってパン用に適した強力小麦粉を品質的にも量的にも安定して調達することは困難でした。
「メーカー単独では難しく、簡単には国産小麦を調達できない現実を知って、安定的に調達するためには、行政や研究者、生産者、流通などと協力し、サプライチェーンで取り組んでパン用小麦を育成し、生産量を増やしていくことが必要だと認識しました。」(盛田)
そんな盛田のもとに、思いがけない情報が入ります。
かつて、食と農業に関する農林水産省のプロジェクトで出会った国産小麦の育種に関わる研究者に、改めてパン用に適した国産小麦の状況について相談したところ、
「13年の歳月をかけて研究が進められてきた“北海261号”が完成しつつあり、とても良いタイミングです」といった答えが、興奮気味に返ってきたのです。
“北海261号”というのは、のちの国産小麦品種『ゆめちから』のこと。
病気に強く、“超強力粉”と呼ばれ、タンパク含有量が通常の強力粉は12~12.5%程度ですが、これは約13~14%もあるだけでなく、グルテンを形成する粘りと弾性も強い性質があります。
「後に訪問した北海道のある小麦生産者の話で、“これまで数多くの小麦の品種が開発されても、関係者の理解協力が得られず日の目をみることなく消えていった小麦もある”という言葉が強く印象に残っています。つまり孤立無援では一歩も前に進めません。関係者が目標に向かいベクトルを合わせることが成功のカギだと悟りました。」(盛田)
偶然にも重なった新しい国産小麦の誕生、育種研究者としてのパンに適した小麦の育成で食料自給率を上げたいという想いとPascoの想いが合致し、国産小麦のパンづくりへの第一歩がスタートしたのでした。
試作のパンを携え、自ら北海道に足を運び、1人ひとりに想いを伝えた
2010年、新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業研究の一環として、農林水産省のプロジェクトに参画。そこでは、食料自給率向上のための高品質な小麦食品の開発を目指し、農研機構 北海道農業研究センターが中心となって、製粉業者や製麺メーカー等と共同し最適な小麦栽培法や、製パン・製麺用のブレンド比率、高品質な国産小麦製品などの研究開発を行いました。
弊社は食パンの製品開発において国産小麦のブレンド比率についてテストを何百回も行い、従来の国産小麦とは違う、小麦の深い旨味を感じる“もっちり”とした理想的な食パンに辿り着くことができたのです。
「国産小麦でこんなおいしいパンができるのか、と感動したことを今でも覚えています。
輸入された小麦にも引けを取らない出来だと感じました。」(盛田)
<試作した国産小麦のパン>
盛田は試作のパンを携え、北海道知事や帯広市長、農業試験場、製粉業者、十勝の小麦生産者等あらゆる小麦の関係者を訪ねました。
その時の様子を根本はこう語ります。
「小麦生産者の方々が集まる勉強会に参加させてもらいました。当時、北海道には販路がなく、敷島製パンのことも超熟のこともほとんどご存知ない方ばかりでした。
私たちの会社がどんな会社なのか、どんな商品を作っているのか、そして国産小麦『ゆめちから』でのパンづくりにどんな想いをもっているのかをまずご説明し、生産者の方々には、皆さんが作ってくださっている『ゆめちから』を使うとこんな良いパンができるということをお伝えしました。
たくさんご質問もいただいたし、小麦を高く買ってくれるのかという話も当然いただきました。」
現在も盛田は、年に数回、北海道を訪ね、弊社のパンづくりに欠かせない小麦や農畜産物の関係者との対話、国産小麦に関する講演会などを行い連携を深めています。
<北海道の小麦関係者の皆さまと>
「顔の見える小麦」
2012年6月。国産小麦に関わる点と点が繋がり、農林水産省のプロジェクトの成果でもある、念願の国産小麦『ゆめちから』の小麦粉で作った食パン「ゆめちから入り食パン」を発売。
当時はまだ作付面積が少なく、確保できた「ゆめちから」の量を考慮した結果、1カ月間の販売が限度でした。輸入小麦と比べて約2倍の値段であり、スーパーに並ぶ食パンとしては高価格の300円でのテスト販売となりました。
結果は目標の半分しか売れず大苦戦。
「営業員には難しい商談だったと思います。ただ、この発売に関しては中長期的なミッションの第一歩と捉えていて、認知が広がり商品を手に取ってもらえるようになれば、国産小麦の作付け面積も拡大し、商品価格にも反映できると考え、粘り強くこの取り組みを続けていく必要があると思いました。
一方、取引先の経営幹部からは、取り組みに賛同してくださる声も多くいただきました。」(根本)
しかしながら、購入者アンケートでは、おいしさや、国産への興味関心が高いことが伺えたものの、「毎日食べるもの」として価格の高さがネックとなりました。
「印象に残っている生産者の方の言葉がありまして、
『僕たちの作った小麦が、こんなにおいしいパンになった。これまで自分たちがつくってきた小麦がどんな形になって食べられているか分かっていなかった。でもこのパンの小麦は僕たちが作ったって言えるんだ。』
この言葉を受けて、研究者の方が13年かけて開発し、さらに生産者の皆さんが丁寧にまごころを込めて作ってくださった小麦を決して安売りに使ってはいけない。その小麦の良さを引き出して、お客さまにはおいしく召し上がっていただきたい。これが原点だし、これを外しては私たちの活動の方向性が間違ってしまうと感じました。
この国産小麦にPascoが付加価値をつけて市場に出していく。これがPascoの仕事だと思います。」(根本)
<北海道で栽培されている『ゆめちから』の小麦畑>
食料自給率向上へ向けてのこれから
その後、『ゆめちから』をはじめとした国産小麦の作付面積は急拡大(※)され数々の商品を発売。
※『ゆめちから』の作付面積 2012年1,793ha→2014年12,543ha→2021年19,898ha
北海道農政部生産振興局農産振興課 麦類・豆類・雑穀便覧
(令和4年(2022 年)12 月)より
食料自給率向上への貢献として、Pasco社内の国産小麦使用比率を2030年までに20%に引き上げるという目標を立て、SDGs目標へ寄与する活動の一つとしても取り組んでいます。
Pascoにおける年間小麦粉調達量に対する、国産小麦の小麦粉調達量の比率を算出
(2014~2021年は1月から12月末までの年間実績値、
2022年は1月から8月末までの速報値)
2017年は天候不良による不作に見舞われ、調達が難しくなり使用比率が低下することもありましたが、現在は13.7%まで使用比率を上げています。
ミッションに取り組む根本は、
「社内使用比率の20%の意味は?と聞かれるのですが、20%というのはゴールではなく通過点だと思っています。
この取り組みは、食料自給率向上へ貢献するという想いがあり、弊社のためにだけ行っている活動ではないのです。
例えて言うと、静かな池に、石をぽーんと投げると波紋が広がるじゃないですか、僕はそれだと思っていて。
食料自給率を上げたいとみんなが言っているけどなかなか行動に移せていないようなことがある中でPascoが率先して取り組むことは、まさに石を投げて波紋が広がる、こういうふうになればいいと思っています。」と話します。
これまで、『ゆめちから』を国産小麦の象徴とした「ゆめちから」シリーズを展開し、その後、国産小麦のブレンドを訴求した「国産小麦」シリーズとして国産小麦のおいしさを広めてきました。
現在、輸入食糧の価格高騰や供給不安という社会情勢の変化の中で「国産小麦」を含め、自分の国の作物を食べることで、自分の国の農業、食を守ることに注目が集まっています。
Pascoは、2023年3月、改めて国産小麦の価値を伝えるため、最適な国産小麦のブレンドを訴求した「国産小麦」シリーズと、国産小麦の本格的な欧風パン「窯焼きパスコ」シリーズを統合、『日本の小麦100%』を新たなシンボルとして商品を全面リニューアルしました。
<2014年「ゆめちから」シリーズ → 2020年国産小麦シリーズ →
2023年国産小麦シリーズ全面リニューアル>
より多くのお客さまにこの想いを伝えるため、足をとめてもらえるような売り場を目指し、パッケージをリニューアル。
新しいパッケージでは日本の伝統的な和柄である「市松模様」を基調に、商品ごとにテーマカラーと素材のイメージを入れ、裏面には「食料自給率向上へ貢献する」というメッセージを記載しています。
国産小麦のパンづくりで食料自給率向上への貢献を宣言してから15年。
「国産小麦使用比率20%の達成、食料自給率向上への貢献というのは簡単なことではありません。自給率向上という理念にふさわしいものづくりをしていかなくてはなりませんし、お客さまへ国産小麦の価値を認めていただく企業努力が必要です。
そのためにも、生産者の皆さんはじめ、関係者の方々との想いを一つにしベクトルを合わせていく必要があります。
生産者の方にお客さまの声を伝え、より良い小麦を作っていただく、そしてPascoが良いパンを作る、ということを地道に継続し、生産者や関係業界の皆さんとお客さまを繋いでいくことがPascoの使命だと感じています。」(盛田)
<2009年より名古屋市の本社屋上で育てている国産小麦「ゆめちから」。
毎年、創業記念日の6月8日に収穫している>
Pascoは今後も、社会貢献という創業の理念を受け継ぎながら、国産小麦のパンづくりを通して人々の想いを繋ぎ、未来に向かってチャレンジしていきます。
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